エピローグ 嘘つきばかり 終
核心を突くような俺の言葉。
それを前にしてもソラは動揺することはない。
目を細めたまま、彼女は小さな口を開いた。
「うん、そうだけど」
めちゃくちゃ普通に、その事実を肯定した。
「いやいやいやいや」
思っていた反応と違う。
ここは「そ、そんな……どうして分かったの!?」みたいな台詞を言うべきではないのか。
そして俺の冴え渡った推理が披露され、周りにいた観客から歓声を浴びるかのようなto be continued。
「よし、質問を変える。何でお前はあんなことをしたんだ? 姿を見せないままいきなり襲い掛かってきたり、居場所を見抜いたと思ったら案山子で煽ってきたり。全く意味が分からないんだけど」
何故か俺の方が動揺しつつソラに尋ねる。
さすがに答え辛い質問だったのか、眉を顰め唸るような素振りを見せる。
「……案山子じゃなくて、人体模型の方が好みだった?」
「違う」
論点はそこじゃない。そこじゃないのだ。
それにもしその部分について語るなら、俺は案山子や人体模型じゃなくて等身大美少女フィギュアの方が違う今はそんな話じゃない。
本筋に戻ろう。
「俺が聞いてるのはもっと根本的なことだ。お前が俺を襲った目的を教えてくれって言ってるんだよ」
話を逸らされないよう、真正面から真剣にソラを見つめる。
俺の視線から逃れるように、彼女はゆっくりと下を向く。
どれだけの時間が過ぎただろうか。
ソラは静かに、俺と彼女の間に広がる沈黙を破る。
「本当に分からないの?」
それは俺の問いに対する答えではなかった。
不満げな表情を浮かべながら彼女はそう告げた。
ソラが何を言いたいのか分からなかった。
彼女の言葉にはどのような意味があるというのか。
どれだけ考えてもやっぱり思い浮かばない。
「ああ、分からん」
だから俺は、真っ直ぐそう告げた。
きっとそれが、彼女の望む答えではないと知りながら。
「――――っ」
その証拠に、ふと気が付くとソラは俺を睨んでいた。
その可愛らしい容貌を僅かに歪ませながら。
「……やっぱり、シュウはそう言うんだね」
表情に浮かび上がろうとしていた怒りを抑えるようにソラは目を瞑り、そのまま小さくそう呟いた。
だけどやっぱり、俺にはソラの発言の意図が分からない。
「おい、いい加減わけが分か」
「一つ、訊かせて」
痺れを切らし零れようとした俺の言葉はソラによって遮られる。
彼女は少し潤った目で、弱い力の籠った目で俺を見つめていた。
そしてその小さな唇を開く。
「どうして、シュウは世界を壊したいの?」
「――――――ッ」
それは予想もしていない言葉だった。
だからこそ、簡単に俺の胸を抉る。
俺が世界を壊したいと、ソラに伝えたことはあっただろうか。
それはともかく、何故このタイミングでソラはそれを尋ねるのだろう。
分からない。
だけど、答える必要があると思った。
彼女の泣きそうな目を見たら、それ以外に選択肢は浮かんでこなかった。
「大切な人がいた」
「………………」
だから、俺はかつての記憶を遡りながら語る。
脳裏に浮かぶのは幼い黒髪の少女。
俺に世界を壊す願いを与えてくれた存在。
それだけではない。
「そして、約束したんだ」
今、俺の瞼の裏側にいるのはもう一人の少女。
苗字も知らない、数度しか会ったことのない存在。
そして、俺が初めて世界を壊すと誓った相手。
「結局のところ、それだけなんだ。大切な人がいて、俺はずっと彼女と一緒にいたくて……だけど世界は呆気なく全てを彼女から奪った」
俺はいま、きっと笑っている。
笑いながらそんな出来事を語っている。
その理由なんて自覚したくもないけれど。
そんな俺から発せられる物語を、ソラが静かに享受するのが視界の端に薄っすらと映った。
彼女がどんな表情をしているのかは、見ていないから分からない。
「だから、俺は世界を壊したいと願った。その願いを、ある一人の少女に誓った」
そんな状態のまま、俺は最後に告げた。
「俺が世界を壊したいと思うのは――――俺の大切な存在を殺した、この世界が憎いからだよ」
至極明快な理由。
どこにでもありふれた、憎しみが生まれるきっかけ。
