第二十九話 模倣という力
自分に襲い掛かる攻撃の全てを、アトロスは冷静に分析し対処する。
様々な武器がソラの祝福によって創造されたものだとは理解した。
問題はその先。
灰色の濃霧によって生み出された鎧の強度を数段階上げる。
それとタイミングを合わせるように、アトロスの身体に脅威が迫る。
――接触。
灰色の壁に遮断されるように、剣や槍は次々と消滅していく。
強烈な切れ味と破壊力を誇る武具が、アトロスの前では瞬く間に消え去っていく。
所詮この程度か。
そう安堵する余裕はなかった。
「ほう」
視界が晴れた時、既にソラは懐に入り込んでいた。
百を超える剣閃は、全てが囮だった。
だが、だからなんだというのか。
彼女の攻撃がアトロスの魔法に通用しないというのは、今の攻防で明らかに――
「貫け」
そんな思考は一瞬で吹き飛んだ。
「むッ――――」
それは、一筋の槍だった。
ただし武器の槍ではない。
凝縮された強力な魔力によって生み出された一筋の白い光が、槍のような鋭さと勢いでソラの右手から放たれた。
その光はアトロスを纏う鎧を容易く貫くと、彼の腹に穴を開ける。
紛うことなき、会心の一撃だった。
尤も、アトロスが驚いたのはその威力ではなかった。
(まさか物質だけではなく、魔力すら生み出せるのかッ)
それこそが、アトロスにとって最大の衝撃だった。
ソラが祝福によって魔力を生み出せるというのなら、戦闘面で彼女が魔力を使い果たすことはない。
あっという間に永久機関の完成だ。
その証拠に、今の攻防でソラの魔力が減っているようには感じない。
「もう一発」
思考の隙を突くように、気付いた時には再びソラの右手に白の光が集っていた。
一秒の猶予もなく、放たれる。
だからといってアトロスは動じない。
身体に纏った消滅の力を一点に集める。
そのまま前方に放射。
強烈な魔法と祝福の衝突によって、盛大な爆発が発生する。
ソラとアトロスを含めた周囲一帯を破壊し尽くし、爆風が荒れ全てを吹き飛ばし、何一つとしてその場に存在を許さない。
数秒後。
粉塵が掻き消えたとき、そこには先程の攻撃によって生じた穴から血を流すアトロスと、衝撃の影響で吹き飛ばされたのか五メートル程離れた場所にもう一人。
左腕の付け根から先が消滅した、ソラの姿があった。
――――先刻の攻防は、アトロスの圧勝だった。
魔法の本質をそのまま具現化するアトロスの攻撃と、祝福によって生み出されたその場凌ぎの一撃では、その差は歴然だった。
現に、アトロスが負っている傷は全て、先の攻防以前に与えられたもの。
自身の持つ潜在能力の一部を発揮すれば、ソラの攻撃を消滅させそのまま傷を与えることも可能だった。
しかしまだ油断は出来ないと、アトロスは判断する。
まだ、目の前にいるソラの眼は死んでいなかった。
「【創造】」
唱えた瞬間、淡い魔力が彼女の失った左腕の部分に集まる。
そして数秒後、そこには完全な状態の左腕が存在していた。
遅れて、着ていた服までもが元通りになっていく。
「なるほど、それが不自然な余裕の理由か」
魔力すら生み出せる力。
身体の部位一つ復元したところで、驚くことではない。
なんなら、魔力消費が激しいため控えているだけで、アトロスにも同様の行為は可能である。
まだ今のところは、ソラを相手に必要だとは考えていないが。
(……ふむ)
左手を開閉しながら、アトロスは思案する。
そろそろ茶番は終わりでもいいだろうと。
だが、その前に選択肢をやる必要がある。
「最後に機会をやる、勇者。本来ならば、俺は貴様に興味はない。故に、第一王女を諦め帰還すると言うのならば、貴様の命だけは見逃そう」
「むり」
その申し出を、ソラは真っ向から否定する。
尤も、初めから分かっていた話だったが。
「そうか」
灰色の濃霧を手に纏う。
凝縮、凝縮、凝縮。
どこまでもその密度を上げていく。
先程までの威力では部位を破損させるのが関の山だ。
