第三話 知恵はあるが知識はない少年
「……よいのか?」
この国家に対する俺の否定的な言葉の数々の流れに背くように協力の要請を受け入れた逢ヶ瀬に、ラルクは確認の言葉を送る。
「はい、構いません。むしろ魔王軍の手によってこの世界の人々が苦しんでいるのであれば、私には彼らを守る義務があります。それが力を授かった私に出来るせめてもの貢献です」
さっきガドリアさんが言った内容と被ってるんですけど。
えっ、何この流れ、まるで俺が悪者みたいなんですけど。
「そうか。汝に感謝を。無論、私達も全力で援護させてもらうし、魔王討伐が成された際にはそれ相応の対価も支払う。もう一度、感謝を」
「はい」
そしていつの間にか話し合いは終わっていたし。
本気で協力するつもりなのかこいつは。
「逢ヶ瀬、お前本気なのか?」
「勿論です。それが力を持つ私の責務ですから……いえ、別に貴方を責めている訳ではありませんが」
「最後の言葉で責めてるようにしか聞こえなくなったんだが、まあそんなことはどうだっていい。俺が言いたいのは、お前は本当に見ず知らずの世界の為に命を懸けるつもりなのかっていうことだ」
「はい。そのつもりです」
「いや、だけどな」
「――――貴方に」
逢ヶ瀬の鋭い眼が俺を射抜く。真剣な表情と威圧的な態度に、思わず言葉が詰まって出なくなる。そんな俺に追い打ちをかけるように彼女は続ける。
「私の意思について、貴方にどうこう言われる筋合いはありません」
至極当然で反論しようもない程の正論だった。
その通りだ、俺に彼女を否定する権限なんてある訳がない。
ただ自分の考えを押し付けようとしただけに過ぎないのだ。
「まあ、それもそうだな」
だから俺はそれ以上余計なことを言おうともせず身を引いた。
思い返してみると、この世界に呼ばれる前の口論の際にも似たようなことを言っていたし、きっとどれだけ説得しようとしても無駄だ。
凝り固まった自分の意思なんて簡単に変わる訳ないし、正しいか間違ってるかなんて単なる主観の問題だ。そもそも世界が終わればいいなんて考えている俺の方が世間一般からすれば頭おかし……いや、とても個性的に違いない。
話すだけ無駄なら、もう話さんでいいだろ。
「じゃ、そういうことで俺は戻るわ。部屋貸してくれるんだったっけ? 案内してもらってもいいか」
「む、そうか。しかし魔王軍に対する私達がとっている対策と今後の方針について今から少し説明するつもりなのだが」
「いやいいよ、別に聞かなくても。そっちの勇者様がなんとかしてくれるんだろ」
「……そうか、ならばよい。おい、彼を客室まで連れて行ってやれ!」
ラルクの指示に従って俺の案内役を任されたのは、先程俺に向けて槍を向けた兵士の一人だった。彼はマジかよ!と言いたげな絶望的な表情をしていた。
……この世界の人事はなかなかに厳しいんですね。
「…………」
「…………」
そして俺は、二人の少女の視線を感じながら玉座の間を出ていく。
彼女達が何を思っていたのかなんて分からないままで。
◇
「ふぉーえばー!」
そう叫びながら俺は客室にあった高級ベッドに全力でダイブする。言葉に意味は特にない。
「いやー、厄介なことになりましたわー」
半回転し仰向けになった俺は高そうなシャンデリアを見ながら今日一日のことを思い出していた。顔見知りの少女との会話に、トラック事故に、逢ヶ瀬との出会い……あの場はその後どうなったのだろう。死んだかに思われた少女が息を吹き返し、彼女を助けた一人の少女と無関係な男性一人が突然姿を消すなんて不思議現象のオンパレード過ぎるだろう。絶対呟く奴いたな。
その後はこの世界に来てからリリスやラルクによる異世界の事情の説明と協力の要請。そう言えばまだここが異世界だという証拠を見せてもらっていないが、それ以外の発言の信憑性からそれも事実なんだろうと信じ始めている自分がいる。
まあ本当に異世界かどうかは明日くらいにでもこの城を出て王都とやらを回れば確かめることが出来るだろう。今日は無理、疲れましたから。
