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創造世界の英雄譚 ~魔法使いへ祝福を~  作者: 八又ナガト
第一章 -二人の少女の歪な誓い-
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第十五話 王都出発と小さな約束

 俺の言葉は闇夜に溶け、静寂が空間を支配する。

 逢ヶ瀬は静かに顔を下に向けるだけ。

 俺は夜風に肌寒さを感じながらも、ただ彼女の反応を待ち続けた。


「……そう言えば」


 軽く一分は経った頃、彼女は視線を変えないまま小さく呟いた。


「貴方はあの時も、私にそう言っていましたね」


 あの時とは、俺と彼女が初めて出会った時のことだろう。


「ああ、言ったな」


 あの日、俺は彼女が起こす奇跡を見た。

 魔法の力……完全な概要までは分からずとも、少しくらいは推測することが出来たからこそ、俺は彼女にそう告げたのだ。


 その在り方は間違えていると言いたかったから。

 お前が犠牲になる必要なんてないって伝えたかったから。


「……やっぱり、無理です」


 だけど逢ヶ瀬から返ってきたのは否定の言葉だった。


「私はやっぱり、貴方の言うようにはあれません。例え貴方が私を悪くないと言ってくれても、それでも私の中に罪は残り続けるんです」


 自分だけが悠々と生きることは出来ないと彼女は告げる。


「だから私は、これからも誰かのために戦います。自分を犠牲にしてでも、そうしなければならないから」


 贖い続けなければならないと、そう言ってみせる。


「……それに、終わりはあるのか?」


「分かりません……ただ、きっと、暗闇の中で永遠にもがき続けるんだと思います」


「……永遠に自分を犠牲にし続けるのか?」


「はい、その通りです」


「……もがいて、足掻いて、苦しんで、その先に待っているのは……死、だけだぞ」


「――――はい」


 突き付けるようにして放った言葉を、逢ヶ瀬は戸惑うことなく素直に受け入れる。

 いや、もしくはその言葉を聞くのを待っていたかのように。


 おもむろに、彼女は顔を上げて此方を見つめる。

 その黒の双眸に含まれる感情は、自分の生きる意味を語る際には当然の、夢や希望に溢れたものではない。


 思うに、それは諦観だった。

 既に大切な何かを失ってしまった少女の、絶望を溜め込んだ優しい眼差し。


「きっと、私はそれを望んでいるんだと思います。罪を意識することも、償いを続けることも辛いのは分かってて、だけどそれでもしなくちゃいけないことも理解していて……だから」


