第二十四話 分からないままで
映像に映し出されたアトロスが、画面の向こうから此方を見る。
眉を寄せ、不機嫌そうな表情を浮かべながら。
『……リーベか。何か用……いや、そういうことか』
アトロスは訝しげに俺達を見比べながら、得心のいったように呟く。
どうやら映像は向こうにも届いているようだ。
『先日の襲撃を失敗したとは聞いていたが。そうか、裏切ったのか、貴様』
冷たい目をリーベに向け、アトロスはそう告げた。
対するリーベは悠々とした笑みを浮かべたまま返答する。
「あらあら、何を言っているのかしら。あくまで私はこの人たちが“貴方”の下へ向かうための情報を提供しているだけよ。全面的に此方の軍門に下るつもりはないわ……そもそも私が貴方と敵対するのに、理由は必要かしら?」
『なるほど、それもそうだな』
画面越しに歪な笑いを向け、敵意を含んだ視線を交わすアトロスとリーベ。
僅かの沈黙の後、先に口を開いたのはリーベだった。
「深い緑の魔樹アカカジ、僅かに赤みのある土壌ルトソル……いまいる場所はフルムの魔樹林かしら。なるほど、予想はしていたけれど、貴方が向かっているのはクルトリアード公国の跡地ね」
『はて、それはどうだろうな。そこを経由し別の拠点に行くかもしれんし、そもそも、今いる場所すら違うかもしれんぞ』
「あら、そうかしら? 残念だけど私は確信しているわ。貴方は結局、今もまだあの場所に囚われたままだもの」
『――――貴様』
ピシリ、と。
アトロスが怒気を纏った瞬間、画面に大きなヒビが入る。
画面を隔ててなお、彼の怒りが伝わってくる。
しかし、それも一瞬。
アトロスは怒気を霧散させると、颯爽と身を翻す。
『貴様がどう思おうが、俺には関係のないことだ。助けに来ると言うのならば止めはせん』
そこで、アトロスは顔を横に向け片目だけで此方を睨む。
その視線は他の誰でもなく、俺の方を向いている気がした。
『だが、それ相応の覚悟だけはしておくべきだな。俺の邪魔をする者は、殺す――それが、誰であろうと』
そう言い残し、アトロスの身体が一瞬だけぶれる。
刹那、映像がプツンと途切れる。
テレビのように黒色の画面が残るわけでもなく、透明な空気が立ち込めるのみ。
「ふふ、どうやら怒らせてしまったようね」
その光景を見て、リーベは楽しそうに笑った。
どうやら今のやりとりでアトロスのいる場所が分かったらしく、リーベはこの世界の地図を手に説明し始める。
「私達が今いる場所はスアレル王国、ここね」
リーベが指を向ける部分を見る。
スアレル王国、前方240°をルミナリア王国とエルトリア帝国に挟まれ、残りの部分には様々な小国家が面している。
国の大きさ的には、二国よりは随分と小さいが、それ以外よりは大きい。
リーベはそこからスーっと指を滑らせる。
東側のルミナリア王国の領地に進んだ後、そのまま南にいく。
ルミナリア王国を出てさらに随分と進み――様々な国を乗り越え、黒く塗り潰された部分にまで辿り着いた。
「彼がいるのはここよ」
そして、リーベは迷うことなく断定した。
いや、でも、これは……
「遠いぞ、ここ」
スアレル王国からリーベが指した場所まで。
軽く見積もっても、ルミナリア王国の王都ルミナダからスアレルまでの距離の二倍……いや、三倍はある。
馬車で一ヵ月は優にかかる距離だ。
それをこの短期間で移動したのか?
