第十六話 鮮血の紅髪とクズ
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彼は一人、王城のある一室の中で恨み事を発していた。
奴らが来てから、悉く計画が防がれていることに苛立っていたのだ。
本当は国王に謁見したあの場で片方でも殺せれば一番だった。
しかしそれは第一王女によって防がれる。
あの槍ならば、本体に触れれば間違いなく目的が達成できたろうに。
その時点では無理でも、奴らが二人国境沿いに現れる魔物を倒しに行く際に国王を殺害できれば、この国家は瞬く間に崩壊していっただろう。
勇者か国王か、そのどちらかを消すことが出来れば目的は達成できていた。
勇者がいなくなれば国王など“彼女”に任せればいい。
国王がいなくなれば、そもそも勇者など相手にする必要はなくなる。
そして再度、そのチャンスがやってくる。
立場を隠すこともなく、堂々と実行に移せる。
勇者の一人がいなくなった今、もう一人の勇者の脅威さえ退ければ、その宿願は至る。
「そうでしょう――――リーベ殿?」
その呟く声が静謐な空間に響く。
その音に同調するように、小さく妖艶な笑い声が室内に木霊していく。
男の後ろから現れたその女性には、満面の笑みが浮かべられていた。
「ええ、そうね、ガドリア公爵――ふふふ、魔王様にこの国を献上するべく、共に戦うといたしましょう! 」
そう言って、黒いローブを空に靡かせながらその女性は歓喜を露わにした。
――――魔王軍幹部リーベは、公爵家当主ガドリア・フォン・ダストエルダと共に、高らかにその意思を宣言した。
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白崎 修が王城より旅立って三時間。
謁見の間には一人の男と二人の少女がいた。
豪華絢爛な造りをされる室内には適さない
その中の一人、リリス・ジオ・ルミナリアは静かに目の前の二人を眺めていた。
「お呼びですか」
「うむ、よく来てくれた」
逢ヶ瀬の言葉にラルクは頷くと、鋭い眼で部屋中を見渡す。
恐らくは他に誰もいないことを確認しているのだろう。
部屋の扉の外には複数の騎士が見張りを行っているが、中には一人もいれないよう指示を出しているのをリリスも聞いていた。そしてその理由も、これまでの情報を統合的に整理すると、おのずと推測できる。
「用件は、以前汝とシラサキに伝えたことに関してだ」
「と、言うと」
「裏切り者――内通者についてだ」
「……なるほど」
逢ヶ瀬が納得したように首を縦に振る。
真剣な表情で目の前の人物の言葉に耳を傾ける姿は、その美貌も相まって絵画のように秀麗だ。
……そう言えば、逢ヶ瀬さんは修の別れの場に誘ったのに挨拶に来なかったな。
何故かリリスはこの真面目な場において、そんなどうでもいいことに思考が働いていた。
無論、ラルクは不思議なことを考えているリリスに気付くことはない。
「ここ数日、事件当初王都に滞在していた騎士達や元老院の方々から事情を聞いていたのだが、ついに先程有力な……情報が届いた。魔物の襲撃だけではない、勇者召喚以前からある企みをしていたという人物がいたようだ。その情報を提供してくれたのはサザイド公爵と他二名でーーーー」
「失礼します!」
途端、巨大な扉が激しく開かれる音と共に、白銀の鎧を纏う一人の騎士が姿を見せる。
「何の用だ。入室することは禁ずると言っておいたはずだが」
ラルクは不機嫌さを隠そうともしない。
威圧するように騎士の過失を叱責する。
「も、申し訳ありません! しかしガドリア公爵の伝によると、緊急事態が発生した模様です!」
「ガドリア……か」
忌々しげにその単語を呟くラルクの怒りに、はたしてその騎士は気付けただろうか。
「手短に事情を話せ。緊急事態とは一体何のこ――――」
「――――それは私が直接お伝え致しましょう」
歓喜を理性で覆い尽くしたような、僅かに歪な抑揚を感じる男の声が室内一体に響き渡った。
騎士の後方から姿を現せた男性は豪華な装飾がふんだんに施された衣装に身を包み、豊かな髭を携えた男性が悠々と歩みを進める。年齢に見合った武骨な顔立ちからは他者を貶めるような意思を感じる。
公爵家当主ガドリア・フォン・ダストエルダは、槍を手にした六名の騎士を引き連れ謁見の間にあらわ……
いや、もう一人。
彼の後ろから見覚えのない一人の美しい女性が姿を見せる。
目が刺激される存在だった。
首から下は黒一色。装飾がシンプルな黒ローブを纏う。内には伸縮性に優れていそうな皮服が起伏に富んだ体を包み、これまた黒く溶け込んでいる。
上に視線を向けると、様々な色彩が視界に入る。
