第二十三話 二つの道を壊すため
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静寂の世界。
破壊の痕が混在する空間。
傷だらけの人々の視線の中心。
そこに、一人の少年――――白崎 修は立っていた。
「好きでもない世界のために命を懸けて戦って贖罪した気になってるのも、その先に待っている死にお前が満足するっていうのも、本当に心から気に食わない……それがお前の望む道だって言うのなら、お前を嫌いな俺が取るべき行動なんて一つに決まってるだろ」
それは一人の少女を救った英雄が見せるような優しい表情ではない。どこまでも不満げで、納得いかなくて、嫌悪感さえ露わにする。
そんな状態で、彼は言ってみせる。
「俺はお前に贖罪もさせないし、死ぬことだって許さない。どちらも選べないように、お前が一番嫌がる選択を俺はしてやるよ」
捻くれ者は、最後は目の前に佇む少女――――逢ヶ瀬 伶奈から視線を逸らし、宣言した。
「だからアイツは俺に任せろ。お前は何も出来ないまま、黙って俺を見ていればいい」
言い残すと、彼は静かに踵を返す――途中。
「……ばか」
そんな泣きそうな声が、伶奈の元から発されたことだけは分かった。
「お前らは無事か?」
伶奈の言葉を聞き届けた後、周りの惨状を視界に収めながらそう確かめる。例外なく皆が重傷を負っているが、死者はまだ一人も出ていないといったところだろうか。修の視線はそのまま金髪の長髪を地面に垂らす少女に惹きつけられる。
「リリスだけは軽傷、か」
「……はい」
蒼の双眸に深く輝く強い意志と共に、リリス・ジオ・ルミナリアはしっかりと頷く。
そのまま修の元に駆け寄るべく立ち上がろうとして、しかし両膝は呆気なく崩れていく。
「休んでろ、もう大丈夫だから」
ほんの少し。一つまみ程度の優しさを含む眼をリリスに向けると、彼はとうとう眼前に佇み自分達を注視する紅髪の少女に注目する。鮮血に塗れたような長髪は何故か長さが腰元から床に至るまで、綺麗な一直線ではなく乱雑に切られている。
顔そのものにも意識を向けると、雪のようにきめ細かく白い肌の中で漆黒の双眸がとても目立ち、思わず見とれてしまいそうになる。
「悪いな、少し待たせた」
「……ふふっ。油断も隙も全く見せずに、よく言えたものね」
「決め台詞言ってるときに不意打ち食らって退場もださいしな、そりゃ注意はするさ」
皮肉に皮肉を返す応酬に、修は冷たい表情で、リーベは柔らかな笑みを浮かべながら相手を観察していた。
「……一つ、尋ねてもいいかしら」
そんな中で、本筋に戻る話題を繰り出したのはリーベだった。
「私は今回の作戦は、貴方が感知できる範囲外、王都から随分と離れてから実行させてもらったのだけど、どうして今この場にいるのかしら?」
「なんで俺の感知範囲知ってんだよ、こわいんだけど」
「あら、貴方も身に覚えがあるんではなくて? 私は何度か、貴方に魔力と殺気を送り、その反応で見抜いたんだもの」
「あぁん?」
言われ、修は眉を顰めながら自分の記憶を探り始める。
間もなくして、思い出したのか彼はハッと目を開く。
「ああ、そうか。王都に出かけた時の」
「…………ふぅん」
自分の中に答えを得たことに納得したように頷く彼に、リーベはどこか胡散臭い目線を向けていた。
「俺がここにいる理由は、俺自身いまいち分かってねぇよ。悪いけど答えられない」
「……そう。言いたくない、という訳ね」
「いや、別にそういうわけでは」
リーベの言葉に対し否定する修。
数瞬の沈黙を挟み、修が口を開く。
「……じゃあ、俺からも一ついいか?」
「あら、何かしら?」
「お前が素直に投降するってんなら、とりあえず俺からは痛めつけずに済ましてやるけど、どうする?」
「…………へぇ?」
不意に、リーベを纏う空気が変質する。
柔和な雰囲気は僅かに怒気の色を見せる。
修の言葉の言外に隠された真意を、彼女が読み取った結果だ。
「まるでその言い方だと、戦えば貴方が勝つことが確定しているみたいに聞こえるのだけれど」
