第二十一話 忘却の海に沈む声
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「パンチ! ローキック! ラリアット! せいやぁ! せいやぁ! ほわちゃぁあああ!」
王城を出て三時間。
王都より馬車で出発して二時間。
俺は色々と無駄な掛け声と共に頑張っていた。
でこぴんで倒せる程度の魔物相手に少しだけ力を入れてみた。
道中現れた魔物の群れは、俺の手によって全滅した。
ふー、強敵だったぜ!
「た、助かりました!」
「貴方が客の中にいてよかった!」
その光景を見ていた鎧を着た男達や、御者の服を着た者達が歓喜に満ちた表情で俺に感謝を伝えてくる。
さて、何故こんな状況になっているのか。
俺はこの数時間の出来事を思い出していた。
王城を出た俺は、少しだけ買い物を済ませるとラルクから聞いていた馬車小屋に向かった。
ラルクが既に御者に話を通しているとは聞いていたため、俺はその御者を見つけると今日すぐに出発する予定の馬車に乗せてもらうことになった。立場上、俺は城の使用人ということになっていた。そっちの方が面倒がないと思ったからだ。
そして数十分後、四台の馬車に客人と護衛の傭兵を乗せ、俺たちは王都を出て、商業都市・サンリアラと呼ばれる場所に向かった。俺がそこに向かうことにした理由は、単純に世界中から様々な物資や娯楽物が集まり、旅人が一度は寄っておくべき場所だという説明を聞いたから。半年から一年にかけて、俺は適当に世界中を回ることにしたのだ。
そして馬車が街道を走る途中、広原に現れた魔物達。最初は傭兵達が対処してくれていたのだが、想像以上に魔物は強力で苦戦を強いられていたため、誰かが取り返しのつかない状態になる前に、仕方なく俺が表に出て肉体言語で黙らせたという訳だ。
その結果が、この称賛の数々。
これから魔物が出てきたら任せられてしまいそう……辛い。
そして、今は休憩のために馬車を止まらせ、皆が食事などをしている途中だ。一時間ほど経てば再出発するらしい。
俺に感謝を告げる人々に少しだけ応答した後、俺は彼らから離れると大きな石に腰を下ろし、鞄の中から地図を取り出す。
大陸の中の東部に位置するルミナリア王国の中で王都ルミナダは中央にあり、商業都市サンリアラはそこから西に移動する。サンリアラから更に西に進んだところにはエルトリア帝国と呼ばれる国があるようだが、今は様々な理由でそれなりの手続きを済ませなければ国家間の移動が出来ないらしい。まあ俺なら空を跳んで関所を超えるくらいなら出来るが。
ルミナリア王国とエルトリア帝国。それがこのジオ・ストラルダと呼ばれる世界の中で特別強力な国家であるということは地図からも読み取れる。国土面積がその二つの国だけ圧倒的すぎる。それを踏まえた上でエルトリア帝国の方がルミナリア王国よりも少しだけ大きい。
そう言えば、つい最近帝国という言葉をどこかで聞いた気がするが、いつだっただろうか。あまり思い出せない。
「………………」
そんなことを考えながらも、地図を眺め続ける。
僅かに去来する違和感があることに俺は気づいていた。
その違和感を確かな言葉にしようとした瞬間、その音は鳴り響いた。
プルルルルルルルルルル
それは聞き慣れない音の響き。
自然の中で発されることのない電子的な音声が、野原に広がる。
プルルルルルル
その音は止まることなく鳴り続ける。
耳を研ぎ澄ませれば、それは鞄の中から聞こえた。
中に入っているのは、そう、スマホ。
充電が既に一桁になっているスマートフォンの画面は、非通知からかけられる着信を示していた。
「……あん?」
疑問に思いながらも、納得。俺のスマホに誰かから連絡がくることは滅多にないため、着信音に気付けなかったのだ。理由を明確に意識しながら、俺は応答の文字を押し耳に当て――――
「――――は?」
ここが異世界であると言う事実を、瞬間的に思い出した。
『出てくれて嬉しいよ』
しかし思考が纏まるよりも早く、女性らしき柔らかい声が俺の鼓膜を震わせる。
懐かしいような、嫌なような、ずっと聞きたかったような。
そんな言葉に出来ない感情が一瞬のうちに胸の中に広がるのを感じた。
「お前、は……」
どもりながらも、俺はぼうっとした頭でそう尋ねる。
