第二十八話 破壊者と創造者
木椅子に腰をかけ落ち着いたまま、アトロスは口を開く。
「魔王はお前の祝福を利用するために、お前の身柄を捕らえようとしているのだ」
「私の身柄、ですか……?」
「ああ、そうだ」
アトロスの言葉を聞き、リリスは少し思案する。
アトロスによる説明の一つ一つには、どうも納得できないものが多い。
だが、もし全てが真実であると仮定するならば、彼の行動の理由も分かる。
その答えを、リリスは告げる。
「つまり貴方は、私を魔王のところに連れて行くために身柄を捕獲したんですね」
「違う」
「え?」
その返答は予想外のものだった。
リリスは素っ頓狂な声をあげる。
そんな彼女に対し、アトロスは続ける。
「俺がお前を捕らえた理由。その一つは、魔王にお前の身柄を引き渡さないためだ」
「……どういう、ことですか?」
「言葉の通りだ。俺は魔王軍の中でも、魔王に敵対する立場にある」
「敵対?」
信じられない単語が、目の前の男からポンポンと出てくる。
魔王と敵対する、魔王軍幹部。
まったくもって、わけが分からなかった。
「お前達は魔王軍について勘違いしているところがある。魔王軍とは、決して魔王を崇拝する輩が集まった組織ではない。ただ、魔王軍の理念が自分にとって好都合であるが故に所属している者も多くいる。中には、俺のように敵対している者もな」
「それは……おかしいと思います。一つの組織の中で、そんな様々な思想が入り混じってしまったら、普通は組織が存続することなどできません。何故、魔王はその者たちを統制しようとしないのでしょうか?」
「それは、奴が他人に対する興味を持っていない――要するに、人を単なる駒としか見ていないためだ。さらに付け加えるなら、敵対する全員が同時に襲ってきても返り討ちにできる自信がある故にか。尤も、そもそも奴に敵対する者よりも心酔する者の方が多い、そう簡単に崩れる組織ではあるまい」
「魔王軍の内部に関しては理解しました。それで、訊きたいことがもう一つだけあるのですが……」
「なんだ?」
「結局貴方達は、私達の敵なんですか? 味方なんですか?」
「………………」
これまでの話によると、アトロスが魔王と敵対していることは分かった。
こうして、リリスを魔王から守るために攫ってきたと言うのも、本当のことだろう。
だからこそ、余計に分からなくなる。
アトロスは、何のために魔王軍にいるのか。
魔王と敵対するのなら、自分達の味方になってしまえばいいのに。
リリスはそう思っていた。
だが、その考えは次の瞬間に否定されることになる。
「敵だ」
僅かに逡巡する素振りを見せた後、アトロスはハッキリと断言した。
眉をひそめるリリスに対し、男は言葉を紡ぐ。
「俺はあくまで、奴を嫌っているだけ。お前達のことを好いている訳ではない。味方になることもない。そもそも、これまで俺がしてきたことをお前達は知っているはずだ。それを踏まえていれば、そんな突飛な発想は生まれてこないと思うが」
そう言われ、リリスは思い出していた。
アトロスは、数々の国家と、大量の人間を殺害した魔王軍最強の幹部。
今こうして普通に話せているのがおかしいだけで、普段ならばその名を聞くだけで失神する者もいるくらいの大罪人だ。
なのに、何故自分は味方なのかもしれないと、そんな疑問を抱いたのだろうか。
濁った灰色の長髪と、鋭い眼をちらりと覗く。
一見、他人を寄せ付けない見た目と雰囲気。
なのに話してみると、親しみが生まれてくる気がする。
ああ、そうだ。
きっとこの人は、彼に似て――――
「――――来たか」
そして、アトロスはゆっくりと立ち上がった。
視線を扉の外に向ける。
「来た?」
思考を寸断されたリリスは、首を傾げ尋ねる。
アトロスはそんな彼女に視線を送ることなく。
「ああ、お前はここにいろ。死にたいのであれば、別に止めはせんが」
言い残し、アトロスは黒のコートをはためかせ小屋の外に出ていく。
来た、というのは誰のことだろうか。
死にたいのであれば、というのは死ぬ可能性があるからだろうか。