「まあ、そう言ったからな」
「――――おもしろいわね」
低く、凍えるような声色を漏らしながらリーベは右手を差し伸べる。
声だけではなく、実際に気温が下がる。彼女の手の周囲の空気は徐々に凍結を始め、大槍へと形を変貌させていく。彼女自身よりも巨大な氷槍の数は、実に十二。
その光景を見ても、修の冷静さは一切崩れることなく、ただただ冷めた目つきでリーベを眺めている。
「貴方がどれほどの実力か、試させてもらうわ」
その言葉を最後に、空間が引き裂かれ、爆発を起こした。
爆発、というのは大袈裟な言い方かもしれない。しかし確かにそれに似た、もしくは遥かに高い破壊力を持つ氷槍が修に迫る。
「遅い」
そしてその全てを、修は左手で払い消滅させた。
左手で、払い……
「……えっ?」
そのリーベの呟きが、謁見の間にいる修以外の全員の心情を表していた。
訳が分からなかった。修はリーベの魔術に相当する魔術を放つのでも、鍛えられた肉体で真っ向から向かい打つのでも、手刀で槍の方向を逸らすのでもなかった。ただ彼の手が触れただけで、致死級の攻撃の悉くが破られたのだ。
「俺に魔術は通じない」
唖然とする敵に対し、修は呆れるでもなくただ真実を伝える。
「えぇ……確かにあの時も、貴方はそう言っていたわね」
リーベが言うあの時とは、数日前にこの王城が魔物によって襲撃された日のことだ。あの日も修は上位の魔物が発動した炎の魔術を受け無傷だった。
「だとするなら、他にも方法はあるわ」
続けて呪文を唱え、風の魔術で真下の大理石を切り取る。
そのままリーベの周りに浮遊された五本の柱は、魔術によって創造されたものではなく、素材としては通常の物質そのもの。
「いくわよ」
リーベの卓越した魔力操作能力よって、魔力の奔流を操る。
激しい暴風に乗った柱は、そのまま修に迫る。
そして実際に衝突する前に魔術を解除。こうすることによって、魔術の恩恵を受けた高密度かつ超高速で飛来する物質が生まれる。
これならば、修にも通じるはずだと、リーベは口元を緩める。
要するに、彼は魔力を防ぐことができるだけ――物理攻撃は、また別の話のはずだ。
そんな彼女の笑みが崩れたのは、修が普通に五本の柱を殴って木っ端微塵に破壊した瞬間だった。
大理石の破片が飛び散る光景を、リーベはただ呆然と見つめるしか出来ない。
「なに呆けてやがる」
しかも、修は思考する暇すら与えてはくれない。
瞬き一つ必要ない――――眼を開けていたのにも関わらず、いつの間にか手の届く程にまで接近していた修の姿を知覚した瞬間、膨大すぎる情報量にリーベの脳は活動を停止した。彼女が冷静さを取り戻すのを待つほど、修は情けを持ってはいない。
「喰らえ」
振りかぶる右腕と、放たれた拳は、中割りを忘れたアニメーションのように、動作を視覚で捉えることも出来ず、気付いた時にはリーベの腹に減り込んでいた。大砲を喰らっても耐え切れる鋼鉄の腹筋を容易く崩され、内臓の幾つかが無残にも破裂したのを混乱する頭で理解した。血反吐や吐瀉物が口から噴き出す。
「ぐほぉっ……ッ!」
その拳の勢いのまま吹き飛んでいければ、敵から距離を置くことができた。
しかし遥か後方に向かうはずだったリーベの頭は、気付いた時には修の右手で掴まれていた。
修はリーベの腹を殴り、そのまま吹き飛んでいく彼女を捕らえたのだ。
万力のような、否、万力の数百倍の握力で頭を握り締められ、ミシミシと嫌な音が直接脳髄を震わせる。
「墜ちろ」
抵抗する余裕なんてなかった。
修はリーベを掴んだまま全力で大理石の床を殴る。
リーベの後頭部は超爆裂のような勢いで叩き付けられた。
それでも修は手を離しはしない。
彼から生じた壮絶なエネルギーは、リーベを挟んでもあまりある威力で、王城の階下――地下数十メートルに至るまでを一瞬のうちに貫いた。先刻の光の破城槌の数十倍の威力が、王城を破壊し尽くそうと爆音を鳴らす。
「やばい……やりすぎた」
そんな超常現象を起こした張本人は、この状況に見合わない間抜けな声で自分の失策を悔やんでいた。