まず肌が異常に白い。血の気を一切感じられないほどだ。垂れ気味な双眸は黒く、高く通った鼻梁が辿り着くのは妖艶な桃色の唇。
そして何より、彼女が片腕でかきあげた鮮血の紅髪が優雅に舞っていた。
「――――あらあら、中を直接見るのは初めてね……初めまして、国王さん」
突如現れた素性の分からない女性に、奇異の視線がラルクと逢ヶ瀬が送られるが、それでも彼女に躊躇する様子はない。
王都の中枢に足を踏み入れておきながらのうのうと微笑みを投げかけるのは、異常と言う他なかった。
「貴様はッ……」
ラルクの怒りに震える言葉すら、彼女は気にする素振りを見せない。
返答するでもなく、軽いステップを踏みながら逢ヶ瀬の前に移動していた。
その余りにも自然な行動に、止める暇もなく思わず目を奪われる。
「……貴女が、勇者で正しいのかしら?」
少しだけ膝を折り、下から見上げるように問いかける。
その先にいる逢ヶ瀬は動揺せず、静かに目の前の女性を見下ろしていた。
「……そうですが」
無表情を崩さぬままそう呟く。
返答を貰えたのが余程嬉しかったのか、紅髪の女性はさらに大きな笑みを浮かべながら少女に迫る。
「そう、やっぱり。いいえ、本当は分かっていたのだけれど、どうしても尋ねたくなったの。ええ、仕方ないでしょう? だってその長く透き通るみたいな黒髪が、とてもとーっても綺麗なんだもの――――」
そう言いながら、女性は滑らかに右手を逢ヶ瀬に差し伸べていた。雪のように白い綺麗な手が少女の美しい黒髪に迫る。
しかし次の瞬間、パシンという甲高い音と共に、女性の右手は大きく払われていた。他でもない逢ヶ瀬の手によって。
「……あらあら、怒らせてしまったかしら」
しかし女性は怒る様子はない。
それどころか更に笑みを深める。
いかなる男性をも魅了するその美貌に、何故かリリスは異質な何かを感じた。
どうしても言葉にするなら、そう。それは嫌悪。
「……下がれ」
腹の奥から絞り出したかのような声が玉座から女性に向けられる。
見ると、ラルクは玉座の肘掛を強く握りしめ、ミシミシと嫌な音がなっていた。
彼も自分と似た何かを感じたのだろうか。
「ふふ、そう短気にならなくてもよいと思うのだけれど」
「下がれ!」
耐えきれなくなったラルクから放たれた怒号は、謁見の間に爆発する。
しかし、それでも紅髪の女性は表情を崩すことなく、何故か左手をグーパーと開閉を繰り返す逢ヶ瀬から流れるように数歩離れていく。
「リリス、アイガセ……此方に寄れ」
だがラルクの警戒が途切れることはない。
彼は玉座から立ち上がると、指示を出しながらゆっくり段差を下ってくる。
「貴様……この背筋の凍えるような悪寒、姿形は目撃された情報とは違うがよもやそういうことか」
「あら、何か思いついたようね。私に関係あることかしら」
「ッ、白々しいにも程があるぞ!」
ラルクの何物も射抜く鋭い眼光はキッとガドリアにへと移行する。
対する彼にも、女性と同様に焦燥は存在しない。
「おやおや、どうなさったのですか、国王様?」
「説明する必要があるのか? 此度の事件についての証拠が揃い、真相を共有しようとした場で現れた貴様とこの女。緊急事態などと言うのも建前であろう……故に、一度のみ問う。ガドリア、何のつもりだ」
この国に生きる者。
平民、騎士、貴族、それこそ公爵に至る全ての者が恐れをなす程の重々しく絶望的な圧力に、しかしガドリアは表情に影を落とさず――――否。
「クフ、クフフフ」
気味悪い笑みが加速する。
下を向く公爵は下品な音を鳴らしながら体を震わせていた。
「クハハ、クハーハッハ!」
耐えきれないとでも言いたげに。
遂には顔を挙げたガドリアは高らかに嘲笑を王に捧げる。
それを聞く此方側の三人は例外なく一様に顔を顰めていた。
「何がおかしい……ッ」
「フフ、ハハ……いえいえ、別に大したことはありません。現状を理解できず、何故そんなに上から物言いを出来るのかと考えたら、少々不思議だと思っただけですよ。だってそうでしょう国王様――この国の王が、ルミナリア王国の国王が死ぬ今日この日の瞬間が! 緊急事態と言わずに何というのでしょう! ああ、そうですね……祝宴とは言えるかもしれません」
「貴様……ッ! 自身が裏切り者であると認めるのか!?」
軽蔑するかのように叫ぶラルク。
それを聞いたガドリアは更に口角を上げると高らかに宣言した。
「ええ、貴方様の言う通りです……私はガドリア・フォン・ダストエルダ、ダストエルダ公爵家の当主にして――――ルミナリア王国を崩壊させた後の新国家、ダストエルダ王国の王となる者!」
ガドリアさんは一応、第二話で一回登場しています。
騎士達に修さんを攻撃するように指示を出した人です。
それ以外の情報は私にもちょっと分からないです。
紅髪さんの方が好きです。




