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閑話 お風呂場にて

第三章に入る前に、数話だけ閑話を入れたいと思います。

時系列

第二章『第一話 誰かが願った世界のお話』

 ルミナリア王国、王都ルミナダにそびえ立つ巨大な王城。

 世界きっての大国の王族が暮らすその城では、客人用の風呂場であっても豪奢な造りをしている。

 その中の軽く十数人は入れそうな浴槽の中で、二人の少女が湯につかっていた。


 輝く金糸を湯に浮かばせる少女はリリス・ジオ・ルミナリア。

 普段は自分が入ることのない風呂場の風景に戸惑いながらも、肩まで深くその身を湯に沈める。

 そのまま視線を前に移すと、小さく頬が緩んでしまう。

 こうして使用人以外と一緒に湯につかるのは、彼女にとってほとんど経験のないことだった。


 そんなリリスの前にいるのは、艶のある黒色の長髪が特徴的な少女、逢ヶ瀬 伶奈。

 お湯がぽかぽかと体を温めてくれる心地よさを感じながらも、ゆっくりと目の前の少女の方を向く。

 今日この場に伶奈を招待……正確に言えば向こうが押しかけて来た形になるのだが、その発起人はリリスだった。何か話したいことがあるといっていたが、その内容までは確かめていない。


「アイガセさんとこうしてゆっくり話をするのは初めてですねっ」


 そんな二人の会話の皮切りとなったのは、笑顔を浮かべたリリスの言葉だった。


 思えば、と、伶奈は思案する。

 たしかにこの金色の少女と二人きりになる機会はこれまではほとんどなかった。

 必要以上に他人と深い関係を築こうとはしない伶奈にとって、それは自然なことだと言えるが、リリスから見れば話は変わってくるのかもしれない。


「そうですね。こちらの世界に来てからは、見慣れない景色や、様々なことへの対応に追われてしまって……リリスさんとは、もっと話す時間をとっておくべきでしたね」


「いえ、そんな、アイガセさんにご迷惑をかけているのは私達の方ですから」


 伶奈は社交辞令を含んだ言葉で、これまでのリリスとの疎遠について弁解する。

 それに対して、リリスは恐縮そうに返していた。

 尤も、伶奈の発言の全てが偽りという訳ではない。

 別段親しい仲になろうとは考えていないが、これから暫くは一つ屋根の下で同じ時を過ごすことになる。

 一度くらいは顔を合わせ話し合っておいた方が良い。そのためには、今回のリリスの申し出は伶奈にとっても都合のいいことだった。


「それで、何か私が知っておかなければならないことがあるのでしょうか?」


 ここでようやく、伶奈はリリスにこの会合の要件を尋ねる。


「あ、えっと、特別何か伝えなければならないことがあるというよりも、その……本当に、何気ない話をしたいと思っただけなんです。ご迷惑……でしたか?」


「……っ」


 湯につかっている影響もあるのだろう。

 赤く蒸気した肌に加え、上目遣いで申し訳なさそうにそんなことをリリスが言う。

 思わず狼狽してしまった。

 どれだけ庇護欲を掻き立てようというのだ、この少女は。


「い、いえ大丈夫です。私もこうしてリリスさんと話せて嬉しいですから」


「本当ですかっ!?」


 パアァッと、リリスの表情に満面の笑みが咲く。

 そんなに喜ばれることを言っただろうかと、伶奈は疑問に思う。

 しかしその答えが出るよりも早く、リリスは言葉を紡ぐ。


「あの、それじゃあ、話をする前に少しお聞きしたいことがあるのですが……」


「? なんですか?」


「アイガセさんはどうしていつも丁寧な口調で話されているんですか? その、お父様の前でなどでしたらともかく、私と二人きりの時などは普段の話し方をしてくださっても……」


