第一話 カナタの追憶
世界を壊したいと願うのに、理由なんて必要なのだろうか。
その光景は、どれだけの時が過ぎようと俺の脳裏に鮮明に焼き付いている。
俺という存在を否定し責め苛むように、幾度となく蘇る。
眠っているとき、一人歩いているとき、誰かと話しているとき。
どんな時であろうと関係なく、唐突に俺を絶望の底に突き落とす。
常日頃から歩き、見慣れているはずの街並みは既にそこには存在しない。
周囲一帯の建造物は崩壊し、その残骸を辺りに零す。
舗装された地面は粉々に砕け、人が足を踏み出すことすらままならない。
そして、その中心に。
“彼女”がいたんだ。
「……咲」
手を伸ばす。
届くわけがないと理解していても、そうせずにはいられない。
瞬間、彼女を中心に強烈な颶風が吹き荒れる。
傷だらけの俺の身体は為す術もなく吹き飛ばされる。
何度も何度も地面に叩き付けられた後、それでも俺は地面を這うように彼女の下に向かう。
届かない。
どれだけ願おうと俺の手は彼女に触れることすら出来ない。
だめだ、だめだだめだだめだ。
このままだと彼女は死ぬ。
(――――どうして)
たった一つ願ってくれればいい。
それだけで君の命は救われる。
俺と君はもう一度、一緒の時を過ごせる。
なのにどうして、君は諦めたようにただ茫然と立ち尽くすのか。
なぜ君は、君を殺そうとする悪意を受け入れるのか。
瞬間、俺の胸に一つの想いが生まれる。
いや、違う。俺は既にそれを持っていた。
その感情を自覚したのがこの瞬間だったというだけ。
俺を内側から侵食していくその感情に抗うことなどできない。
だから俺は。
その想いのままに願ったんだ。
「咲ぃぃぃいいいいい!!!」
その、奇跡を。
「――――修」
その時の君の表情は。
今でもはっきりと覚えている。
◆
ある御伽噺があった。
“彼女”はその物語が好きで、いつも僕に語っていた。
それは、とある少年の話。
世界を救う英雄の物語。
どこにでもいるありふれた存在であったはずの少年は、なんと他の人にはない特別な力をその身に秘めていた。
少年は世界を救うため、幾人もの仲間を引き連れ世界の脅威を倒す旅に出た。
その過程で多くのものを失った。
家族も、仲間も、土地も――最後には、彼が最も愛した人さえ。
それでも少年は進む。
彼は理解していたから。
大切な物を全て犠牲にしてでも世界を救う存在。
それを、人は英雄と呼んだこと。
全てを成し遂げた後、少年に残ったのは無価値な栄誉と称賛だった。
彼が本当に望んだものは何一つ残っていなかった。
そんな救いのない物語を彼女は愛した。
そして、僕に言うのだ。
“英雄になって”と。
その言葉の奥に込められた想いを僕は知らない。
きっと一生知ることはない。
だけどそれでいい。それだけで、僕は前に進めるから。
いつか僕が失った何か。
それが、彼女の言葉を辿った先にあると信じているから。
だから僕は、英雄になると誓った。
◆
閉じていた目を開く。
懐かしい記憶を思い出していた。
俺の中に一つの想いが生まれた日のこと。
外界から遮断されていた感覚を思い返すように、俺――白崎 修はぐっと足を踏ん張る。すると靴越しに砂利石の存在を感じ、今自分が外にいるのだということを思い出した。
「はぁ……」
思わずため息。
本当に嫌だ。
いつだって俺の意思とは関係なく、あの日の記憶は蘇る。
故意的に思い出すことはあったけど、無意識のうちに脳裏を過るのは久々だ。
そうだ、たしかこの世界に召喚される前の、黒髪で二つ結びの少女に話しかけられたときが最後だったか。
「なんだってこのタイミングで……」
頭をがしがしと掻きながら愚痴る。
すると俺のそんな行動に、隣にいる人物が反応する。
「どうかしたのかい?」
鼓膜を震わせるのは、爽やかかつ清く澄んだ男の声だった。
反射的にその声の発信源に目を向ける。
白銀の髪に金色の瞳を持つ整った顔立ちに、鍛え抜かれているであろう身体を純白の鎧に身を包むその男の名はレイ・ジオ・エルトリア。エルトリア帝国皇太子でありながら、帝国騎士団の副団長という地位にある、世界最強といわれる祝福者。情報量多くて頭の中パンクしそう。
「いや、なんでもない」
しっしっと手を振りながら、問題ないことをレイに告げる。
少し嫌な気分になっただけで行動に支障はない。
「そうかい? ならいいんだけどね、この作戦は君なしには成り立たない」
「あー分かってる分かってる」
にっこりと微笑んでくるレイに対し雑に返す。
そんなイケメンフェイスはそこらへんの女性に向ければいいと思います。
思わず殴りたくなっちゃうからさ。
さて、そろそろ意識を入れ替えよう。
そう思い直し、俺は前方を見据える。
茶色の砂石が視界いっぱいに広がる風景の中で、目の前に存在する異物はなんともまあ形容し難い存在感を放っていた。
石で出来た一軒家サイズの建造物の出入り口には仰々しい扉が備え付けられている。しかしその扉の奥に続くのは建造物の中ではなく地面の中。つまりこれは、地下の遺跡に続く扉を飾る建造物なのだ。
「じゃあそろそろ作戦を開始しよう。君たちはもしもの時のため、ここで控えておいてくれ」
「はっ!」
レイの言葉に、俺達の後ろにいた帝国騎士団の方々が敬礼する。
まあそうなるか、ぶっちゃけ役に立たんだろうし。
「行くよ、シラサキ」
「おう」
レイの言葉に頷くと、俺は扉を開き中に入っていく彼の後についていく。
こうして俺とレイは、エルトリア帝国の国土内にあるジュレーニヤ遺跡に足を踏み入れることとなった。
何故こんな状況になっているのか。俺はリリスやソラと共にスアレルに帰還した時から今に至るまでの出来事を思い返していた。
第三章、開幕。




