第五話 謎だらけの襲撃
曇天が刳り抜かれた光り輝く空より降りゆく幾十の刃が、思考を回転させる間をほとんど与えることなく俺に迫る。故に、俺が反射的にとった行動は両腕を交差して顔を守ることのみ。
突如現れた凶器の数々。
出現までの現象から考えても高確率で魔術。
極僅かな思考時間において判断した上での選択。
魔術であるならば、俺の身体は迫る脅威を全て拒絶し――――
「――――――ッ」
両腕の表面を断ち切ろうとする一つ目の槍先を見て、瞬時に行動を変えるべく決断。
「強化」
錬度を高めるだけ高める。
それだけで相当な強度に仕上がった俺の身体を前に、穂先は薄皮一枚を斬るに留まる。
まだ気は抜かない。刃は一つだけではない。
微小の時間差とともに次々と襲い来る凶器達。狙うのは頭だけではなく、胸部、腹部、足部、さらに背中すらも貫かんとばかりに上空から驚異的な勢いで空を斬り裂く。
されど、この程度子細無し。
「――――」
焦ることなく冷静に対処。
感覚を限界まで研ぎ澄ますと、両手両足を駆使し全てを排除する。
拳が刀身を圧し折り、蹴りが柄ごと押し潰し、防壁を抜け俺の身体に衝突した穂先は何もせずとも勝手に爆散した。
手の甲が刃に触れようと関係ない。凶器達は俺に傷一つ――それこそ衝突の影響で肌に赤みが出ることさえない。金剛石をも両断できる鋭さも、俺には無意味。
周囲に散らばっていく武器だった破片達を見下ろしながら、今の襲撃について分析する。
俺に皮一枚とはいえ傷を与えた。
ならば可能性は魔術無効化の限度を超えるだけの魔力を含んだ魔術か、もしくは純粋な物質そのもの。
しかし、今の攻撃に大陸一つ落とす威力があったとは思えない……ならば、後者が正解か。
「……ん?」
不意に、俺の頭上に巨大な何かが出現し影を落とす。
見上げるとそこには直径五十メートル程の凄まじい大きさで、錆色の石で出来た立方体が浮遊していた。
身にヒリヒリと刺す威圧感や重圧感から察するに、密度と質量は尋常ではない。
「またか」
だが俺が重要視したのはその物体の色形ではない。
また、何もなかったはずの空間に突然――――魔力の歪みと同時、まるで“魔術のように”現れた。
「むっ」
なんて、冷静に眺める時間もなく、気付いた時にはその塊は大気を震わす振動と共に、猛烈な勢いと速度で落下してきていた。
……今のままでは、まだ足りないか。
「強化」
数十秒前に行った強化は、リーベとの戦闘時に匹敵するくらい。
されど今回はその百倍近く循環魔力の錬度を高めておく。
自動強化――――正確に言えば違うのだが、それに似た現象を俺は魔法の影響によって実行できる。単純に魔力を身体中に循環させるだけの強化は、理論や術式が必要な魔術より難度が格段に低いため、魔術を使えない俺でも使用可能。
「はぁッ!」
膨大な魔力の奔流が身体中を駆け巡るのを感じると同時、俺は目の前に迫る巨石に対し気合裂帛。
足、膝、腰、腕、拳と全身のエネルギーを一点に集中させ放つ。
接近、衝突、爆発――――月を直接殴った方が軽いんじゃないかと思うほどの重々しい衝撃。
それでも俺の拳は、大きさも質量も数百、数千倍の巨石を容易く破壊することに成功する。
砕けた破片は先程の武器のように俺を中心に吹き飛ばされていく。
だが、ここからの展開はさっきとは違っていた。
極稀に道端に置かれてそうな、まだ常識的な大きさの岩石は無論、巨石がばらけ散った姿。
それらは次の瞬間、瞬く間に様相を変え、なんと気付いた時には数百のゴムになっていた。
この現象には思わず俺も瞠目する。
衝撃的展開はこれだけに留まらない。
太さも長さも大繩を超えるような数百のゴムは、まるで各々が意思を持っているかのように蠢き脈動する。
巨大な芋虫みたいで気持ち悪い。