「………………はあ」


 想定していない問いに、伶奈は相槌を打つように言葉を漏らす。

 丁寧な口調で話す理由。

 それは、長い間考えることのなかった事柄だ。

 だけど今、あえて答えを出すというなら


「くせ、のようなものなんです。特にリリスさんの言う通り、一国家の王様を前にした時や年上の方を前にした時は考えるまでもなくそうなってしまって」


「そうなんですか……あれ? 年上というのは、もしかしてシュウさんのことですか?」


 リリスの言葉に対し、伶奈は思わず少し眉を顰めてしまう。

 彼以外にもこの城には兵士の方々が数多くいるだろうに、どうしてこの少女は彼だと思ったのだろう。

 正解なのだけど。

 たしかに正解なのだけど。


「そうですね。彼も……白崎さんもその一人です」


 思い出すだけで気が滅入りそうになる青年の名前を口に出す。

 すると、何故かリリスは目の前で、うーんと頭を捻っていた。


「どうかしましたか?」


「あ、いえ。そういえば私は、アイガセさん達の年齢などを聞いたことがないなと思いまして」


「年齢ですか? そうですね、私は数ヵ月前に……元の世界も含めての前ですが、十七になったばかりです。彼については、誕生日までは知らないため詳しくは分かりませんが、十七か十八のはずです」


「……? 誕生日を知らないんですか?」


「ええ」


「前々からの知り合いというわけでも?」


「……ないです」


「なのに、シュウさんの年齢は分かるんですか?」


「はい……ああ、そういうことですか」


 そこでようやく伶奈は、リリスが抱いている疑問が何であるかを理解する。

 接点のない伶奈が、なぜ彼の素性に関係することを知っているのかが分からないのだろう。


「ネクタイの色です」


「え?」


「彼の着ていた制服の、ネクタイの色が赤だったんです。私達が通っていた高校では二年生が青、三年生が赤なので、必然的に彼は私よりも一つ年上になるというわけです」


「コウコウ?」


 言葉の意味自体がうまく伝わっていないようなので、高校について掻い摘んで説明する。

 最初は要領を得ずに首を傾げていたリリスも、最後には大体を納得したのかうんうんと頷いていた。

 相変わらず、年齢に見合わない理解力だ。


「なるほど! ということは、アイガセさん達はそのコウコウからの繋がりなんですね……でも、先程は知り合いではないと」


「敷地がとても広いんです。基本的に別の学年とはあまり会わなくて。そのせいだと思います」


 伶奈自身よく学校を休みがちだったことも関係しているだろうが、そこまで馬鹿正直にいう必要もないだろう。さらに言うなら、伶奈が必要以上に他者と関わりを持たないでおこうとする人物であることも理由の一つ。あんな一般的な公立高校に、伶奈の人生を左右する人物はいない……いや、いないはずだった。


 まさか伶奈以外の魔法使いが紛れているなんて。

 本当に、考えすらしないことだったのだ。


「……アイガセさん?」


「はい、逢ヶ瀬です」


 自分一人の世界に没入していると、リリスの声が伶奈の意識を現実に呼び戻す。


「とまあ、私が丁寧語を使うのはそんな感じの、いたって普通の理由です」


 伶奈の返答を聞いたリリスは納得した様に何度か頷くが、すぐに表情が真剣なものに変わる。

 そして、伶奈に真っ直ぐな視線を送る。


「その……アイガセさんさえよろしければ、私に対してはくだけた口調で話してくれませんか?」


 そして、そんなことを申し出た。


「くだけた口調ですか?」


「はい! 出来れば、アイガセさんとはもっと気軽に話せるようになりたいな、と思いまして……だめ、でしょうか?」


「い、いえ、決してそんなことは」


 反射的に返答しながらも、伶奈は思いもよらぬ申し出に戸惑っていた。


 丁寧な口調。

 これは最早、伶奈にとっての防波堤のようなものだ。

 先程は言い訳のように、目上の人にはそういった口調で話すと説明した。

 しかし実際は、もっと違う理由が存在するのだ。


 本来なら、伶奈は迷いもせずこの申し出を断っただろう。

 けれど、伶奈が現在いるのは異世界で、相手はこの世界の住民であるリリスだ。

 決して彼が相手ではない。


(なら……許容範囲内ギリギリ、でしょうか)


