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創造世界の英雄譚 ~魔法使いへ祝福を~  作者: 八又ナガト
第二章 -壊す願いと創造者-
30/103

第二話 その存在の行動理念

「…………」


「…………」


 ポリポリもぐもぐ。


「…………」


「…………」


 ずずぅ。


「あら、おいしいわね。このお茶」


「ああ」


 そんなこんなで牢獄に二人。

 俺とリーベはつまみを食べながらお茶を飲んでいた。

 リーベの両手は塞がれてるため、共に俺の手によって。


 なんとも場違いな現状をリリスやラルクが見れば衝撃のあまり声を失うだろう。


「それで、何のつもりかしら?」


 俺が投げた揚げ物を器用に口だけで掴みながら彼女はそう問いかける。


「貴方が来たときは拷問でもされるのかと身構えたのだけれど」


「いや、魔王軍に関する情報はとっくに聞き出されたんだろ? 特に拷問する理由もねぇだろ」


 今回の魔王軍幹部リーベの襲撃に関する顛末の証言を、抵抗の余地を限界までなくしたこの牢獄でこいつから聞き出したことは既に知っている。その際には俺も近くに待機させられていたしな。


「あら、ならますます理由が分からないわ。何をしに来たのかしら?」


 口元に付いた油をぺろりと舐め上げながら彼女は告げる。

 それに関する俺の回答は至極単純。


「大した事じゃない。あれからもう二週間程度経ったことだし、お前の身体の調子がどうなってるかを確かめておきたかっただけだ」


「……性的な意味で?」


「違う。茶投げんぞ」


 あっつあつのヤツをな。


 鎖に捕らえられ躱すことも不可能だろうし、本気で投げつけてやろうかと悩んでいたころ、少しの間無言を貫いていたリーベは、思い当たることがあったかのように顔を上げてこちらを見つめる。


「そうね、貴方が言った意味は理解できたわ。それは私からも訊きたかったことよ」


 真剣な眼差しで、リーベは尋ねる。


「根本的な話よ、勇者さん。どうして私は今、“生きている”のかしら?」


「…………」


 その問いは、俺がここに来た二つの理由のうちの一つと合致していた。


 あの日リーベが行った魔物化。

 本来なら間違いなく死んでいた行為。

 しかし今、確かにリーベはここに存在している。


「想像はついてるんだろ?」


 特に隠すでもない解答を、確かめるようにリーベに投げかける。

 不可能を可能にする現象の理由なんて、この世界には一つしか存在しないのだから。


「ええ、そうね――――祝福、以外には考えられないわ」


「正解」


 祝福。世界に愛され、運命に嫌われた者に与えられる力。

 地球では魔法と呼ばれていたその力を扱える者はほんの数名。

 各々に与えられた奇跡の名称を以て、それに関する現象を発生させることが出来る。


 パリパリと、さっき自分で作った芋を揚げた例のお菓子を食べ、緊張感を台無しにしながらも話を続ける。


「限界値を超え魔物化した存在が元に戻れないのは、悪意に残りの身体までもが呑み込まれてしまうから。だから逆に言えば魔物化した部分のみを消滅させれば、元の人間としての自分に戻ることが出来る……尤も、お前の場合は残り一パーセントから復活できる再生能力があっての賜物だけどな」


「なるほどね。確かに私は傷を負った際には自動的に大気中の魔力を昇華させ欠陥を補充する術式を体内に組み込んでいるわ……だけど解せないわね。今の話を聞くに、貴方はわざと私を生かしたのかしら?」


「ああ、まあ、そうなるな」


「……理解、できないわね」


 不満を隠すことなくリーベは黒く冷たい目を俺に向ける。


「どうして私を殺さなかったの? 貴方にならそれが出来た。なのに――――」


「殺す理由、なかったからな」


「……え?」


 素っ頓狂な声を上げるリーベに、俺は続ける。


「あの日、俺がお前と戦った理由は、逢ヶ瀬の願いを叶えないためだ。アイツが誰かを守り切ることも、守り切れずに死ぬことも許せなかったからな。まあそれでも、それなりに大切なリリス達が殺されでもすれば、復讐代わりにお前を殺してたかもしれけど……今は生きてるんだし、まあ別にいいかなって」


「……何を、言ってるのかしらね。私が彼女達を殺そうとしたのは事実なのよ? それに彼女達は死ななかったとはいえ、現実問題、私はガドリア公爵や彼の配下にいる兵士達を殺した存在で……」


