第三話 魔法と祝福と
魔王に関する話を終えどこかしんみりとした空気の中でも、会話は続いていた。
「聞きたいことがある」
長くなったが、本題の内の一つであるリーベの身体の調子に関して確かめることは出来た。
故に、残りの一つに関する疑問を解決しておきたくなった。
「あら、何かしら?」
「逢ヶ瀬 伶奈についてだ」
「……あの、黒髪の女の子」
「ああ」
名前だけで誰か通じるのなら、話は早い。
「あの日のアイツについて知りたいんだ……リリスから、俺が来るまでの出来事は大体聞いている。その時におかしいことがあったんだろう?」
「ええ、そうね。確かに彼女は異様と言うしかなかったわ。なぜなら」
「何度死のうが……魂を滅ぼされようが、あっという間に生き返ってみせた」
「……その通りよ」
魂とは、人の内に潜む全ての根源。
どれだけ身体に傷を負ったとしても治療が間に合えば生き返ることは出来る。
しかし、魂だけは違う。人一人に与えられる魂の量は有限。それだけは、何があっても元に戻ることはない。魂を失えば人は死ぬのだ。
その前提条件を、逢ヶ瀬は自身の身体を以て覆した。
不可能を可能にする、それつまり答えは一つ。
「魔法、か」
誰だって知っている周知の事実。
だが、その言葉を聞いたリーベの反応は予想していたものとは違った。
「あら、何を言っているの? 貴方達の力は、魔法ではなくて祝福でしょう?」
「――――――は?」
その言い回しが、頭の片隅に引っかかった。
妖魔=魔物のように、魔法=祝福だというものとして俺は今まで物事を捉えてきた。
だけど今の言い方じゃまるで……
「魔法と祝福は別物……? いや、そもそも魔法って言葉自体が、この世界にはあるのか?」
「当たり前でしょう? そんなことも知らなかったの? これは驚きね」
呆れたような物言いをした後、リーベは真剣な眼差しを俺に向ける。
まるで、無知な存在に諭すかのような様子のまま口を開いた。
「世界に愛され、運命に愛された力――――【祝福】。
世界に嫌われ、運命に嫌われた力――――【魔法】。
そしてその魔法使いの王こそ、私が崇拝する魔王様なのよ」
それは、奇しくも俺達の世界の蔑称とよく似ていた。
世界に愛され、運命に嫌われた力、魔法。地球で呼ばれていたその名の意義は、この世界の二つの定義を丁度中間地点に位置付けされている。
「……なるほど、な」
この知識は想定外の収穫だ。先入観から魔法と祝福が同様の物として考えていたが、その前提条件を理解できていれば様々な気付きに出会えるかもしれない。そう、例えば……
「なあ、もしかしてこの世界では、魔法って言葉が禁句だったりするのか?」
「禁句、という訳ではないわね。ただ今では、世界を救う者が使う善意の力を祝福、魔王軍に所属し世界を壊す者が使う悪意の力を魔法と呼んでいるから、悪いイメージが付随しているのも事実ね。好き好んで使われるような言葉ではないわ」
そういうことか。
だから魔法陣が魔術陣と呼ばれたりといった違和感が存在するわけだ。
…………それにしても、結局この世界にも魔法という言葉が存在してしまっているのか。
「まあ、それについては今はいい。話を元に戻そう。逢ヶ瀬の魔法、じゃなかった。祝福についてだな」
「そう言えばそんな話をしていたわね。どうしてそんなに彼女のことが気になるの? もしかして、恋?」
「違う。喰らえ」
全力のデコピンで弾いた芋の揚げ物は、残念ながらパクリとくわえられてしまった。
「アイツの祝福に関することが詳しく分かれば、アイツの考えも理解できるんじゃないかって思っただけだ」
「あら、興味自体はあるんじゃない」
「……まあ、あれだけ話した後だし、少しはな」
そう呟くと、少しの静寂がこの空間を支配する。
すると、次に口を開いたのは俺ではなくリーベ。
「異常、だったわね」
ぽつりと零す。
「彼女は何度だって蘇った。私の魔術によって殺されても、数秒後には何事もなかったかのように。抵抗も攻撃もしていたけれど、それでも自分が死ぬ瞬間にはその現実を受け入れ呆気なく死んでいった。彼女の持つ祝福の力が命に関するもので、不死身か何かだっていうのならそんな行動にも納得がいくのだけれど」
「そうではないと、お前は思ったのか?」