それを聞いたところでソラはどうしたいのだろうか。
何も意味はないと思う。
きっと、コイツは何を言っているんだと、呆れた顔で俺を見ているのだろう。
そう思いながら、目の前の水色の少女から逃れるように空に向けていた視線をゆっくりと下ろす。
「ッ!?」
瞬間、力強く胸元を掴まれた。
そのまま勢いよく押され、三歩ほど後方に下がってしまう。
ふと気が付くと、目の前にはソラの顔があった。
ソラは俺の胸元を掴み、可愛らしかった童顔を激しく歪ませながら俺を睨んでいた。
「――――嘘つき」
そして、ドスの利いた声でそう言った。
「…………は?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
単語とかじゃなく、発した理由が。
嘘つき。と、ソラは言ったのか。
その言葉にどういう意味が含まれているのか。
必死に頭の中で今の状況を整理する。
だけどそれが終わる前に、ソラは最後に俺の身体を力強く投げると、踵を返し歩いていく。
「おい、ソラ――」
「答えておいてあげる」
俺の呼び止めに対し、ソラは顔だけで振り向き、冷たい蒼色の双眸で俺を射抜く。
「私がシュウを襲った理由。それも単純なこと」
そして、続けて言った。
「私はシュウのことが嫌いだから」
それが最後だった。
彼女はもう振り返らない。
その小さな体躯で、颯爽と歩を進めていく。
俺はその後ろ姿を眺めるしか出来なかった。
既に完全に闇に染まった世界で、俺は一人立ち尽くす。
どうして俺は、ソラにあの話をしようと思ったのだろう。
これまで誰にも話すことなく心の内に閉まっていたことのはずなのに。
なぜソラはあんな反応を示したのだろう。
俺の言葉に、そこまで彼女の感情を揺さぶる力があったとは思えないのに。
分からない。
分からないことばかりの中で。
「……ああ、知ってるよ」
冷静になった頭で、最後にそう呟いた。
ああ、そうだ。
初めから知っている。
知っていながら逃げていることがある。
ソラの言った通り。
俺は、大嘘つきだ。
◇
一夜が明け、翌朝。
俺はハイテンションで宿屋の前にいた。
昨日あった様々な出来事は寝て起きたら忘れていた。
忘れたんだよ……ッ!!
「あ」
「……」
ふと、宿屋から出てきたソラと視線がぶつかる。
しかし俺達はタイミングを計るでもなく同時に目を逸らしていた。
昨日のことは既に忘れている設定……じゃなく、そういう認識のため何故ソラがそんな反応をするのか分からなかった。分からないのに色々と物申すのはどうかと思ったので、俺も彼女に特には何も言わなかった。
そんな俺とソラの間に広がる気まずい空気を壊したのは、後から出てきた我らが王女様だった。
「申し訳ありません、お待たせしました」
そこにいたのは、昨日と同じ蒼色のドレスを着たリリスだ。
昨日の夜のうちに頑張って魔術で綺麗にしたらしい。
魔術って便利。
「んじゃ、戻るか」
俺、ソラ、リリスの三人が揃ったので出発に移ろうと思う。出来れば今日中にスアレルまで戻りたいところだ。
しかし、ここで問題になるのが移動手段なのだが。
「あの、シュウさん……本当に飛んで帰るんですか?」
「おう」
昨夜のうちに様々な案が出たのだが、消去法によってここまで来た時と同じ方法になった。
馬車で帰ろうとすれば一ヵ月はかかってしまう。
昨日は、うっそマジで本気で言ってるのこの人? といった表情で俺を見つめてきていたリリスだが、まだ疑いを持っているようだ。
……仕方ない。
「とまあ、そういう訳で抱えます」
「え……? きゃっ」
俺はリリスの背中と膝裏を腕で支えるようにして抱き上げた。
俗にいうお姫様抱っこというやつである。
リーベを連れてきた際は、最悪事故が起きて彼女の腕が吹き飛んでもしくしくと悲しむ程度でよかった。多分一瞬で再生するだろうし。
だけどリリスに関しては話が別だ。彼女を危険な目に合わせるわけにはいかないし、そもそも来た時より随分と速度を落とすつもりだとはいえ、長い時間跳ぶことになる。少しでも疲労を軽減する方法を考えた結論がこれだった。
「しゅしゅしゅシュウさん!? これは一体!?」
