エピローグ 嘘つきばかり 序
◇
「……ふえっ?」
「ん? ああ、起きたか」
とある町の宿屋の一室。
目の前にはベッドから身体を起こし素っ頓狂な表情を浮かべるリリスがいた。
その視線は俺を捉えたまま離さない。
そんな彼女に俺は笑顔で告げる。
「おはよう、リリス」
「シュウさん……?」
「おう、皆大好き修さんだぞ」
「…………」
おっと無視か。
これは地味に傷付くなぁ。
なんて考えている間にも、リリスは我を返したように周りを見渡していた。
リリスの身体が起き上がった拍子に乱雑にくるまった布団。
そしてそれなりに広い部屋に俺とリリスが二人。
……あっ、これはやばいかも。
そう思った瞬間、リリスは顔を真っ赤にしながら小さく呟いた。
「……私に変なこと、したんですか?」
「待て押し付け冷静になれ。そんなことはしていない。俺はロリコンじゃない」
必死に弁解する。
叫ばれて社会的に死亡するよりかはマシな対応だったが、それでもなかなか精神的にくる。
リリスは俺に優しく接してくれる唯一の良心なのに……!
とまあそんな訳で、それから俺は今に至る経緯をリリスに話した。
アトロスを倒し、気絶したリリスやソラを回収した後、俺は破壊されていく地帯から逃げ出した。
そのまま二人を抱えてスアレルまで戻る手段があることはあったのだが、ソラだけならともかくリリスの身体が長時間の移動に耐え切ることが出来るとは思えなかった。
だから俺は低速度で暫く進んだ場所にあった町(行きに立ち寄った村とは違う)に辿り着くと宿屋に向かい部屋を取った。
俺が一部屋、リリスとソラで一部屋の計二部屋。
金はポケットに入れていた金貨袋から払った。
とある事情からアトロスとの戦闘時に庇いながら戦っていたため、中身は無事だったのだ。
ただ、気絶したリリスやソラを放置しておく訳にはいかなかったので、彼女達の目が冷めるまでは同室内にいたというわけだ。
「なるほど、そういうことですか」
「大変だったんだぞ。俺が気絶した女の子を二人抱えてやってきたもんだから、誘拐犯、犯罪者とかいろいろ言われたんだ」
「そ、そうなんですか」
「ああ、本当に大変だった。結果的にソラが意識を取り戻してくれたおかげでどうにかなったけどな……」
あのままだと間違いなく自警団の下に連れて行かれていた。
ちなみに、目覚めたソラ一言目が『この男に攫われた……』とかいうふざけたものだったため、騒動が一瞬だけ大きくなったという話があるのだが、今は置いておこう。
「それで、ソラさんは今はどこに?」
「ちょっと前に外に出て行った。あ、ちなみにアイツの持ってた魔道具でスアレルに残った奴らには既に事情は説明してある。今日は一夜をここで過ごして、明日の早朝に向こうに戻るから」
「い、一夜をここでですか!? 私とシュウさんが!?」
「リリスさん?」
何故そこで顔を赤らめる。しかも俺の方を見ながら。別室を取ったって説明したはずなんだが。そもそもソラもいるし。
あわあわと変な動きをするリリスにもう一度説明を繰り返す。
数分ほどの時間を要した後、なんとか落ち着かせることができた。
少しだけ気まずい雰囲気の中、先に動いたのは俺だった。
「ま、大体の事情はそんなとこだ。他に聞きたいことはあるか?」
そう尋ねると、リリスは視線を下げ少しだけ逡巡するかのような素振りを見せる。
だけど覚悟が出来たのか、もう一度顔を上げると言った。
「その……彼は……アトロスを倒した後、彼はどうなったんですか?」
それは少し予想外の質問だった。
確かにさっきは奴を倒したとしか説明しなかったけど。
「…………そうだな」
暫し戸惑いが生じるが、誤魔化すのは止めておこう。
リリスの真っ直ぐな蒼眼を見てそう決意する。
「アイツは死んだ――いや、俺が殺したよ」
「ッ」
リリスの綺麗な目が揺れながら大きく開く。
驚きと動揺が入り混じったかのような目だった。
「そうなん、ですか……」
その言葉を聞くと、リリスは静かに目を閉じた。
アトロスが死んだことに何か思うところでもあるのだろうか。
