第七話 空色の勇者
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「で、お前、何か俺に言うことはないか?」
「死ね」
「死ね!?」
直接的すぎる罵倒に、思わず動揺してしまう。
水色のセミロングが特徴的なこの少女は、どうやら俺達と同じ立場の勇者らしい。
が、問題点として口が悪いことこの上なかった。
いや、悪いのは口だけでなく行為もか。出会った直後に一般人なら間違いなく死ぬレベルの殴打を放ってくるくらいだ。
頭沸いてんのか。
そんなことを思いながらも、俺の深き優しい心で彼女に許しを請う言葉はないかと尋ねれば、返ってきたのが今の一言だった。死ねってお前な……
頑なに此方を向こうとはしない少女の横顔を眺めていたが、先に諦めたのは俺の方だった。俺は彼女から視線を外すと周りを見渡す。しっかりとした机や椅子が備え付けられた一室――いつの日か入ったことのある執務室で俺達は集まっていた。
面子は俺、逢ヶ瀬、リリス、ラルク、そしてこのクソガキ。
あの日のメンバーから一人増えた形になっている。
「あの、お二人は初めて会ったんですよね? 先程のことといい、すごく仲が良さそうに見えますけど……」
さっきの俺と少女の言い合いを見ていたリリスが、不思議そうな表情でそう問う。おいちょっと待て、何で今のやりとりで仲良さそうに見えるんだ。全面的に俺が被害者だろう。
「……相変わらず、年下と親しくなるのだけは早いんですね」
おい、やめろ逢ヶ瀬。
そんな冷たい目で俺を見るな。
だから俺はロリコンではない。
てかそもそも相変わらずってなんだよ……
「ふん、無様」
なんでお前も得意げなんだ。
この状況はもともとお前のせいだからな?
お前の水髪はもう引き千切ることに決めました。
絶対に許さない。
「……親交を深めるのは構わんのだが、そろそろよいだろうか」
「あっ、はい。てか俺が言われるのね……」
ほら、ラルクさん困ってるだろうが。
何故か俺が責任者みたいになってるけど。
そんな感じでぐだぐだのまま、ルミナリア王国の王族と勇者による会合が行われることになった。
「それではまず、自己紹介から始めましょうか」
全員が無言である中で、真っ先に口火を切ったのはリリスだった。
「勿論、私は皆さんのことをきちんと把握していますし、皆さんも私とお父様に関しては既に知っていると思います。ですが勇者同士の名前などについてはそれぞれ知らないはずですから、今回はそのあたりを確かめておきましょう……よろしいでしょうか?」
そう言って彼女が視線を向けた先にいるのは逢ヶ瀬。
彼女はこくんと頷くと、注目されながらも威風堂々と口を開く。
「私の名前は逢ヶ瀬 伶奈です。魔術は全般的に使用可能で、戦闘の際は基本的に敵と距離を置いて戦います」
言い終えると、彼女はちらりと俺を向く。
次は俺の番と言うことか。
「白崎 修。祝福の影響で魔術は使えない。いや、全力で頑張れば使えないこともないんだが、基本的には無理。強化は得意だから、まあ戦闘時にはガンガン殴りにいく感じで。以上」
「そうだったんですか……」
俺の言葉に驚いてるのは水髪ではなくリリスだった。
そういや、こいつには詳しく話したことはなかったな。
まあいいや。俺は次に、さっさと言えという気持ちを込めて少女を睨む。すると彼女は目を細めすごく嫌そうな表情をした後、周りを見渡し口を開く。
「私は、ソラ」
それだけだった。
彼女は、それだけしか言葉にしない。
「あっ、えーと」
少しだけ戸惑うリリスは放っておくとして、俺は少し考えをまとめていた。
彼女は一体何者なのか。
ソラ、というのが名前だとしたら苗字は何だろうか。
初めからないのか、そもそも言わないだけか。
