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誰かが嫌った世界の終わりはすぐそばに 終



「すみません! そこ、どいてください!」



 ――――その時、世界には悲鳴とは違う一つの叫び声が響き渡った。


 人垣を分け入るようにして姿を現せたのは腰元まで伸びる黒髪が特徴的な美しい少女だった。

 俺と同じ高校の制服を着ており、黒を基調としたブレザーの胸元につけられた青色のリボンから分かるのは彼女が二年生だということだ。一つ年下とはいえあれだけの美貌を持つ少女をこれまでに学内で見た記憶がない。


 そのはずなのに、ドクンと胸が大きく跳ねた。


 不可解な感覚を気持ち悪く感じながら、実行しようとしていた行動を一旦中断する。突如として現れた彼女の存在に目を奪われた。


 混沌の状況の中で彼女は横たわる少女の元に駆け寄っていた。悲惨すぎるその姿にもはや応急処置を施そうとする者さえこの場にはおらず放置された少女の元にだ。救えるはずもない少女を前に一体何をするつもりなのか。


 誰もが彼女に注目する中、人々にとっての奇跡が起こったのは次の瞬間だった。


深治癒リトア


 地面に片膝をついた彼女の手から淡い白色の光が放たれ、その光は横たわる少女の全身を包み込む。そしてその不思議な現象に呼応するように、少女の負った深い傷や怪我が治っていく。


 そんな現実離れした光景を前に、人々の悲鳴が収まっていく。


 かくいう俺も心底驚いていた。しかしこれだけでは無意味だ。このままでは彼女の死が覆ることはない。


 だからこれから起こった出来事が、俺にとっての奇跡だった。


 光を放つ彼女は額に汗を流しながら、再び小さく口を開いた。


「【魂魄こんぱく】」


 光の質が変わる。白色だったそれは透明度を上げ少しずつ色が消えていく。変わったのはそれだけではない。少女の外部を治療するだけだったそれは、とうとう少女の内部にまで干渉を開始する。


 魂が、戻る。

 少女の命の源が今、確かに彼女によって再生を開始する。


「――――ありえない」


 気が付くと俺はそう呟いていた。それだけ目の前の出来事が俺にとって信じがたいことだったのだ。


 どうして。どうして彼女は。



 自らの命を犠牲にしてでも、少女を助けようとするのか。



 足が勝手に前に進み始める。静止した空間で俺だけが歩き続ける。俺が彼女のすぐ傍に辿り着いたのと、彼女から放たれる光が収まったのは同時だった。


「……ごほっ!」


 つい先程まで死が確定していたはずの少女は、とうとう口から勢いよく溜まった血を吐き出す。それはつまり彼女が一命を取り止めたことを意味していた。


 歓声が沸いた。目の前で起きた奇跡に、人々は疑問より先に歓喜を露わにする。運命の不均衡も奇跡の代償も彼らの眼中には存在しない。


「ふー」


 そして今、奇跡の実現者はゆっくりと立ち上がる。息は荒れ汗もだらだらと流れる。それだけの集中力を必要としたのだろう。


 だから俺は。

 そんな彼女に言った。


「おい、お前」


「はい?」


 歓声の中にある少女は、突如として投げかけられた言葉に反応する。汗を拭う右腕をゆっくりと下すと、強い生命力を感じる綺麗な瞳を俺に向け――――


「…………え?」


 何故か、心底驚いた表情を浮かべた。


「どうかしたか?」


 その理由が気になり問いかけると、どこか別世界に飛んでいたかのような彼女の意識がハッと戻ってくる。


「い、いえ。何でもありません。えっと、何ですか?」


「なんで助けた」


 その問いに少女は眉を顰める。


「それはどういう意味ですか?」


「どうもこうもない。何でコイツを助けたか聞いてるんだ。知り合いか何かなのか?」


「いいえ。知らない子です」


「なら尚更だ。どうして素性も知らない他人のために、お前は自分の――――」

「誰かを」


 俺の言葉は少女によって止められる。


 一寸の濁りも感じられない瞳は、真っ直ぐに俺を見据えていた。


「見知らぬ誰かを助けようとすることは、そんなに可笑しいことですか?」


 綺麗な言葉だ。


 皆にとって誰かを助けたいと思う感情は美しい。

 他の誰にも成せない奇跡を実行できる者ならば、自分の手の届く全ての存在を救いたいと願ってしまうのだろう。きっとそれが彼女にとっての存在意義であり、強いられてきた運命。力を持った者に与えられた残酷な使命。世界のために自分を犠牲にすることに一切の疑問を抱かず、そう思うように世界は彼女を操ってきた。


