エピローグ 雲の向こうに
◇
一週間が過ぎた。
ダストエルダ家当主ガドリア公爵の裏切りに、魔王軍幹部リーベによる襲撃は王城に大きな爪痕を残し、死者も出たらしい。尤も、ガドリアと彼の配下にある騎士達が数名程度だが。
人的被害を除くと、やはり一番の被害は王城の壊れ具合だろう。
俺の殴打や逢ヶ瀬の魔術によって謁見の間を中心とした王城は穴だらけ、傷だらけ、焦げだらけ。人が住めるかどうかどころではなく、数秒後には倒壊してしまうんじゃないかというレベルだった。
よって急遽、王族含む俺達は王都から馬車で二時間程度の場所にある別邸に滞在し、残りの騎士や専門の魔術師たちを招集し急いで王城の復旧に取り掛かった。地属性の魔術に優れた者が多くいたのか、あれから一週間がたった今、こうして俺達は王城に無事戻ることが出来た。
そんな訳で、俺は自室で今も一人寛いでいる。
再び旅に出ることもなく王城にいることの理由に関しても、俺は流れるように思い出す。
結局、今回の作戦の第一の実行犯であるリーベは、今も生きたまま捕らえられている。現在は王城の地下にある牢獄に閉じ込められ、魔力濃度を限界まで下げ魔術行使をし辛くすることによって逃亡を防いでいるらしいが、あれはあれで規格外の存在。どれだけ有効的な手段かは国王含め完全には把握できていない。
故に、もしものときのために俺もリーベの傍にいるようにと言われたのだ。本来なら面倒なため断るところだが、彼女の命を奪わなかったのは俺の意思によるもので、そう言われると此方も強く出れない。
元々はガドリアと共に国家転覆を試みるも、様々な理由からガドリアに付いていくことができなくなった元老院の他の貴族達についても、ラルクによって捕らえられている……さすがにリーベの様に劣悪な待遇ではないみたいだが。
もう死んだと噂のガドリアさんは、ルミナリア王国を自分の国にして魔王軍と同盟を結ぶことで、相当の地位と金銭などを約束されていたらしいが、詳しくは知らないし興味もない。
そんなところが、今回の事件の顛末。
被害が王城以外には及ばなかったことから、国民には今回の事件の幾つかの部分をいじり伝えた。
具体的には裏切りはなく、魔王軍幹部は砦に現れた際に勇者が倒した、といったふうに。
……まあ、仕方ないことだろう。
不必要な情報を伝えたくない気持ちは分かる。
時にはそれが望みもしない結末を生み出すのだとしても。
「…………」
ふと、俺は手元にあった鞄からスマホを取り出す。
真っ暗な画面がただただそこに自分の顔を映し出す。
あの日、俺は“彼女”と話した。
ジオ・ストラルダと呼ばれる異世界で、スマートフォンという現代の科学技術を利用して。
あれは一体なんだったんだろうか。
俺と彼女の関係は何も分からない。
それでも、俺は自然と彼女の言葉を信じた。
その結果があの時の俺の行動に繋がった。
なんて考え事をしていると、するりと手からスマホが零れ。
「ごふっ!」
そのまま顔面に落下した。
何だかとても痛かった。
「えっと、シュウさん……何をしているんですか?」
そして何故か開かれた扉の向こうから顔を覗かせたリリスが、訝し気に俺の方を見ていた。
おい、ノックしろよノック。
と思って注意したが、俺の呻き声を聞き大丈夫かと思って様子を見てくれたらしい。一から十まで俺が悪かったよ、ごめんね。
◇
そんなこんなで夜。
俺はフェイルの魔樹林に足を踏み入れ、一週間ぶりの修練を行っていた。
王城は元に戻ったが、魔樹林に関しては俺とリーベが戦闘した付近は荒野そのものである。
既にスマホの充電は切れているため体内時計で。
木々を駆け抜け、それなりに満足した後、風呂で汗を流す。
「……」
自室へと戻る途中、自然と俺の足はその場所に向かっていた。
ギギィという甲高い音を立てながら扉が開かれる。
見上げると夜空が広がるが、雲が出ているのか星々の輝きは幾段か弱い。
だからこそ、俺の視線は目の前の少女に引き寄せられた。
「貴方ですか」
夜空を見ながら振り向くこともせず、手摺に体重を掛けたまま彼女は呟く。
魔力感知が出来る奴なら、姿を見ずともそれくらいは可能だ。
「ああ」
ゆっくりと歩を進めながら、俺は応える。
