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創造世界の英雄譚 ~魔法使いへ祝福を~  作者: 八又ナガト
第一章 -二人の少女の歪な誓い-
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第十七話 散りゆく魂の行方を

 ガドリアの声が空間に響き渡り、それを耳にしたラルクは激しく様相を歪ませ彼の敵を睨み付ける。


 しかしその視線さえもそよ風のように受け流すガドリア。

 顔色を変えることなく言葉を紡ぐ。


「これまで国王様に従うフリをするのは大変でしたよ。殺す機会を窺っても、そちらは常に保険を持って行動していた……第一王女による勇者召喚という、時も場所も選ばぬ手段を持っていましたからねぇ」


「それが、勇者を召喚するまで行動を控えていた理由か?」


「ええ。力を推測出来ない召喚されたばかりの祝福者より、魔物を討伐するうえで祝福を使ってもらい、どういった力なのかを知ってからの方が、効率よく行動することが出来るのですよ……尤も、前回の勇者はものが違いました。故に見送ることにしたのです」


「その結果が、今回の行為に繋がると言うのか」


「その通りです。本来なら今回も召喚された勇者の様子を見るつもりでした……が、驚くことに召喚された勇者の数は二人。思わず動揺してしまい、騎士達に殺すように指示を出してしまったのです……貴方様も覚えていますでしょう?」


「……ああ、覚えている。あの日の貴様の行為はどう考えても貴様の権限を逸脱し、さらには通常では考えられない者だった……故にあの日から、私は貴様を警戒していた」


「……ほう」


 その言葉は彼にとっても予想外だったのか、小さく感嘆の意を吐く。

 興味深い物を見る目で、ガドリアはラルクを見据えていた。


「その割には、私の行動を止める様子はなかったようですがね」


「ああ、残念ながらな……貴様の他の元老院の者が協力しているという可能性を、真剣に考慮しなかった私の責任だ」


「おや、そこも既に気付いていましたか」


「あの日、魔物の襲撃があった日、実際に制御室に侵入し魔道具を破壊したのは貴様ではなくサザイド公爵。そしてそのサザイド公爵に伝令魔道具を用いて支持を送っていたのが貴様だ……その情報は、既にサザイド公爵から直接聞いている。奴と他二名は貴様に付いていくことで新国家の重要なポストを約束されていたようだが、どうやら付いていけなくなったらしいな……それほどまでに、貴様の在り方が異常だと言っていた」