 だから俺は思う。

 誰かを救いたいと思う感情は醜いと。

 そんな感情を強いる世界は間違っていると。


「おかしいだろ」


 だからこそ俺はそう答えた。


「お前、コイツのこと知らないんだろ? なら、助ける必要なんてないだろッ」


「言っている意味が分かりません。自分が出来ることをやっているだけです。貴方に、どうこう言われる筋合いなんて」


「それはッ、本当に!」


 無意識のうちに自分の声が大きくなっているのが分かった。だけど今更それを抑えることは出来ない。


「本当に、自分を犠牲にしてでもやらないといけないことなのか!?」


 既に周りの歓声は収まっていた。遠くから聞こえるのは救急車のサイレンの音くらい。それ以外にこの場で発される声は、奇跡を起こした少女とただの一般人の二人の口論の言葉のみ。故に俺の声はしっかりと辺り一帯に広がる。


 そんな中で、目の前にいる少女は驚いた表情で俺を見つめていた。


「どうして、それを……貴方は、やっぱり……」


 言いたいことは山ほどあった。伝えたいことは一つしかないのに、それを言葉にするためには言わなければならないことが際限なく存在する。


 理解できなかった。

 だから否定しなくてはいけなかった。

 誰かのために自分を犠牲にするなんて間違えているって。

 そんな世界に価値なんて存在しないって。


 だから。だからこそ俺は、彼女に――――――



 そう思っていたからこそ。

 突如として発生したその現象に瞬時に対応することが出来なかった。



「……あ?」

「……え?」


 淡い光が世界を包む。それは彼女から放たれるものではない。そもそも色が違う、この光は深い蒼色だ。その光は俺と彼女の二人を覆うようにして球体に広がっていく。


 下を見ると二人を軽々と範囲内に乗せられる大きさの円に幾何学模様が描かれた、言わば魔法陣と呼ばれる物が存在していた。蒼色の光はその魔法陣から放たれていたのだ。


 対応を。この不可解な現象が何を指し示すのかは分からないが、力の根源自体は把握している。だからこそ俺はいつも通り自身にかかる干渉を拒絶し受け入れるべく――――


『助けてください……どうか、私を、私達の世界を』


 だというのに。

 そんな声が聞こえた。

 悲しみに暮れ果てたかのような、幼い少女のような弱々しい声が。


 だから俺は、否定することが出来なかった。


 それを。

 その意思を。

 誰かの願いを。


 眩い光はその勢いを増していく。

 景色は掻き消え浮遊感が生じ、世界は新たな何かへと変貌を開始する。


「これ、は……」


 目の前にいたはずの彼女の戸惑う声が聞こえる。

 彼女も否定しようとは思わなかったのだろうか。


 何も分からない。分からないことだらけのこんな世界で。


 その光は、目を覆うほどにまで輝きを強めていった。



 ◇



 光が完全に収束する。


 目の前に開けた景色は、俺達が先ほどまでいたはずの場所とは異なっていた。


「なんだ、ここ」

「ここは一体……?」


 俺と彼女の疑問の声が同時に鳴り響く。


 晴天の下にいたはずの俺達は、いつの間にか煌びやかな装飾がふんだんに施された一室の中に立っていた。豪華さと絢爛さの程はまるで宮殿のようだ。


 そして多くの人がいた。法衣を身に纏う者たちに、鎧を着て槍を携える者たち。


 そんな中で、俺は一人の少女に目を奪われた。


 床にまで届く金髪は美しく人々を釘付けにする。深い海色の大きな瞳は見る者全てを魅了し、完璧に整えられた美貌は誰もを虜にする。百四十センチ程の身長で、彼女の身体は鮮やかな蒼色のドレスによって包まれ存在感を更に高めている。


 そしてその少女は、神秘的な雰囲気を崩さぬままゆっくりと口を開いた。


「ようこそいらっしゃいました、勇者様。この世界の名はジオ・ストラルダ。魔王の脅威から世界を救う者として、私は貴方をこの世界に召喚しました――――」


 そう告げる少女の悲しげな表情が、どこまでも俺の心を捕らえて離さなかった。


 その理由なんて、今の俺にはまだ分からないけれど。




 世界に愛され、運命に嫌われた。

 そんな俺達の物語が始まったのは、きっとこの瞬間からだったのだろう――――――

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