「いや、俺そいつらのこと全然知らんし。そもそも裏切り者なんだろ? なら、やっぱりどうでもいいよ」


「…………」


 呆然、というべきか。

 リーベは彼女の美貌に似合わぬ間抜けな表情のまま止まっていた。

 それほどまでに、俺はおかしなことを言ったのだろうか……客観的に考えれば、言ってるなぁ。


「貴方は」


 数秒の沈黙を残し、リーベは呟く。


「“勇者”であっても、“英雄”ではないのね」


 そして、そんなことを俺に告げた。


「……ああ、知ってるよ」


 俺は英雄にはなれない。

 そんなことは遥か昔から身に染みている現実。

 いまさら、心動かされることなど何もない。


 不意に、ふふっと言う笑い声が鼓膜を震わす。

 発信源を見ると、リーベは紅髪と肩を震わせながら微笑んでいた。


「貴方は少し、魔王様に似てるわ」


「あん?」


 どうしてここで、その名が出てくるのだろうか。


「私の持つ力は、生まれ持ってのものではないの」


 そんな俺の疑問に答えるべくか、リーベは少しだけ身の上話を始める。


「大陸の隅っこにある小国の、貧しい国に産まれ身寄りのない私達はある研究所に連行された。予想は出来ると思うけれど、そこは魔物化という技術を持った兵士を量産しようとするところだったの。私はその中の数少ない成功例。だけどその後も徹底的に監視された私達は大人達に抗うこともできず、ただのうのうと世界を恨みながら生きていた……そしてそこに“あの方”は現れた」


 あの方こそが、魔王と呼ばれる存在なのだろうか。


「圧倒的だった。あの方は私達が恐れる大人達をものの数秒で殲滅してみせた。戦闘には自信があった私でも、知覚することすら出来なかった……そして全てを終わらせた後、あの方は私を含んだ子供達に言った。『お前達がこの世界を憎むのなら、世界を壊したいと願うなら、その機会を与えてやる――――来い』と」


 いつの間にか恍惚の表情を浮かべるリーベは、楽しげに彼女が崇拝する者のことを語る。


「一瞬で私はあの方に心を奪われた。付いていくことを誓った。けれど、結局そう思ったのは私を含む数名だけ。当然ね、そこにいた子供達のほとんどは身寄りを魔王軍によって殺されていた。彼らが魔王様に抱く感情は憎しみだけ。魔王様はその者達には興味がないと一蹴すると、私達だけを連れて帰ったの……子供達を生かしたままで」


 リーベは深く息を吐き出すと、静かに口を閉じた……当時の出来事は語り終えたのだろうか。


「結局、お前は何が言いたいんだ」


「行動理念が普通の人とは違う、つまりは理解できないということよ」


 話の続きを促す俺に対し、彼女ははっきりと申す。


「だってそうでしょう? あの日の魔王様の行動は表向きだけを見るなら新たな仲間を手に入れようとしたように思える。だけどその代償として、彼は強力な力を持つ、魔王様を恨む子供達を野に解き放ったのよ。罪のない者を殺し世界の侵略を行う存在が、どうしてその場で将来の敵になるかもしれない者達を殺さなかったのかしら? 結果的にあの方がしたことは、数名の実力者を手にし、数十名の敵を救ったということ……割に合っていないじゃない」


「…………」


「貴方もそうでしょう? 私の様な存在は殺してしまえばいい。今回は未遂に終わったとしても、何らかの方法でここから逃げることに成功し、もう一度貴方や貴方の大切な人を殺そうとするかもしれない。私を殺したところで文句を言う人はいないはずよ。今後のリスクを避けるためには、そうするのが一番賢い選択……貴方もそう思わないかしら?」


「……さあ、どうだろうな」


 彼女が長々と語った話と共に、俺はその言葉について思考する。

 何かを救うためには、予め危険な物を排除しておけと。

 それ自体はきっと正しい考え方なのだろう。


 それでも、俺はやっぱり。


「……どうだっていい。本当に大切な何か以外に意識を割いてる余裕なんかないんだ……だから正しいとか間違ってるとか関係なく、そんな他人の生き死になんてどうでもいいんだよ」


 そんな理由にならない答えを、小さく零した。


「ええ、本当に……そんなところも、似ているのね」


 最後に呟いたリーベの言葉は、何故かいつまでも心に残り続けるような気がした。

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