 思考はまとまった。


「二人きりの時なら構いません……いや、大丈夫、だよ」


 数年ぶりに、丁寧語を外す。

 自分でもぎこちないと分かっている口調で、伶奈はリリスに応えた。


 すると、リリスはとても嬉しそうな笑みを浮かべる。


「ありがとうございます、アイガセさん――――いえ」


(…………あ)


 続く言葉は予想できた。


「レナさ」

「ごめんなさい、名前は勘弁してください」

「ええっ!?」


 最後まで言うよりも早い伶奈の断りに、リリスは目を見開き大きな声で驚きを表していた。

 彼女の周囲の湯がざぷんと大きな波をつくっていた。


「自分の名前、嫌いなんですか?」


「……まあ、それと似たような感じかな」


 視線を下の水面に向けながら言いにくそうな様子を浮かべる伶奈を見て、リリスは何かを察したのか優しい笑みを浮かべる。


「分かりました。なら仕方ないですね」


「うん、ごめんね」


「いえいえ」


 伶奈の簡単な謝罪に対し、リリスは顔の前で両手を横に振る。

 そんな二人の視線が交わされると、自然と両者は笑みを零した。


「ふふっ」


「えへへ」


 そんな風にしてようやく、伶奈とリリスによる飾らない言葉を交わす会話が始まった。




 まず話題に挙がったのは、伶奈のいた世界――つまり地球について。

 魔術が発展している分、科学的な面では幾分か劣る世界に住んでいるリリスにとって、伶奈の話はとても興味深いものだった。


 けれどそんな話題は少しの盛り上がりを見せた後、残った話は別の機会にとしぼんでいく。

 二人の会話の中心は、何故か一人の青年に移っていた。


「リリスさんは……リリスは、随分と白崎さんと仲が良いよね」


「はい。シュウさんにはとてもよくしてもらっています。そういうアイガセさんも、いつもシュウさんと楽しそうに話していますよね」


「え?」


「え?」


「あ、いやごめんなさい。私が彼と楽しそうに話すなんて、リリスは不思議なことを言うんだなって思って。そんなことあり得ないから、うん、あり得ないから」


「大切なことだから二回言ったんですか?」


「うん、そうだよ。って、どうしてそんな言葉を知ってるの?」


「この前シュウさんから教えてもらいました!」


「……へぇ。ちなみに、他に彼から教えられた言葉とかはあったりするの?」


「そうですね。よく言っていらっしゃるのが、困ったときは『俺は悪くない、社会が悪い』と言っておけばどうにかなるとか。他にはしぼうふらぐ? なんてものも教えてもらいました!」


「彼と話すの止めた方がいいと思います」


「ええっ!?」


「聞くからにろくなこと言ってないよね」


「そ、そうですか? 先程のアイガセさんの話みたいに、とても楽しくタメになるものだと私は思いますけど」


「じゃあ、彼から教えてもらったことを使う機会が今度訪れると思う?」


「……訪れなさそうですね」


「それが答えかな、彼は頭のネジが数本とんでるからね。信じちゃだめだよ」


「す、すごい言いようですね」


「すみません、本人がいないのでつい本音が」


「そうですか……でもやっぱり、シュウさんのことを話しているときが一番アイガセさんが楽しそうに見えるんですが」


「悪口だからです。それ以上でもそれ以下でもありません」


「丁寧語に戻ってますね。少し動揺してるんじゃ」


「ししししてないです」


「あ、真顔でそんなことを言えるってことは、ほんとに動揺してなさそうですね」


「ええ、まあ」


「このタイミングで自慢げな表情!?」


 なんて会話を、永遠に繰り返したとある日の話。

次回は修とソラのにらめっこ回です。

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