第九話 不思議な三人衆
◇
リリスの部屋から自室へと戻る途中。
階段を降りる最中、俺はその少女を見つけた。
風呂上りなのだろうか、簡素な貫頭衣に身を包んだソラは向かいから登ってきていた。
そう言えばリリスの部屋の二階下のこの階に、彼女や逢ヶ瀬に与えられる部屋があるんだったか。
だからなんだ、という話だが。
「……む」
そしてソラは俺の存在に気付くや、嫌そうに眼を細める。
お前は逢ヶ瀬か。
「……変態」
「待てこら」
何でそこで変態になる。
女子の部屋しかない階から降りてきたからか?
……うん、理解は出来るけど、俺は悪くないよな? リリスに呼び出されただけだし。
「なに?」
なんて内容を頭の中で考えていると、長時間放置されたことに怒ったのか、ソラは不満げに首を傾げる。水色の前髪がふわりと靡いた。
そんな彼女に言える言葉など、俺からは一つしかない。
「俺は変態じゃない」
「…………」
無言止めろ。
「まあ、いいけど」
暫しの静寂の睨み合いの後、ソラは興味を失くしたように颯爽と登り始める。
俺としても別に彼女に用があった訳ではない。特に引き留めようともせず、俺達は擦れ違い。
ぐー、と。
誰かの腹が鳴る音がした。
無論、俺はそれが自分の物ではないということは自覚している。
ということは……
横を見ると、ソラの顔が真っ赤に染まっていた。
恥ずかしいのだろうか。
「……ふん」
バシッ! と、腹に迫る拳を反射的に捕まえる。
「おい、いきなり殴りかかってくんな」
「恥を聞かれた。消すしかない」
「発想が突飛すぎる」
てかコイツ、手ちっせぇなぁ。
どうでもいいけど。
「腹減ってるんなら食堂行くか? 調理場借りて少しくらいなら作ってやるけど」
気まず過ぎる空間に耐え切れなくなった俺は、現状を打破するためにそう申し出る。
ソラはムッと、不満を表情に浮かべた後。
「……行く」
そう答えた。
来るのかよ。
まあそれならいい。俺達は二人で階段を下りはじめ……
「………………」
下の方で、逢ヶ瀬がもの凄く冷徹な視線を俺に送る姿を発見した。
おい、また変な勘違いしてるんじゃないだろうな。
しかし、無言で彼女の隣を通り過ぎることも出来ない。
仕方なく、俺は提案を口にした。
「……お前も来る?」
「行きます」
来るのかよ。
◇
二週間後。
「……どうして、コイツがいるの?」
「あらあら勇者さん、コイツなんて言い草、とても酷いと思うのだけれど」
王都より出発して数分。
同じ馬車に乗車させられることになったその二人は睨み合いお互いを牽制していた。
一人は肩にまでさらりと伸びる水色の髪に、深い海色の双眸が特徴的な少女ソラ。
そしてもう一人。目を覆う様な鮮やかな紅髪に、闇を閉じ込めた黒色の双眸。そして両手を封印魔道具によって繋がれる女性はリーベ。
この二人は顔を合わせた瞬間から、ずっとこんな感じだった。
そしてそんなコイツ等と同乗しているのが俺。
逢ヶ瀬やリリスは別の馬車だ。
場所変わってくれないかな。
「そういや、お前がこの世界に呼び出されることになったきっかけも、コイツの襲撃だったんだっけか」
しかし、いつまでも険悪な空気のままではいられない。
俺はこの世界に召喚された日にリリスから聞いた内容を思い出しながら、その二人の間に投げかけた。
「ええ、その通りよ。あの時は王都にまで攻め入りようやく、と言ったところだったのだけれど。こちらの勇者さんが幼い形をしていながらとても強くてね。絶対に敵わないからマッハで逃げたわ」
「そ、そうか」
なぜ誇らしげかは分からないが、とりあえず俺は頷いておく。
リーベから視線を逸らしソラを向くと、彼女は訝し気にリーベを見つめていた。
「だけど、その時とは見た目、違う」
「……見た目?」
見た目、とはそのままの意味だろうか。