髪色さえ除けば顔立ち的に日本人に見えないこともないが、実際のところははたしてどうなのだろうか。
ソラ……空、か。発音的にはそっちの方が正しいかもしれない。
思えば彼女の髪の色は水色だが、空色とも言えるかも――――
不意に、彼女は真剣な眼差しで俺を見る。
思考は寸断され、俺はぐっと息を呑み込んだ。
「なんか用か?」
「……別に」
問うが、拗ねたように目線を逸らすのみ。
なんだこいつ。
「私は、接近戦も遠距離戦も、両方できる」
そして最後に、ソラは吐き捨てるように自身の戦闘スタイルについて語った。
リリスが少しほっとしていたのが可愛かった。
「では、本題に入るぞ」
自己紹介が終わり、ふんわりしつつあった雰囲気を締めたのは国王ラルク。
子供しかいないこの中で唯一の大人は、やはり雰囲気からしてきっちりしている。
「そう言えば、朝食の時にもリリスさんが話したいことがあると言っていましたね」
逢ヶ瀬が言っていることが何を指しているのか、俺も記憶を掘り起こすとすぐに合点がいった。
「はい、その通りです。そして今から言う内容が、ソラさん達の帰還を早めてもらった理由にも繋がります」
そしてリリスはラルクと目を合わせると頷く。
ラルクは豪傑たる様相のまま俺達全員を見つめながら言った。
「汝等に頼みたいことは他でもない。現在我が国と休戦状態にあるエルトリア帝国――――彼の国との共闘を約束する調印の儀に付いて来て貰いたいのだ」
エルトリア帝国。
世界最大の領域を持つ国家。
曰く、覇者の国。
この旅立ちの先にある出会いを、きっと今の俺は知らないまま。
新たな世界に足を踏み入れることとなる――――
◇
エルトリア帝国との調印の儀。
それが行われるのはどちらかの国という訳ではなく、かつての戦争時代における中立国家スアレルによって執り行われるらしい。
さらにそれは今日明日の話ではなく一ヵ月後。
王都を出発するのは二週間後の話だ。
ラルクに同行するのはリリス、俺、逢ヶ瀬、ソラ、そして騎士団から数名。
騎士団団長のマルコスや副団長のジンクを中心とした精鋭は王城に待機し王都を守るらしい。
その期間の国政は臨時的に、前回の襲撃事件に絡まなかった元老院の貴族達が中心で行われるらしい……しかし、連絡用の魔道具があるため、超重要事項はラルクの元に伝えられるそうだが。
俺達は出発までの二週間を、これまでと同様、自由に過ごしていいと言われた。
だから自室でグータラする予定だった。
そのはずなのに、何故か俺は。
たった今、王都を逢ヶ瀬と二人で散策しているのだった。
「それで、貴方は彼女とどんな関係があるんですか?」
王城では出来ない話があるからと呼び出されたのが三十分前。
人が溢れる王都を二人で歩きながら、逢ヶ瀬は俺にそう投げかけてきた。
彼女とは、きっとソラのことだろう。
「いや、何も関係ないぞ」
そう答えると、逢ヶ瀬は整えられた顔立ちを僅かに歪める。
「何言ってるんですか? 見知らぬ相手に開口一番殴りかかる訳ないです。それに彼女は何度か貴方を注意深く見ていました。残念ですが、言い逃れはできませんよ」
「いや、そんな浮気現場を発見した嫁みたいな言い方されても」
「ッ。私は貴方の嫁じゃありません!」
「いや知ってるから」
顔を赤らめながら全力で否定する逢ヶ瀬に対し右手でシッシッと払う。
こいつが動揺するところを久しぶりに見た気がするが、そう言えばたまにポンコツなところもあったような気がする。
アルダード砦に向かう際の馬車の中とかで。
久しく暗い雰囲気が続いてたから彼女の真面目な姿しか見てなかったが、本来はこんなアホ要素がある子なのかもしれない。
別にどうでもいいけど。
「で、アイツの話だったな」
俺が脳裏に浮かべるのは空色の勇者。
ソラと名乗った少女についてだった。