故に、ソラの存在を身体ごと消滅させるだけの威力を持つ魔法を生み出す。
そして、静かに手をソラに向け、言った。
「死ね」
これまでとは比べ物にならない程の消滅の力が放たれる。
莫大なエネルギーを誇るそれは、人一人を呑み込むには十分な大きさだった。
これで終わり。
それは予想ではなく、確信。
ここから覆すのは不可能だと、アトロスの経験と直感が告げていた。
だけど、一つだけ忘れていることがあった。
祝福者の前に、不可能なんて存在しないことを。
不可能を可能にする力を、人は祝福と呼んだことを。
「【創造】」
その事実を、ソラは自分の祝福を以て証明する。
「――――消滅」
「ッ!」
前に伸ばしたソラの左手から、“灰色の濃霧”が生み出される。
見ただけで分かる。それは、アトロスが放った魔法と同質。
全てを滅ぼす力が、今ぶつかる。
眩い光が世界を覆った。
両者の視界は完全に遮られる。
そんな中で、アトロスは初めて驚愕ではなく動揺をしていた。
ソラが放った力、あれは間違いなく自分と同じものだ。
魔力だけではない。彼女の力は魔法すらも模倣し創造してしまうのだ。
その事実だけは、理解したところで到底納得できるものではなかった。
当然、それは色形だけを模倣しているわけではない。
目の前に広がる結果が、威力も同等であることを証明していた。
光の波動はアトロスとソラの中心から発生し、全方向に破壊を広げていく。
どちらか一方に偏りはなかった。
そんな光景を前にアトロスは動揺したのだ。
そして、その隙をソラが見逃すはずがなかった。
「なッ――――」
光が収まった瞬間、既にソラは地を蹴りアトロスに迫っていた。
その距離、実に一メートル。
手を伸ばせば、すぐにでも触れられる。
反射的に、アトロスは灰色の鎧を身体に纏う。
冷静でないが故の短絡的な判断だった。
薄く広く身体全体を守るアトロスに対し、ソラは右手に全ての力を集結させていた。禍々しい灰色の濃霧をその手に宿す。
「喰らえ」
止まることなく、ソラは力強く拳を振るう。
鎧に接触する。が、一瞬の均衡の後、拳は容易くそれを貫いた。
消滅の魔法はそのままアトロスの胸を穿ち、背後数キロに至るまでを破壊する。
大地が真っ二つに断裁され、世界が割れた。
「が、はっ……」
アトロスの口から血反吐が噴き出す。
先刻腹に開いたそれとは比べものにならない大きさの穴が生じる。
心臓の九割以上を含む胸付近が、完全に消滅していた。
その態勢のまま、どれだけの時間が過ぎただろうか。
ソラは右手でアトロスの身体を支えながら、いつ動いてもいいように待ち構える。
しかし、どれだけ経とうともその気配はなかった。
――――勝ったのだ、ソラが。
「ふー」
アトロスの身体を床に寝かせながら、ソラは深く安堵の息を吐く。
強敵だった。今回は、相手の予想を上回る方法で隙を生み出して勝つことが出来た。
しかしもう一度戦えと言われれば、それはきっと無理だろう。
創造の祝福は、便利なようで制限が多い。
「念のため」
既に死んだであろうアトロスだが、念には念を。
魔力の塊を下方に落とし、アトロスの、右腕以外の残った四肢を破壊する。
頭や身体全体を壊すのは嫌なため、この程度で。
けれどもこれで十分のはず。もう動くことはないだろう。
ソラは視線をあげ、一方に向ける。
三百メートル程先――そこには一つの小屋と、その扉から覗く一人の少女がいた。
「リリス」
名を呼ぶ。
五感を強めている自分はともかく、向こうは此方の言葉に気付くことはない。
と思っていたのだが、リリスは力強く扉を開けると外に飛び出し、ソラの下に駆け寄ってくる。
「ソラさん!」
アトロスの死体から数十メートル離れた場所で、ソラとリリスは落ち合う。
透き通る金髪を靡かせるリリスが焦燥感に満ちた声で、すぐ近くのソラに呼びかけた。
「助けに来た、もう大丈夫」
そんな少女に対し、そう見た目の変わらないソラが自信に溢れた声で、リリスの安全を告げるのだった。




