第四話 いつの日かこの光景を
「それで、私に聞きたいことは全てなのかしら?」
「ああ、まだ予想の範疇でしかないけど……得心がいったよ」
「貴方は酷い人ね。本人のいないところで祝福の名称を暴こうとするなんて。それも敵である私と」
「アイツに直接訊く訳にもいかないからな。後、俺の敵を名乗りたいんだったら傷一つでも与えてから言ってみろ」
「……貴方にとっての私は、所詮道端に落ちる石ころでしかないと?」
「まあ、うん」
「ふふっ、そんな正直に言われてしまったら怒ることも出来ないじゃない」
既に茶もつまみも食い終わった。
床には空になった皿とカップが並ぶのみ。
物音一つ鳴ることのない空間に俺とリーベが二人沈む。
「よっと」
器用に食器類を片手で回収すると、そのまま俺は立ち上がる。
話すことは残っていない。さよならだ。
この後にまた封印術式をラルクに頼まなくてはならない。俺は魔術を使えないためその類の雑事を受けることは出来ないからな。
だが、もう用はないと思っていたのは俺だけのようで。
「待ってくれるかしら」
既に彼女に背を向けていた俺の足が止まる。
「なんだ?」
その態勢のまま問う。
「私からの質問にも一つ答えてもらえるかしら。どうしても疑問に思っていることがあるのよ……あの時は誤魔化されてしまったけれど。なぜ貴方はあの時、あの場に駆けつけることが出来たのかしら? さすがに不意打ちとはいえ同時に祝福者二人を相手にしようとは思わないわ。だからわざわざ王都から離れるのを待っていたのに」
「いや、あの場に祝福者は元々二人いただろ」
逢ヶ瀬とリリスの二人が。
「いいえ。勇者さんはともかくとして、“あの子”は少しだけ事情が違うのよ。だから初めから頭数には入れてなかったわ」
その理屈には納得できない自分がいて。
「…………俺が、あのタイミングで王城に戻った理由についてだったな」
聞きたくなかった言葉から意識を逸らすように、俺は話を戻しリーベの質問に答えようとする。しかし説明の言葉を纏めるよりも早くリーベは発言する。
「もしかして、貴方は王都で何が起きているが、まるで全てを見通したかのような女性から教えてもらったんではないかしら?」
「――――ッ」
思わず、俺は息を呑み込んだ。
全てを見通したかのような女性。確かに、あのとき彼女は何故か逢ヶ瀬について詳しく知っていた。
普通なら知っているはずのない、彼女の本質に関わる内容まで。
少しの躊躇の後、俺はあの日の出来事についてリーベに語る。
訳の分からないまま、俺は正体不明の女に唆されるようにあの場に向かったことを。
スマホについては魔道具に似た物であると説明した上で。
その全てを聞いたリーベは、真剣に何かを深く考え込む素振りを見せる。
「やはり、そうみたいね」
「そうみたい、って?」
「きっとその女性は私が言った人物と同じよ」
そう言うリーベの表情には確固とした自信が備わっており、何故そのように思えるのか理解できなかった俺は、つい眉を顰め訝し気に彼女を見つめる。
自分に向けられる疑心の視線に戸惑うことなく、リーベは艶のある唇をすっと開く。
「その人物はね、私たち魔王軍の中でも噂になっている存在なの。神出鬼没に現れ、残す発言はまるで私たちの心の奥までも見抜いているかのように的確で、残忍。さらに彼女が現れるところには、後に災厄が訪れるとも言われている。そんな存在であるにも関わらず、誰も彼女の正体を知らない……それこそ、きっと魔王様ですら」
そこまで言い切ると、リーベは静かに息を吐く。
そして、漆黒の双眸を真っ直ぐ俺に向ける。
彼女の特徴である色白の肌のせいか、その眼は一際強い闇を抱えているようで。
最後に、彼女はこう告げた。
「警告しておくわ、勇者さん。“彼女”に目を付けられた以上――――きっと、貴方に待っているのは残酷な未来だけよ」
◇
雨粒が盛大に地面に叩きつけられる音に、遠くから高らかに鳴る落雷。
