第六話 胸に響いた
◇
「勇者が帰還する?」
謎の襲撃から一夜が過ぎた早朝、俺と逢ヶ瀬とリリスは三人でテーブルを囲んでいた。
この世界に呼び出された当初は別々に食事をしていた俺達だが、あのリーベの襲撃事件以降はリリスの提案によりこうして一緒に食べるようになったのだ。
「はい、その通りです」
俺の疑問の言葉にリリスは手に持つナイフとフォークを下ろしながら頷いた。
ちなみに今朝のメニューは豪勢に鶏肉とじゃがいものトマトソース煮込み。あとパン。
どこぞの警察に全力で喧嘩を売りそうなメニューである。
てか皿に残ったトマトソースは最後にどう食べればいいんだろう。
パンにつけたらいいのか? 上品じゃなくて怒られたりする?
「それで、その日にちが今日だなんて、随分と急な話ですね」
逢ヶ瀬はぱくりとフォークを口に運びながらそう呟く。リリスとは違いこっちは話しながらも手は止めない。俺も逢ヶ瀬と同じく食べ続ける。あっ、メイドさんおかわりお願いします。
「はい、何でも勇者様の要望により、帰りの移動を早くしたんだそうです。おそらく正午過ぎには到着するでしょう」
その言葉を聞きながら、俺は先程のリリスの説明をもう一度思い出す。
話の流れから分かるように、リリスが言う勇者とは俺や逢ヶ瀬のことではない。
つまりは一人目の勇者……俺達が来るよりも半年前に召喚された人物のことだ。
そいつが王国騎士団の精鋭と共に本日この城に帰ってくるらしい。
どんな奴なのだろうか。柄にもなく俺は少し気になっていた。
「それにしても、魔王軍を討伐するための遠征だったんだろう? 半年で帰還するとか、随分早いな」
何気なく尋ねた俺の言葉にも、リリスは丁寧に応じる。
「はい、そう思われるのも仕方ありませんね。ですがそれには理由がありまして、魔王軍は領土を持っておらず、普段はどこに滞在しているのか分からないのです……尤も、魔王軍としてではなく、幹部クラスが個人で落とした国を自分の支配下に置いている場合があることもあるのですが。
ですので、今回の勇者様と王国騎士団の遠征は被害が続く地域へ赴き魔王軍を討伐することが主となっており、決して魔王を討伐するためのものではなかったんです。それ以外にも、帰還していただいた理由はあるんですが……」
「なるほど、な」
難しい話だったので半分くらいは聞き流したが、とにもかくにも勇者が帰還すると言うことは理解したよ。
「それで、私達はどうすればいいんですか?」
俺が思っていたのと同じ疑問を逢ヶ瀬が訊く。
それに対し、リリスは答えた。
「特別なことをしていただく必要はありません。しかし同じ勇者として、帰還を迎え入れる際には御二人にも同席していただけないでしょうか? 色々と話したいこともありますから」
「わかりました」
「まあ、そんくらいなら」
「お受け頂けてよかったです」
そこで話は終わったのか、リリスは再度両手にナイフとフォークを手にし食事を再開する。
彼女が食べ終えた皿は、不思議と俺や逢ヶ瀬の物よりも綺麗だった。
それにしても。
「一人目の勇者……か」
誰に言うでもなく、俺は一人空虚に向けてそう呟いた。
◇
異世界より召喚された勇者。
ルミナリア王国が誇る騎士団の精鋭。
彼らの帰還は、想像以上に静粛に行われた。
別に国民達にその出来事を隠している訳ではない。しかし大々的に大手を振って迎えるのではなく、彼らは王都の周りを行進し戻ってくる。
俺、逢ヶ瀬、リリス、ラルク、騎士団の人々は王城を出て、城壁の中で立っていた。
城壁の奥は王都ではない。王都は王城の南側だが、俺達が顔を向ける方向は西側。
大々的にではないのはこう言った理由からだ。既に国民達も気付いているだろうが、それでも王都の中央を突っ切るのではなく回り込むようにして彼らは帰還する。
そしてとうとう、その瞬間がくる。
正門に比べたら小さく、しかしそれでも巨大で厳重な観音開きの城門が盛大な音を立てながら開かれていく。
開かれた扉の向こう。
そこには数十の立派な馬や馬車が存在し、その前には甲冑に身を包んだ騎士達が身を低くしていた。
その一番前にいる白色の髭を携えた男性が、高らかに声を張り上げる。