触手ではないのがいろんな意味で安心。
「チッ」
それらがどんな目的で生まれたものなのか考えていると、その隙を突いたかのように死角から何本かのゴムが俺の身体に巻き付いていた。弾力性があり掴みにくく離すことも出来ず、次々と俺の身体を覆っていく。
さらに最悪なことに、一直線のゴムは片方が俺に巻き付き、もう片方はその辺に生える大木に巻き付かれる。そしてゴムはこれまで伸ばされていた力に逆らうように反動的に縮み、馬鹿げた力で俺の身体を前後左右に引っ張る。
一本一本が千トンクラスの引力。
さすがの俺とは言え、それを数十本分の力で引っ張られて耐えられるかと聞かれると――――まあ、普通に耐えられる。
「ふッ!」
しかもそれだけに留まらず、俺は力に逆らうようにして、勢いよく身体を抱きかかえるように収縮させる。
刹那、大地から大木が根ごと引っこ抜かれたり、幹がへし折られたりすることによって俺にかかる力は霧散する。本来はゴムを断ち切ろうとしたのだが、ゴム本体ではなくそれに巻き付かれた方が耐えられなかったらしい。
引っ張られることはなくなったとはいえ、身体中にはまだゴムが巻き付く。
凄く邪魔。ならばもう仕方ないだろう。
俺は一本一本を腕力で引き剥がすことを諦め、小さくその奇跡の名称を呟いた。
「【虚無】」
身体の周りを純然たる闇を閉じ込めた漆黒の焔が纏う。
ただそれだけで、不必要な存在が全て消滅した。
その際の感覚的に、やはりこれは魔術ではなく物質であることを確認する。
「となると、やっぱり……」
予兆なく魔術のように出現する物質。
通常ではありえない現象。
つまりこの襲撃に使われている手段とは――――
「――――――そこか」
そんなふうに、思考している余裕はなかった。
強化によって研ぎ澄まされた感覚が、離れた箇所にある人の気配を発見する。
故に俺は視線をそちらに向けそう呟いた。
森の風景に紛れるようだが、今の俺には通用しない。
北東方面三千メートル先に漂う芳香と、鼓膜を小さく震わさないレベルの吐息。
そこに、恐らくこの襲撃の主犯が隠れている。
「いい加減、晒せよ」
最後にそう言い残し、俺は地を蹴り“跳んだ”。
たかだか三キロ程度、半歩で十分だ。
揺れる視界、立ちはだかる大気の壁。
全てを気にせず俺は目的地に迫る。
一秒も経たない。無事辿り着く。
敵がいるのは前方の一際高い樹木の裏側。そう確信を抱きながら俺は回り込む。
「とりあえず、一発だけ喰ら……え?」
そして、思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまったことを、はたして誰が責められるだろうか。
何故なら、そこにいたのは人ではなく……というかそもそも、いたというかあったのは。
案山子だった。
もう一度だけ言う、案山子だった。
麦わら帽子を被った案山子が立っていた。
あっもう一回言っちゃった。
さらに腹が立つことが一つ。
「おい、なんだこれは」
その案山子の腹には白色の紙が張り付けられ、そこには大きく赤字でこう書かれていた。
『アホ』と。
「………………」
待とう?
なあ、ちょっと待とう?
俺は今、結構な真剣モードだったのだ。
襲ってきた目的も人物も把握できないまま、明らかにリーベの魔術より強力な攻撃を耐えきってみせたのだ。
その結果がこの案山子か……
え、これ? 本当にこれで合ってる?
世界観間違ってない?
感知できる範囲には、もう他に誰の存在も発見することは出来ないし。
いや、マジで、本当に。
「なんだこれ……」
そんなふうにして、訳の分からないまま謎の敵からの襲撃は終わりを告げる。
どうでもいい話だが、空を見上げると既に雲はなくなり、明るい陽光が射していた。