監獄を出て一階に登った後、外に出てみるとそんな暗雲風景が広がっていた。
この状況のまま森に出かけたとしても、地面はぬかるみ満足に歩くことさえままならないだろう。
思えば、異世界に来てからこのように激しい雷雨に見舞われるのは初めてだ。小雨程度くらいなら何回か経験していたが。
「まだ昼過ぎだってのに」
修練は中止。
だからと言って王都に散策しに行く気にもならない。
自室で寛ぐしかないか。リリスは何かと忙しそうだし、逢ヶ瀬はそもそも選択肢に入っていない。
なんてことを王城の出入り口の扉前で考えながらも、気づけば思考は先程までのリーベとの会話に移りかけていた。様々な情報を得た。尤もその中のどれだけが俺にとって重要なものになるかは分からんが。
リーベの生い立ち。
逢ヶ瀬の魔法。
謎の女性の存在。
もし俺がこのまま王城に滞在し、魔王軍討伐のための一端を担うのであれば、それらの知識が必要になってくることもあるのかもしれない。まあ、それすらも推測の域を出ないが。
「……戻るか」
いつまでもここにいても仕方ない。
俺は身を翻すと、王城の中にへと身を進め。
――――――――やっと、見つけた。
「――――――ッ!」
背筋を震わせるような異質な何かを感じ、咄嗟に振り向く。
何者かの声が、否、声にもならぬ想いが、直接俺の元に届いたかのような感覚。
それはきっと悪意でも敵意でもない。
だが俺の意識を完全に奪ってしまう感情は、美しい想いだけで形作られるものともまた違う。
言いようも知れぬ感覚に違和感を抱きながらも、俺はふと呟く。
「誰だ……?」
瞬間、キランと百メートル程前方に小さな光が煌いた。
数秒の間隔と共に、それは何度も輝きを灯す。
「俺を、呼んでいる?」
原因は不明。何が起きているかも正確に理解できていない。だけど、その光の意味だけは不思議と理解できている気がした。
心の中に生じた想いに従うように、気付けば俺は一歩を踏み出していた。
俺が辿り着くとともに、光はそこからさらに百メートル離れたところで煌く。
暗闇の迷路における篝火が正しい道を教えてくれているかのような感覚だった。
雨に濡れることもおかまいなく、次々と輝く光に続くこと十五回。
俺はいつの間にか、来るのを止めたはずのフェイルの魔樹林に足を踏み入れ、奥深くまで分け入っていた。
そして、その場所に辿り着く。
「ここは……」
深い緑に包まれる森の途中、まるで砂漠におけるオアシスのような光景。
雨に濡れた茶色の地面が辺り一面にわたり、その先には美しい青色の湖が広がっていた。
張り詰めていた心が絆されていくような優しさと、どこか懐かしさを感じる場所。
王城から一キロと少し離れた場所にこんな場所があるだなんて思ってもいなかった。ここに来た目的も忘れ、思わず見とれてしまうほどに美しい。雲一つない太陽の下ならば……もしくは、月明り射す夜にこの光景を眺めたら、これ以上の美しさを感じることが出来るのだろうか。
そんな風に、思っていた矢先。
大きな一筋の光が、湖を中心とした広大な空間に落ちる。
「……あ?」
故に俺は、反射的にその原因を探るべく空高く視線を上げる。
するとそこには、暗雲が不自然に切り抜かれた痕があり、その円形の部分からは雨が消え太陽の光が射していた。粘土の板の中心部分だけを刳り抜いたかのような異様な光景。
急激に開けた空間と、突如として現れた強い光に、これまでの暗さに慣れていた目が閉じてしまう。
だからと言って長時間瞑ったままでいる程の刺激ではない。
一秒も経たぬうちに、俺はゆっくりと両目を開け。
そこに、数十の煌く刃を見た。
「は?」
状況を理解できない。
戸惑いの呟きも、素っ頓狂な表情も、だらけた態勢も、全てが目の前で起きる現象を把握できていないが故にだった。
刃が白く輝く刀が。
鋭い穂先を下に向ける槍が。
刃渡り二メートルにも及ぶ馬鹿げた大きさの剣が。
切り抜かれた光の道を駆け、呆然と見上げるだけの俺に降り注いだ―――――