「勇者、ならびに王国騎士団一行、この度をもって帰還致しました!」
わあっ! と、俺の後ろにいる騎士達が賑わう音が耳に届く。
一人一人の声は小さくとも、合わさればそれなりに大きな音になる。
「うむ。よくぞ戻ってきてくれた、マルコス」
「はっ!」
この状況でその騒ぎを止めるつもりはない様子のラルクは、無事帰還した部下に対し労いの言葉をかける。続いてそれ以外の騎士達にも似たような言葉を送り、彼らはしっかりとした返事をしていた。
……さて、個人的にはここからが本題。
俺は騎士達から視線を逸らすと、見通すように前方に顔を向ける。
正直言って、俺はコイツ等には興味はない。
一緒に帰ってきているという勇者。そいつの姿を見ることが何よりも優先事項。
その存在がどこにも見当たらない。
まさか騎士達に紛れているということはないだろう。
となると……
「…………ん?」
ふと、俺はそこで一つの人影に気付く。
その人物は、騎士団の人々や馬車などの向こうから姿を現した。
手足は細く、すらりと伸びる等身。背丈は百五十に満たない程度だろうか。
この世界には馴染まない、簡素な羽織に身を包まれている。
ぱっちりと開かれた深い蒼色の双眸。
丸い輪郭の上には小さな鼻と口が添えられ、全体的には幼く見え、とても可愛らしい。
そして何より目を奪うのは、肩にまで伸ばされた、日本人とは思えない程の鮮やかな水色の髪。
特殊な魔力による変色だろうか。
年齢を推測するなら、きっと中学生程度。
その少女は静かに人々の間を抜け近づいてくる。
そして、俺のすぐ目の前に辿り着く。
どうしてだろうか。
俺はただ彼女を見つめる事しかできない。
その少女の姿を一目見た瞬間から、言葉にならない感情が俺の心を掴み――――
「吹き飛べ」
「あん? なにぉぐうっふっ!!!???」
その少女の拳は心だけでなく、直接俺の胸を全力で殴った。
「「……え?」」
そして、唖然とする逢ヶ瀬とリリスの間に突風を起こしながら猛スピードで吹き飛ばされる!
少女が叩き込んだ小さな拳による絶大な威力は容易く俺の身体を空に浮かばせ、そのまま弾き飛ばしたのだ。体格に見合わない膂力を真っ向から受けた俺は想像を絶する衝撃と推進力と共に飛んでいく。
肺から空気が漏れた。
肋骨が多分数本くらい折れた。
そして何より、突然すぎる攻撃に心が驚いた。
胸に響いた(物理)。
背中から何かにぶつかる感覚がする。すると景色が王城の中に変わっていた。王城の壁を俺の身体が貫いたらしい。そう思った次の瞬間には再び大きな衝撃とともに景色が変わる。今度は王城の外観そのものだ。それでも勢いは衰えることなく、俺の身体は地面に勢いよく叩きつけられた。
膨大なエネルギーによって軽々とクレーターが生まれる。
その大きさ、実に直径二十メートル。
「……訳が分からん」
雲一つない美しい青空を眺め、怪我の治癒を行いながら、俺は小さくそう呟いた。
◆
リリスは、目の前の光景に混乱していた。
一人目の勇者が帰還し、新たな二人の勇者との顔合わせの場になるはずだったのに、気づいた時には水髪の勇者によって修が吹き飛ばされていた。王城を貫き、もう姿は見えない。
いったい何のつもりなのか。呆然とした表情を自覚しながらも、そのままリリスはその勇者に向けて行動の意図を問う視線を向ける。
そんなリリスに気付いた勇者は、きょとんと首を傾げた後、得心がいったように頷いた。
「大丈夫。壁、直すから」
全然違う。
視線の意味を訂正しようとするリリスの前で、その勇者は右手を王城の方向に差し伸べる。
そして、次の瞬間にはもう穴は塞がり元通りになっていた。
これが彼女の祝福によるものだとは、リリスも知っていた。
だけど、問題はそこではない。
そこではないのだ。
しかし。
「……満足。えっへん」
何故か嬉しそうに腰に手を当て小さな胸を張るその勇者の姿を見れば、言いたかった言葉も頭から消えていくのだった。
――――残る勇者は、あと一人。
新キャラ登場です。存在だけは第一章から語られていましたね。第四話と第五話の修とリリスの会話です。
彼女がどんなキャラなのかは、今後の更新をお楽しみに。