まあ確かにコイツは自分を魔物化するレベルの変態だ。そのくらいお茶の子さいさいだろうけど。
「そう言えばそうだったわね……こんな感じかしら」
そう呟いた瞬間、リーベの周囲に魔力が纏う。
そして、ふわりと紅髪が宙に浮かび上がったと思うと、少しずつ変色する。
ほんの数秒で、鮮やかな紅髪は、深い黒髪に変貌していた。
日本人とも見間違えるかもしれない。
っておい待て。
「なにお前魔術使ってんだよ。えっ、なんなの、その封印魔道具って飾りなのか? とりあえず殴って気絶させておくか……」
「あ、あまり怖いことを言わないでもらえるかしら。冗談に聞こえないのだけれど」
「えっ? いま冗談言うとこあったか?」
「……まあいいわ。きちんと封印魔道具の効果は継続しているから安心しなさい。これは魔術ではなく、ほんの僅かな遷移魔力の応用。見栄えを少し変える程度が関の山よ」
「本当か?」
「本当よ、だからその拳を下ろしなさい、お願いだから」
嘘を言っているようには見えなかったから、俺はゆっくりと手を下ろす。
それを見てほっとした様子のリーベは、気を取り直したように発言する。
「信じてもらえたようで良かったわ。話は戻すけれど、あの時はこの髪色のまま勇者さんと出会ったのよ」
「……どっちが、本来の姿?」
そう尋ねたのは、しばらくの間傍観に徹していたソラだ。
「本来、と言われると難しいけれど、生まれた時にはこの黒髪だったわ。けれど様々な実験をされるうちに私の内側の魔力が変貌し、今では紅髪に変わったというところかしら……まあ、髪の色なんてどうでもいいものよ。魔術さえ利用すれば、そんなもの……髪だけじゃなく、目や輪郭でさえ簡単に変えられるのだから」
「…………そう」
少しの間が空けた後、ソラはゆっくりと頷いた。
その間には、果たして何か意味があったのだろうか。
その後は、案外静かに俺達の馬車は進む。
いつの間にかリーベは紅髪に戻っていたが。
ガタンゴトンと揺れる馬車の中で俺は、目を瞑るリーベを見つめる。
彼女がどうしてここにいるのか、結局その答えをソラに伝えていないなと考えながら。
彼女を今回の遠征に同行させる理由はリリスが教えてくれた通り。
だが、そもそも彼女を罰してしまわないのか。具体的に言うと殺してしまわないのか、という理由については様々な複雑な事情があるらしい。
その中で俺が簡単に納得できたのは二つ。
一つ、魔王軍幹部を捕らえたという事実は国民に広まっているが、その過程については偽りが含まれる。実際に罰する際にはガドリアを含む裏切り者の罪状も明かさなければならなくなるため、一旦後回しにしている。
もう一つは、彼女が与えた被害は思ったよりも小さいということだ。一度目の襲撃も二度目の襲撃も、結局はソラ、逢ヶ瀬、俺によって防がれる。建物や土地などには様々な被害を与えたものの、人的被害は、王城の裏切り者達を魔物化させ殺したことがほとんど全てらしい。
建物や土地なんて物は、魔術が一般的に使用されるこの世界では大した損害ではない。材料さえあれば簡単に元通りにできる。故に、彼女の罪は思ったよりも軽いということだ。それでも魔王軍の一味、それも幹部という事実だけで処刑するに値すると言う声も多いらしいが。
なんて話を、俺や逢ヶ瀬はあの事件の後にラルクによって聞かされていた。
ソラはそこらへんのことを聞いてはいないのだろうか。
見ると、彼女はもう気にしてないみたいで、リーベと同じく眠りに落ちていた。
まあいい。別に俺が気にする話ではないだろう。
だから俺も同様、ゆっくりと瞼を閉じ、長い旅への英気を養おうと思った。
◇
そんなこんなで王都を出発してから四日。
俺達は中立国家スアレルに向かう途中にある、ルミナリア王国内の商業都市サンリアラに到着した。