「これが一番効率的な方法だと考えただけだ。嫌なら下ろすけど」
「い、嫌と言うわけではありません! ないです! はい!」
「ならよかった」
なんだか顔を真っ赤にして俺の腕の中で暴れているリリスを見ながら、拒絶されなくてよかったと内心結構本気で安堵していると、少し敵意的なものを含んだ視線を感じた。
「これだからロリコンは」
超絶的に冷たい目で、俺を見下すソラがいた。
「少し気分が悪くなった。出発時間を十分、遅らせて」
そしてそう言い残してどこかに去っていった。
何だあいつ……
「あ、あの……」
その光景を眺めていると、腕の中にいるリリスが上目遣いで俺を見上げていた。
「ソラさんを待つ間、ずっとこのままなんですか……?」
「……ああ、そうだな。すまん、一旦下ろす」
「えっ? あっ、いや、別にそういうつもりでは。あっ……」
小さな声で何かを言うリリスをゆっくりと地面に下ろす。
その時、ポケットの中で金貨袋が揺れる音がした。
そこで俺はふと思い出す。
「そうだった、忘れるところだった」
「シュウさん?」
俺はポケットから金貨袋を取り出すと中に入っている物を取り出す。
それは硬貨ではなく、金貨袋よりさらに小さな一つの紙袋だった。
残念なことにしわくちゃになってしまっている。
だが、触り心地的にどうやら中に入っている物は無事のようだ。
アトロスと戦っていた時に庇っていてよかった。
「ほら」
そして、俺はその紙袋をそのままリリスに手渡した。
受け取ったリリスは、何を渡されたのか分からないといった表情できょとんとしていた。
「これは……?」
「開けてみろ」
「は、はい」
戸惑いながらも、リリスはその紙袋を開ける。
そして中に入っている物を取り出した。
それを見て、彼女は美しい蒼の双眸を大きく見開いた。
「これ……」
その手にあるのは、蒼色の宝石が填め込まれた子供用の小さな指輪だった。
その指輪を見ながら呆然とするリリスに、俺は言い訳するように説明を始める。
「ほら、たしか話しただろ。サンリアラに立ち寄ったときよく分からん奴らと戦ったって。その時にお礼の金も少しだけ貰ったんだけど、特に使い道が分からなくてな。それに……」
いつの日か、リリスの部屋で見た彼女の悲しげな微笑みを思い出す。
それが、指輪を購入した一番の理由だった。
そんなことを考えながら、必死に弁明をする俺の前で。
気が付けばリリスの目元から、一粒のしずくが流れていた。
「リリス……?」
彼女の様子を見て、俺は思わず言葉を噤んだ。
泣かれる程嫌なことをしてしまったのか?
もしかして男性が五つ以上年下の少女に指輪をあげるのは事案……?
「お、おい、嫌だったら返してくれていいぞ。ほら、頑張って俺が付けるから」
「ち、違います。嫌なわけじゃないです。嫌じゃ、ないんです」
必死になって謝罪する俺に向け、リリスはしどろもどろになりながらも言葉を紡ぐ。
「嬉しいんです……家族以外の誰かからこんなに素敵な物を貰ったのは……初めてで、本当に、嬉しいんです」
それは一言一言は拙くても、想いの籠った綺麗な言葉だった。
「シュウさんには本当にたくさんの物を貰ってばかりで……今回だって、私はシュウさん達に助けられたのに、何も返してあげられるものはなくて、それが申し訳なくて……」
「…………」
堰を切ったように内に秘める思いを口にしていくリリスを前に俺は口を閉ざす。
想像していなかった反応に戸惑っているというのが本音だ。
「だから、せめてこれだけは言わせてください」
それでも、心から言葉を紡ぐリリスから目を逸らすことは出来なかった。
彼女の真摯な目が、どこまでも俺の心を捕えて離さない。
そして彼女は、リリスは。
戸惑いながらも、それでも最後には小さく笑った。
「ありがとうございます――――シュウさん」
『第一章 -二人の少女の歪な誓い-』終
↓
『第二章 -壊す願いと創造者-』終
↓
『第三章 -永遠の契約-』リリス編
第二章完結。
第三章までは二週間ほど間が空きます。
本格的に物語が動き、実質的な本編に突入します。
これからもよろしくお願いします。