……それはもしかしたら、俺が殺したという事実に対してかもしれないが。
素直に答えるべきではなかったのかもしれない。
少なくとも幼い少女に伝えるような内容ではないだろう。
それでも言わなければならないと思ったのは、彼女が纏う年齢に見合わない大人びた雰囲気のせいだろうか。
居心地の悪い空気が漂い始める。
俺もリリスもお互いに口を開けない状況が続いていた。
だから、俺は立ち上がると彼女に背を向けた。
「……ここを出るのは明日だ。それまではゆっくりしとけ」
部屋の扉に手を掛けながらそう告げる。
ゆっくりとその扉を開きながら、俺はそのまま足を踏み出す。
「あっ、その……まだ、助けていただいたお礼を伝えてい――――」
なんとも性格の悪い行為か。
俺は最後に聞こえたその言葉を聞き流すように廊下に出た。
今、彼女と真正面から向き合える自信がなかったから。
「シュウ」
扉を後ろ手に閉じると、どこか懐かしい声が俺の名を呼ぶ。
リリスではない。横を向くと、そこには随分と前に目を覚ましていたソラが立っていた。
「リリス、起きたんだね」
「ああ」
ソラの言葉に俺は頷く。
すると彼女自身も特にそれ以上聞きたいことがあったわけではないのか、おもむろに壁に背を掛けた。
「もう身体の調子はいいのか?」
「うん。もう、大丈夫」
だから俺もその隣で壁に背をかけ何気ない話題を振る。
気絶していたソラを見た時はその負傷ぶりに驚いたものだが、目を覚めてからは治癒魔術か何かで一瞬で治していた。
それでも念のため身体の不調がないか確かめるために、今まで外に出ていた訳だ。
「部屋に戻らないのか?」
「うん。今は、リリスをそっとしておきたい」
「……もしかしてだけど、ここで俺達の話聞いてたりしてた?」
「がっつり」
「がっつりかー」
そこまで呆気らかんと素直に言われてしまえば、もう何も言うことは出来ない。別に聞いて困るようなことは話してなかったと思うし……言ってないよね?
「なあ、ソラ」
ふと、俺は隣にいる彼女の方を向き、その名を呼んだ。
「帰ってきてすぐのところなんだけどさ、ちょっと外に行かないか?」
それに対し、ソラは。
「……うん」
何故だろう。
俺から顔を逸らすようにして、小さく頷いた。
夕暮れを過ぎ、世界が闇に染まり始める。
そんな中、俺達は宿屋の傍にある広場まで足を運んでいた。
時間が時間のせいか、そこには他に人はいなかった。
「それで、何の用?」
「いや、少し訊いておきたいことがあってさ」
静かに俺は真剣な眼差しでソラを見つめる。
ソラは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた後、俺と同様、真剣な表情を浮かべた。
「何?」
その言葉にはどこか棘のようなものを感じる。
しかし俺はそこには触れず、ただ彼女の疑問に答える。
「お前とアトロスの戦いについてだよ」
「それが、どうかした?」
「ああ」
ずっと疑問に思っていたことがある。
大したことではないから後回しにしていた。
だけどそのことについて、俺は一つの確証を得た。
だから俺は、それを確かめたいと思ったんだ。
「俺はお前とアトロスの戦いを見てた。スパーダ達と戦いながらな。だからその時にお前がどんな風にして戦ったのかについても、俺は既に知ってる……ここまで言えばもう分かるだろ?」
「…………」
ソラの目が少しずつ細くなり、俺を睨むようになる。
だけど俺は目を逸らすことなく向き合う。
同時に、脳裏にあの日を出来事が過る。
昼下がり、鳴り響く雷鳴、空は曇天に覆われる。
まるで俺を呼ぶかのような光が次々と瞬く。
そして最後には数十数百の刃が、空を切り裂き俺に迫ってきた時のこと。
あと、おまけに案山子がいた。
魔術の様な現象にも関わらず、まるで物質のように俺の身体を傷付ける攻撃手段を持つ人物による謎の襲撃。そう、あれは間違いなく魔法の力だった。
ならば一体、その魔法とは何なのか。魔法の持ち主とは誰なのか。
その答えを、俺は告げる。
「あの雨の日。俺を襲ったのは――――ソラ、お前だな」