「何の用ですか」
「別に用はない。なんとなくだ……お前は?」
「私は……空を、見に」
それは、いつの日か聞いた言葉と同じだった。
「今日はあんまり星見えないだろ」
「ええ。だから、丁度いいと思ったんです」
彼女が暗闇に溢れた空に何を望んでいるのかは知らない。
知らないからこそ、俺も彼女の横に立つとその空を見上げた。
静寂が、俺と彼女の間に生まれる。
夜風は少し肌寒く、だけど心地よい。
その時間は決して嫌なものではなかった。
だけど、そんな優しい時間は長くは続かない。
「……結局、私は覚悟できていないままなんです」
不意に、彼女が言葉を漏らす。
「貴方に伝えたこと、私の贖罪の方法。どれだけそれを望んでも、実行するには覚悟が足らなくて。私は昔から弱くて、誰かに従うだけで。ようやく自分の意思で立ち上がっても、最後には躊躇してしまう中途半端でどうしようもない人間で……その結果が、あの日の私です。あの日、命を奪うことも、失うことも恐れて、何もできなかった私の前に貴方は現れて……そして貴方は、私の在り方を否定しました」
俺は静かに彼女の想いを聞き届ける。
「それでも、やっぱり私は自分の願いを否定することはできません」
「…………」
「自分の罪を償う方法を、私は一生探し続けるんだと思います」
「……そうか」
「はい。だから私はこれからも、貴方が壊しそうとした道をもう一度進み始めます。覚悟なんて出来ないままだけど、立ち止まってばかりではいられないから」
それが、彼女が辿り着いた答え。
彼女の“魂”に刻み込まれた在り方。
所詮、俺の行動如きが彼女を変えられる訳もない。
「だけど、ほんの少しだけ思ったんです」
そんな思考に浸りながら闇夜を眺める俺の耳に、不意に優しい声が飛び込んでくる。
自然と視線はそちらを向き、俺を見つめる一人の少女を捉える。
逢ヶ瀬はほんの少しの笑みと共に、彼女の想いを口にする。
「もしかしたら、全ての贖罪を終えた先があるかもしれない――――新しい道が生まれることも、あるんじゃないかって」
そして彼女は、そんな可能性を語る。
俺の想いは、俺が嫌った彼女の在り方を壊すことは出来ないけれど。
きっと、違う何かを生み出すことは出来たのだ。
「ああ……そうかもな」
だから、俺は。
その事実を望む望まないは関係なく、小さく頷くしか出来ない。
それが彼女が考えた末に辿り着いた答えなのだから。
それでも、この胸に生まれた暖かな感情だけは、いつの日か知っていたように感じた。
「それでは、私はそろそろ戻ります」
言い残して、彼女は颯爽と身を翻す。
黒髪を靡かせる後ろ姿だけを残し、彼女は前に進んでいく。
向かう先はこのバルコニーに通じる扉。
彼女が会話を断ち切るならば。
もう、俺から言えることは何もない。
だから俺も、身体の向きを変え彼女から視線を逸らし――――
「あの……白崎さん」
――――後ろから呼びかける、柔らかい声に後ろ髪を引っ張られる。
最後にもう一度だけ振り向くと、逢ヶ瀬は既に城の中にいた。
扉から顔を覗かせ、ほんの少しだけ紅潮した肌を見せながら、小さく唇を動かし……
「……おやすみ、なさい」
そんな言葉を最後に残し、その姿を扉の向こうに消す。
合わせるように、俺も。
「ああ、おやすみ」
聞こえてるかなんて分からないけど、自分でも驚くような優しい声でそう告げた。
ふと、空を見上げる。
星々は未だ雲によって遮られ輝きは弱い。
それでもほんの小さな隙間は存在するものだ。
夜空に光る大きな月は、その明かりを確かに照らす。
小さな一筋の月明りは、ただ一人佇む俺の下に落ちる。
どれだけ暗闇の世界でも。
きっと、どこかからは光が差している。
それは、まるで俺と彼女の関係のようで。
「…………」
だからこそ俺は、一際強い輝きを放つ月を掴むように、ちっぽけな手を空高く伸ばした――――――
『第一章 -二人の少女の歪な誓い-』終
↓
『第二章 -壊す願いと創造者-』
ここまでお読み頂けたことに、深く感謝申し上げます。
まだまだ続く物語を、これからもよろしくお願いします。
次章までは一週間ほど間が空きます。詳しくは活動報告で。