そんな疑問を含んだ呟きに、リーベはこくりと頷く。
「ええ、そうよ。正確には、さっきいた場所はここの手前に広がるフルムの魔樹林だと思うけれど、もう既に移動し辿り着いているでしょうね」
「まじか……」
断言され、俺は思わずたじろいだ。
こんな距離、俺が全力で走っても三十分はかかる。
……うん、まあ、たしかにアイツが消えてから既にそのくらいの時間は経っている。
魔法さえ利用すれば不可能ではないかもしれない。
「………………」
魔法……か。
「あら、どうかしたのかしら?」
「いや、何でもない」
首を横にふり、続きを促す。
「そう。では、これで彼のいる場所が特定できたわね」
「先程のやりとりで居場所がバレた彼が、別の場所に移動する可能性はないんですか?」
逢ヶ瀬のその言葉に対し、リーベは一言。
「ないわ」
根拠の存在しない断定。
だけど、そこに迷いや偽りは一切感じられなかった。
「分かりました、進めてください」
「ええ、そうさせてもらうわ。さて、ではここからが本題中の本題」
続けて、言った。
「誰が彼女を――リリス第一王女を、助けに行くのかしら?」
強く握りしめる右手から、少し血が流れるのが分かった。
「全員で行くわけにはいかないんだよな」
「私は別にどちらでも構わないけれど、貴方達からすればそうでしょうね」
俺は周りのメンバーを見渡す。
逢ヶ瀬、ソラ、レイ、ラルク、フリード、アドルフ。
この中でアイツと戦えるのは、俺を含め四人のみ。
「少数精鋭で行くべきだろうね」
レイの言葉に、全員がそちらを向く。
「今、リリス王女のいる場所は分かった。だからと言って、いつまでもそこにいる保証はどこにもない。距離も遠い。短時間でそこに辿り着ける何名かだけで向かうべきだ……それに、これから他の魔王軍がここに攻め込んでこないとは限らない。防衛戦力もいくらかは必要だ」
「……そうだな」
俺たち四人がアトロスのもとへ行けば、残されたラルク達の身に危険が迫る。
彼らも決して弱くはないが、魔王軍幹部に匹敵するかと言われれば、首を横に振らざるを得ない。
その辺りを考慮して、話し合いが続いた。
万が一のことを考え、この場に戦力を残す。
アトロスのもとに向かうのは二名。こちらに残るのも二名。
さらに、連れ出されたのはルミナリア王国の王女。
アトロスのいる場所はもともとルミナリア王国の同盟国があった跡地。
救出に向かうのは、ルミナリア王国側から二人にするべきという結論に至る。
そうすればここに残るのは両国から一名ずつ。
故に、この時点でレイのお留守番は決定した。
残りを決めればすぐにでも出発する。
アトロスのもとへ向かうのは、きっと逢ヶ瀬とソラの両名になるだろう。
冷えた頭の中で、俺はそう考えていた。
結局のところ、俺はこの世界に召喚された日の要請を受け入れてはいない。
妥協と流れのままに、今こうしてこの場に立っている。
協力を断ったと言うのならば、リーベを倒した後にでも旅立ってしまえばよかったのに。
そんな俺に、失敗が許されない重要な役目を任されることはないだろう。
中途半端で、偽善で、怠慢。
そんな俺が彼女を助けたいと思うのも、きっと欺瞞。
……じゃあ、なぜ、俺は彼女を助けたいと思うのだろうか。
この世界なんてどうでもいいと思っているはずなのに。
どうしてこんなにも、俺は、彼女を――――
「――白崎さん?」
深い思考に陥っていると、凛とした声が俺の耳に届く。
見上げると、そこにはきょとんと首を傾げる逢ヶ瀬の姿があった。
自分の世界に入りすぎて話を聞いていなかった。
だけどまあ、予想くらいはつく。
「ああ、分かってる。お前達がアイツを助けに行く間、ちゃんと俺はここで防衛を」
「何言ってるんですか?」
と思ったが、実際のところは違った。
「貴方とソラさんが、リリスさんの救出に行くことに決まりましたよ」
「……は?」
いつの間にか、そんなことになっていたらしい。
「逢ヶ瀬は助けに行かないのか?」
「はい、行きません。そもそも私、貴方達のような移動手段を持っていないので」
「……ああ、そういうことか」
そこまで聞き、俺は納得する。
たしかに逢ヶ瀬は魔術師タイプだ。
俺、ソラ、レイのように近接戦闘をしているイメージはない。
高速で移動することが出来ないのか。
魔法使いには瞬間移動(高速移動)がデフォルトみたいなところがあるから、その点は考慮していなかった。
「嫌なんですか?」
浮かない顔をしていたからだろうか、逢ヶ瀬はそう尋ねてくる。
「そういうわけじゃない。ただ……いや、そうだ。ソラもそれでいいのか?」
言葉を止め、俺はずっと静かなままだったソラに問いかける。
水色の髪を持つその少女は、ゆっくりと頷く。
「うん。私は、行く」
力強い言葉。
だけど、彼女の深い蒼色の双眸が揺らいだように見えたのは、気のせいだったのか。
その答えは、俺には分からない。
「じゃあ、決まりだな」
リリス救出は、俺、ソラ、リーベ(道案内)。
現地防衛は、逢ヶ瀬、レイ。
そんな結論に至った。
「白崎さん」
出発直前、逢ヶ瀬に呼び止められる。
「彼女を……リリスさんを、お願いします」
「……ああ」
応えるように、俺は強く頷いた。
俺が彼女を助けたいと思う理由は分からない。
分からないけれど、きっと、分からないままでいい。
俺がやるべきことは一つだけ。
リリスを助ける。
そのために、必要であるのならば。
俺は、奴を――――アトロスを、殺す。