恐る恐る、小さく開いた扉の隙間から外を覗く。
ここより遠く離れた場所。
そこにアトロスと――もう一人がいた。
「ソラさん……?」
水色の勇者、ソラがそこにいた。
◆
アトロスは小屋を出て、魔樹林から少し離れた荒れ地を歩く。
近くに森があるのが嘘の様な、乾燥した大地が広がる。
カツンカツンと、乾いた音が響く。
先程、アトロスがリリスに説明した内容に嘘はない。
だが、全てを話したわけでもない。
たしかにアトロスは魔王と敵対し、故意的に魔王の意思に反する行動を取っている。
リリスを連れ去った理由の一つもそれだ。
しかし、アトロスには他の思惑があった。
ルミナリア王国第一王女、リリス・ジオ・ルミナリア。
異世界から勇者を召喚するという強力な祝福を保持する、人々の切り札と言ってもよい存在。
例え、経験則から彼女に被害を加えられることはないと理解していたとしても、間違いなく救出が来るはずだ。
なら、その救出にあたる人物は誰か。
決まっている、勇者だ。
防衛もあるだろうから、来るのは二名か三名か。
そのうちの一人に、間違いなく“彼”がいるとアトロスは確信していた。
そう思う理由も存在していた。
一対一で戦えるよう、スパーダ達にも指示は出しておいた。
しかし――――
「――――貴様は」
実際に目の前にいる勇者を見た時、アトロスは少しだけ目を疑った。
実際にアトロスのところにやってきたのは、一人の少女だった。
肩まで伸びる艶のある水色の髪。
小さな身体は白と青の羽織に隠される。
幼い顔立ちの大きな瞳が、アトロスを真正面から射抜く。
アトロスは少女を見据えながら、静かに思い出す。
見覚えはある。あの場にいた少女だ。
「これは驚いたな」
予想していたのとも、
“聞いていた”話とも違う。
(いや、アイツの話を疑いもせずに信じる方がどうかしているか)
脳裏によぎった存在を払い、アトロスは水色の少女――ソラに歩み寄る。
「貴様が、第一王女を助けに来たのか?」
「……そう」
アトロスの問いに、ソラは小さく頷く。
二人の歩みは、お互いの距離が二十メートルを切ったところで止まる。
「貴様一人では俺には敵うまい。それを理解した上での返答か?」
少なくとも、先程の戦闘では大した力を持っているようには思えなかった。
仲間との連携があるならともかく、一対一では容易く倒せる程度だ。
それは慢心でもない、アトロスの冷静な分析だった。
「そんなの知らない」
その疑問に対し、ソラの答えは要領を得なかった。
「私が、貴方に勝てるかなんて、そんなことどうでもいい」
「……なに?」
「私は戦わなくちゃいけなくて、ここにいる、ただそれだけ。そこにはどんな仮定も意味はない。意味がないのなら、初めから考えたりしない」
答えになっているようで、どこか的外れな返答。
まるでその言葉は、アトロスに向けられたものではないようだった。
はたして、ソラは何に対してそう言っているのか、アトロスには理解することができない。
だから、アトロスもまた、それに意識を割くのはやめた。
「そうだな。貴様の答えなど、俺は初めから求めてはいなかった――“奴”の前に、まず貴様を葬るとしよう」
アトロスは心の中で小さく、自身の魔法の名を呟く。
瞬間、灰色の濃霧が彼の身体を覆う。
魔法名【消滅】――それすなわち、破壊の権化。
それに対し、ソラは。
「それでも、たった一つの望みはあって――――故に、私は願った」
「ッ!」
瞬間、空気が変わる。
ソラの雰囲気の変貌ぶりに、アトロスは思わず目を見張る。
その間にも、ソラの言葉は続く。
「そう、心の片隅に生まれた、“あの人の想いに応えたくない”という願いを――――」
そして、言った。
「【創造】」
空気が割れた。
大地が震動した。
無から有が生み出される事象が、世界に干渉する。
剣、刀、槍、矢、鎚
優に百を超える武器達が、ソラの周囲に出現――――
否、“創造”される。
「ああ、なるほど」
その光景に驚愕しながらも、アトロスは凍えるような眼をソラに向ける。
そして、断定した。
「貴様――――創造者か」