「ええ。だってね、おかしいのよ。彼女は死ぬ度にこんな言葉を零していたわ。『ああ、また、殺してしまった』と」
「――――――ッ」
「ふふっ、理解できないでしょう? 断っておくなら、彼女がそう言ったのは彼女の攻撃が私を殺しかけた瞬間だけではなかった。紛れもなく彼女は自分が死ぬ度にそう呟いた。まるで自分の心に相応の傷を負い苦しんでいるように……証拠に彼女の戦闘の動きは何度も死ぬ度に、見る見るうちに衰えていったもの」
おかしいと、不思議だと、楽しそうに話すリーベの傍で。
俺は、おおよその推測がついた。ついてしまった。
「――――【魂魄】」
だからこそ俺は、気づけばその言葉を呟いていた。
「それが、アイツの祝福の名だ」
それを聞いたリーベは訝し気に俺を黒い眸で射抜く。
「魂魄とは、単純に魂のことね。どうしてそう思うのかしら?」
「聞いたことがあるからだな」
「はあ?」
訳が分からないと眉を顰めるリーベ。
そんな彼女の疑問を晴らす答えは用意している。
それは“あの日”のこと。
この世界に来るよりも前の話。
俺がリリスによって召喚された、数分前の出来事。
黒髪を肩甲骨まで伸ばした少女。
彼女がトラックに轢かれて死にかけた。
魂さえも尽きかけた。
だけどそれを、逢ヶ瀬は救ってみせた。
その時に、彼女は確かに。
「【魂魄】って唱えながら、奇跡を起こすアイツの姿を見たことがあるんだ」
「奇跡?」
「ああ。魂が尽き、もう生き返ることの出来るはずのない相手を、逢ヶ瀬は救った……“自らの魂を分け与えることで”」
「――――っ。そういう、ことね」
得心が言ったのだろう。リーベは目を大きく開いた後にゆっくりと頷くと、俺に続きを促した。
そう、つまり、彼女の力は不死身とは違う。
「人類にとって不可侵領域である魂を与え、そして――――奪う。それこそが、アイツの力だ」
それはあくまで推測でしかない答え。
だけど真実であると、なぜか確信できる自分がいた。
『そして、私はッ……多くの命をこの手で奪ってきたんです!』
もし彼女が言ったその内容が真実ならば。
俺の推測が正しいのならば。
彼女が奪った魂は全て彼女の中に封じられ――そして、一つの魂が滅ぶことに別の魂が補充される。
自分が死ぬ度に、これまで奪ってきた魂を消費して――“殺して”、彼女は生き永らえているのではないだろうか。
故に、彼女は死なない。
「…………」
不意に視線の下ろし、俺は右手で自分の胸元を掴んだ。
俺がそんな突拍子もない仮説を立てた理由を、自身に求める。
思い出すだけで吐き気がし、頭痛がする。考えることを脳が拒絶し、気付いた時には俺の思考は掻き消える。問題から目を逸らすように、気付いた時には視線もリーベの方向に戻していた。
「どうかしたのかしら?」
「いや、なんでもない」
逢ヶ瀬 伶奈の話に戻ろう。
きっと、彼女の持つ力はそれだけではない。
俺は自分の記憶の中から、魂に関する知識を引っ張り出し整理を試みる。
魂。
人の記憶や想いが刻まれる場所。
魔力が完全に変貌した人体の中で唯一、魔力のまま残っているもの。
人の魔力とは、単純に身体の内部に保有する魔力量であることは周知の事実。
しかしその中の九割九分以上は、魂を創る魔力の総量であると言われている。
つまり、人が普段の生活や戦闘時に使用する魔力は一パーセントにも満たないのだ。
膨大な情報量を含む魂に、人は干渉することは出来ない。理由は簡単、魔力を構成する要素の幾つかを失っただけでその者の存在が消えてしまうからだ。記憶も想いもない存在に、命は宿らない。
さらに、魂が持つ可能性はそれだけには留まらない。一パーセント未満の魔力のみで魔術という現象を起こしてしまえることを考慮するなら、その百倍以上の魔力を誇る魂で出来るのが記憶と想いの保存だけとは到底思えないのだ……それこそ、その可能性を最大限に発揮すれば“奇跡”すら起こせるのではないかという推論もあった。尤も、俺が聞く限りではその答えが分かったという話はなかったが。
そんなこんなが、俺が知る魂に関する知識の全て。
まとめるなら、魂とは人にとっての不可侵領域で、失えば人は死ぬと言ったところか。
しかし、逢ヶ瀬の祝福が魂の名を冠するのであれば、きっとそんな前提も通用しない。
理由は存在しない。だってそれこそが魔法なのだから。