「っと、そうだ」
ふとここで荷物の整理でもしておこうと思う。ここが異世界だとするならば日本の物を手に入れる機会もなくなるわけだし。
手持ちにあるのは玉座の間に向かう前にこの部屋に運んでもらっていた学生鞄と、ポケットに入れておいたスマホ。それと身に纏う少しデザインが凝りすぎたブレザーのみ。あっ、あとボクサー。
学生鞄の中身をベッドの上に並べ分析を開始する。
学生鞄。スマホ。筆箱。かりっと梅。おいしい飴。歯から取れないガム。『永遠世界』全9巻。以上。
「どうしようもねえなこいつぁ」
これ、本当に今から学校に向かうやつの鞄の中身何だろうか。いや授業とか全く聞いてなかったからな。寝てるか漫画を読んでるかのどっちかだった。止める教師やクラスメイトもいなかったし。
残念ながら俺は異世界物によくある現代知識で無双はできないらしい。理科の教科書の一つでもあれば話が変わったのかもしれないが。ていうかそういう作品の主人公たちは都合よく役に立つ知識を持ちすぎなんだよな。
唯一の書物は『永遠世界』というタイトルの漫画のみ。科学的な内容も含まれているがそのほとんどが超理論なため実証は不可能。どちらにしても役に立つ物ではない。暇つぶしの道具としてしか使えないだろう。
結論、もうどうしようもない。
荷物を鞄の中に戻し終えた時、不意に室内にノックの音が飛び込んでくる。
「シラサキさん、お休みのところ申し訳ありません。リリスです。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
可愛らしい、だけど抑揚を感じさせない声の正体はリリスのようだ。
「別にいいぞ」
「失礼します」
そう言うとリリスは長い金髪を靡かせながら室内に入ってくる。そちらを見ると彼女一人しかいないことに気付く。
「一人なのか?」
「はい、御付きの方々には控えてもらっています」
マジか、王女の立場の奴がほとんど初対面の相手の元に一人で来るとか危険意識が低すぎるだろう。しかし彼女の顔を見ても俺に対して恐怖や嫌悪の感情を抱いている様子はない。
改めて見ると、本当に整った容姿だ。
なのに表情はまるで感情を押し殺したようなままで止まっている。
もしかしたらこれは公務用の振舞いなだけで、普段はもっと明るいのかもしれない。
「で、何か用事か?」
「はい。断られて即日頼むなど失礼であることは重々承知していますが、私からもう一度だけ協力の要請にと」
「お前の言った通り、さっき断ったばかりなんだけど」
「シラサキさんは玉座の間にて、強制的に協力させられることに対する嫌悪感を抱いているように思いました。ですので私達のは決して貴方を利用しようとしている訳ではなく対等、いえそれ以上の存在であることを理解してもらった上で再度頼もうと思ったのです」
「別にそれでも答えは変わらんけどな」
「どうしてもでしょうか?」
「ああ、協力するメリットが見当たらないし、デメリットならありまくるけど」
「……そう、ですか」
「おう」
淡々と二人の間に言葉が飛び交う。リリスの申し出に俺は真っ向から断り続けていると彼女も諦めたのか口を閉じ室内を静寂が支配する。
「で、話はそれで終わりか?」
その空気に耐え切れなくなった俺はリリスにそう問いかける。
「いいえ、それが一つ目の用件で、二つ目についてなんですが……」
リリスはそこで一度言葉を区切ると、一度だけ深く息を吐いた後告げた。
「その用件について話すためにも、場所を代えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
その問いに俺はこのままこの部屋にいても暇である事実を飲み込むと、
「いいよ」
そう答えた。
やることないんだよなぁ、マジで。
それに実を言うと、俺もリリスと話したいことはあったしな。
戦闘シーンはあと四話後くらいです。