「…………ふふふ、異常、ね」


 不意にここで、二つの男性の声以外の、高く艶めかしい声色が鼓膜を刺激する。

 紅髪の女性の妖艶な唇から放たれたその言葉は、瞬く間に脳内にまで浸透し平常心を虚脱する。


 互いに対する怒りと優越感を含んだ会話において、悠々と響くその音はあまりにも異質。

 リリス、ラルクは共に彼女に注意を寄せられていた。


「あらあら、そんな注目されてしまうと、緊張して言葉が出なくなってしまうのだけど」


 しかし彼女は言葉ではそう言いながらも全く気にしている素振りはない。

 故意的にラルクの言葉を受け流すガドリアとは違い、初めから真剣に応対するつもりもないみたいに彼女の心をすり抜けていく。


「冗談はほどほどにしろ……ッ!」


「まあ、そんなに怒らなくても」


「貴様が我が国に与えた被害を考えれば当然であろう!」


 その叫びはガドリアに向けられるそれとは異なっていた。

 かつての旧友が道を踏み外した時のやるせない怒りとは違う。

 彼女に向けられるのは、恨みと憎しみとそれに付随する感情を最大限まで凝縮したような圧倒的な激昂だった。


 そしてやはり、そんな叫びすらも彼女は悠然と受け流す。

 格の低い存在の言葉に踊らされることなど、ありえないと言いたげに。


 同時に、リリス自身もその女性の正体に感づいていた。

 いや、きっと。

 その身を一目見た瞬間から気付いていた。


「そこまで気付かれているのなら、もう隠す必要はなさそうね」


 そして、彼女は告げる。


「私の名はリーベ。魔王軍幹部にして、醜悪の世界を継ぐ者よ」


 そんな静かな一言は。

 ガドリアの叫びとは比べ物にならないほどに盛大に、リリス達の脳と心を震わせた。



 そして始まりを告げる鐘の音もなく、戦闘は始まる。



「ラズ・フレイム!」


 思考する間もなく、ラルクが手を頭上に掲げ全身全霊で呪文を唱える。

 詠唱破棄された上級魔術を瞬時に発動させられる実力は、まさに王族たる証明。


 同時に五メートル上空に術式が展開。

 巨大な魔術陣が赤く燃え盛る。

 刹那、そこから数十の炎の槍が階下に墜落。

 上位の魔物であれ、瞬く間に滅ぼしてしまう絶大な威力の攻撃だ。


 その先にいるのはリーベ、ガドリア、配下の騎士七名。

 悠然と立ち尽くす彼らに防ぐ術はない。


 落ちる。当たる。燃える。そして死ぬ。

 そんな至極単純な工程がリリスの脳内に描かれる。


 しかし――――


「あらあら、この程度で攻撃のつもりだなんて、少しだけ悲しいわ」


 その槍が彼らに届くことはなかった。

 リーベが数十の槍に手を向けた途端、一切の抵抗もなくそれらは瓦解し消滅した。


「なっ……」


 その思いもよらぬ光景にラルクが喉から声を漏らす。

 当然だ、何が起きたのか理解できないまま、自身の攻撃が防がれたのだ。

 祝福者たるリリスでさえ、全く訳が分からなかった。


 いや、可能性は一つだけ思いつく。


「まさか……“魔法”――ッ」


 瞬間、リリスの背に羽虫の這うような気持ち悪い寒気が到来する。

 その感覚を与えたリーベは、先程までとは一転、鉱石をも貫くほどの鋭い眼光でリリスを睨んでいた。


 が、それも一瞬。

 すぐさま柔らかな目に戻る。


 今の変貌は一体何だったのだろうか。

 そう考えるリリスにリーベは言葉を贈る。


「残念だけど、それは違うわリリスさん。これはそんな素晴らしい物ではなく、ただの“特質”」


「とく、しつ……?」


 言っている意味がいまいちよく分からない。

 それは果たして何を示しているのか。

 魔法とは違う何かなのか。


 などと考えている暇はない。

 今なにより重要なのは、ラルクの効果力魔術がいとも容易く防がれたという事実。


 魔王軍幹部。

 それだけの脅威を前に、ラルクや自分の魔術はきっと通じない。


 なら、手段は一つしか残っていない。


「アイガセさ――――……え?」


 その少女を視界に捉えた瞬間、思わずリリスは驚きを口から漏らした。

 そこには不思議な光景が広がっていた。


「……ッ、はぁ、はぁ……あぁっ」


 それは片膝を崩し苦しそうに喘ぐ逢ヶ瀬の姿。

 顔は赤く染まり、息も絶え絶え。

 彼女は長い髪を床に落としながら苦痛に耐えるかのように口を噛み締めていた。


 思えば、先程から彼女は一切言葉を発してはいなかった。

 そう、思い返せばリーベと数度言葉を交わした直後から――――


「……まさかッ」


 そして思い出す。

 確かあの時、逢ヶ瀬はリーベと接触していた。

 逢ヶ瀬の髪に触れようとした手を彼女は払い……そしてその後に、何か違和感を確かめるように左手を開閉していた。


「ふふ、ようやく効いてきたようね。これまで耐えたのは、さすがは勇者といったところかしら……だけどもうおしまいね」


 その様子を見ながら、手を頬に当てリーベは恍惚の表情を浮かべる。

 逢ヶ瀬が苦しむ様を楽しむかのように。


「アイガセさん、大丈夫ですか!?」


 全力でリリスは今も苦しむ少女に駆け寄る。

 何が起きているのか、先程から分からないこと続きだ。

 だけどそれでも、その勇者の存在がなければ自分達が圧倒的な危機に陥ることは理解できていた。


「アイガセさん!」


「……あっ、ああッ!」


 だけど、いくら呼びかけても逢ヶ瀬が回復する兆しはない。

 治癒魔術をかけても無駄。しかもその必死の光景をリーベは笑って眺めるだけで止めようともしない。


 まるで止めなくても結果は同じだと、リリス達に告げているようだった。


 今こうしている間にも、逢ヶ瀬の苦痛の表情は重みを増していく。

 それだけではない、リリスは既に気付いていた。

 その最悪の事態に。


 ――――魂が、消えていく。


 逢ヶ瀬が死にゆく過程を、リリスは確かに目にしていた。

 逢ヶ瀬が苦しむにつれ、徐々にその生命が削られている。


「あぁッ……いやぁ、うそッ」


 逢ヶ瀬は自身に何が起きているのか信じられないと言った様子で嘆きを零す。 


「こんな、こんなので、私は……」


 そしてそれが、最期の言葉だった。

 激痛を押さえつけるように胸に添えられていた右手は垂れ落ち、自身の体重を耐えきれなくなった膝からその体は崩れゆく。這いつくばるように倒れた少女の大きく綺麗な黒色の瞳は、気づいたときには静かに閉ざされていた。


 だからそれは、紛うことなき終わりの証。

 魂が消え、命を燃やし、逢ヶ瀬という少女は終わる。


「……そんな」


 いくらリリスが嘆いても無駄で。

 逢ヶ瀬の中に住む一つの魂は、呆気なく終焉を迎えた。



 世界を守ると誓った勇者は、この瞬間、何も成せないまま死んだ。

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