『そんなことが気になるの? 無駄だから言わない。一人考えて悩むといいよ』
電話先の女性(もう決めつける)は、少し笑いながらそう答える。まるで俺の反応を楽しむように。
だけどその声は一転、物静かなそれに変わる。
『いま大切なのは“そこ”じゃない。そんなことじゃないの……私が伝えたいのは、もっと別のこと』
どこか悲しく。
だけど強い意志を感じる言葉。
「……なんだ?」
聞きたいことは山程あるのに、俺は何故か彼女の言葉に呑まれるように、会話を続けようと思ってしまう。その理由を知らなくちゃいけない気がするのに、どうしても答えを得ることが出来ない。
言いようのない感情に包まれている中で、彼女の静かな言葉が耳に飛び込んでくる。
『王都ルミナダ。その王城が、魔王軍によって襲撃された』
「――――ッ」
思わず息を呑み込む。
しかし、冷静になって考えると別段焦ることでもない。
今、俺にとって何が一番必要な情報かを判別しろ。
「……とりあえず、お前が誰だとか、何でそれを知っているとか、そういうのは置いておく。どうせ答えるつもりもないんだろ?」
『うん、そうだね。物分かりが良いと助かるよ』
「だから、せめて代わりにこれだけは教えろ。どうしてそれを俺に伝える? それに何の意味がある? ――――あそこには、勇者がいるだろう」
脳裏に浮かべるのは、黒の長髪を靡かせる少女。
運命に嫌われた魔法使い、逢ヶ瀬 伶奈の姿。
『その勇者が今、コテンパンにやられちゃってるんだよ』
「はあ?」
そんな彼女のことを考えていたからこそ、つい間抜けな音を漏らしてしまった。
『言葉の通りだよ。“彼女”は魔王軍幹部の前に抵抗しつつも攻撃を受けまくっている……そうだね、もう既に、十回以上“死に至る”程度の負傷はしているんじゃないかな』
「何言ってる?」
にわかには信じられない事柄を、女性は簡単に告げてしまう。
動揺よりも前にまず、信頼に値しない情報だ。
彼女程の魔法使いに敵う存在がそうそういるとは思えない。
いや、もしかして……
「その魔王軍幹部ってのは、魔法……じゃない、祝福を使っているのか?」
同等の存在であるなら、その事実にも信憑性が増す。
『ううん。幹部はそれらを持ってはいない。普通の人には使えない力は持っているけど、それは決して祝福者に敵うものではない。勇者さんが力を発揮すれば、きっと倒せると思うよ』
しかしその考えは瞬時に否定されてしまう。
「ッ、ならどうして」
『本当に、分からない?』
そう尋ねる“彼女”の声はどこか悲しげで。
感情的になりかけていた頭が冷えていくのを感じた。
何だ。こいつは一体何のことを言っている?
考えなければならないって思った。
絞り出すように、脳内からここ数日の出来事を思い出す。
ずっと笑わなかった彼女。
そんな彼女が初めて笑ったのが、昨日のこと。
そして、その時に彼女が言っていた贖罪の概要。
何かが、頭の中ではじけた。
「まさか……」
その可能性に辿り着いても、そんな訳ないと思ってしまうほどに、俺が思いついた答えは突拍子もない。
いや、逢ヶ瀬にとってはある意味、何よりも重要なことなのかもしれない。
その予想を補強するための質問を、俺は投げかける。
「なあ、その幹部ってのはもちろん人間なんだよな?」
『うん、その通りだよ。……分かった、みたいだね』
「いや、だってこれは……」
『言ってごらん。答え合わせだよ』
どうしても、この女性は俺の答えを聞きたいらしい。
そしてその真偽を知っていると、彼女は言う。
だから、俺も言った。
「まさか、あいつは、人を殺すのを恐れてる……のか?」
人を傷つけ、命すら奪ってきたと彼女は告げた。
その罪を贖うために戦うのだと、彼女は零した。
それがトラウマになっているのだとしたら、その答えにも可能性が生まれてしまう。
それは何かを守る上で、何かと戦う上で、足枷にしかならない在り方。
そんなことを躊躇する存在が、世界を救えるはずがない。
『うん、ほとんど正解だね』
だけど彼女は、その解答が正しいと頷いてみせた。
「なんだそれ……」
そんな状態で、逢ヶ瀬はあんな宣言をしたというのか。
『さて、じゃあここからが本題だよ』
動揺する俺に対して、彼女は続ける。
『ねえ――――君は、そんな彼女を助けたいと思う?』