 故に、少女は願った。



「――――贖罪の末に死んでしまえたのなら、それはどれだけ幸せなことなんでしょうね」



 そう言って、彼女は笑った。

 そんな悲しい未来を、最後には笑顔で語った。


 そんな光景を見た俺は。

 俺のとるべき選択は――――



 ◇



「…………」


 あの会話から三十分。

 彼女と別れ風呂に入った後、そのまま自室のベッドに飛び込み黄白色の天井を見つめていた。


 結局、俺はあれから彼女に対して何も言うことが出来なかった。


 既に考えは伝えた。

 だけど彼女が頷くことはなかった。

 なら、それ以上に言うべきことはあったのだろうか。


 答えは否。

 俺にとって他人なんてどうでもいいように。

 彼女にとっての俺は他人で。

 俺の意思なんて初めから彼女の心を動かせる訳がなかった。


 身勝手な願望。

 利己的な傲慢。

 それが俺の想いの全て。


 だから、初めから分かっていた。

 彼女は最期の瞬間まで、自分を貫き通すんだってことを。


「…………咲」


 魔法使いに訪れる残酷な運命。

 その言葉から俺は、ある一人の少女を思い出していた。



 俺はあの日から縛られたままで。

 世界を嫌い、いつの日か壊すことを誓って。

 だけど今日この瞬間まで決意することも出来ずに悠々と生きている。


 そんな俺の言葉が説得力を持つ訳がない。

 知っているのに忘れたふりをしようとしていた。


 ただ、俺は、好きでもない世界を守ろうとする存在を認めたくなかっただけなのだ。


「……そろそろ頃合いか」


 この世界にきて六日。

 決断するには十分な期間があった。


「王都を、出るか……」


 俺はこれ以上、彼女の前にいてはいけないと思った。


 彼女のためにも。

 何より俺自身のためにも。


 ……リリスは、それを聞いて何と言うだろうか。


 どうしてだろう。

 決意とは無関係のはずの人物が、いつまでも俺の頭の中に残り続けていた。



 ◇



「本当に行ってしまうんですか?」


「ああ」


「……そう、ですか」


 翌日の昼前、空から射す光によって強い輝きを放つ蒼色のドレスに身を包んだリリスは悲しそうな表情を浮かべながら俺の前に立ちすくんでいた。

 彼女の後ろには最低限の装飾が施された高貴な服装を纏う国王ラルクも存在し、周りには複数の兵士が待機していた。たかが一人の出発に対して随分な花道だ。


 ただ一人、黒髪の少女の姿だけは見当たらないが。


「……やっぱり、もう少しだけここに滞在していただくことは出来ないでしょうか?」


 納得したかのような素振りを見せたリリスだが、気を入れ直したかのように再度同じ問いを投げかけてくる。そこまで懐いてくれたことは純粋に嬉しいが、今この場においては申し訳なさを感じるだけの材料に過ぎなかった。


「そんな顔すんなよ、別に今生の別れでもないしさ」


「ですが……」


 いつまでも駄々をこねるリリスに年相応の子供らしさを感じながらも、彼女を説得しないことにはどうしようもない。


「あ……」


 色々と悩んだ末に、俺はリリスの頭に右手を乗せ、ゆっくりと彼女の柔らかな金髪を梳くようにして撫でる。潤んだ瞳で上目遣いになる彼女を真正面から見つめる。


「どのみち俺はお前の祝福がないと元の世界に戻れないんだ。適当に世界中をぶらぶらしても、最後にはリリスの所に戻ってくるよ」


 俺が彼女に伝えられることは伝えた。

 あとはリリスの反応次第なのだが……


 無言。いつの間にか視線を地面に下したリリスは無反応を貫いていた。


 かけるべき言葉を間違えただろうか。

 そう考えながら手をリリスの頭から離そうと――


「うおっ」


 ――した瞬間、右腕をガシッと両側から掴まれた。

 リリスのか弱い小さな両手によって。


「リリス? お前」


「約束です」


 何を、と。

 そう問いかけるよりも先にリリスはそう告げる。


「絶対に、約束です。絶対に、ちゃんと戻ってきてくださいね!」


 そこまで強く言われてしまっては致し方ない。


「ああ。一ヶ月後か、半年後か、はたまた一年後かは分からんけど、まあ戻ってはくるよ」


「……なら、いいです」


 そう言ってリリスは両手を俺の右腕から離す。

 が、その時に開かれた右手の小指を、俺は自分の右手の小指で掴んだ。


「シ、シュウさん?」


「今からお前に、俺の国に伝わるおまじないを教えてやる」


「……おまじない?」


「ああ、昔の人が考えた、残酷な処刑方法にすらなりかねない恐ろしいおまじないだ」


「そんなのを教わるんですか!?」


 戸惑うリリスに俺はその内容を告げていく。

 最後まで聞くにつれて徐々に青ざめていく様子が面白い。


「そ、そんな恐ろしいおまじないがあるんですね……」


「まあ、今回に限っては約束破る可能性があるの俺だけだから大丈夫だろ」


 それに、もしペナルティを実行することになっても俺は無傷で乗り切れるし。


「よし、じゃあやるぞ」


「えっ、は、はいっ」


 戸惑うリリスを急かすように小指に力を入れる。

 タイミングを合わせ、俺達は同時に口を開いた。


「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った!」」


 そう言い切って、二本の指は離れていく。


「――待っていますね。また会える日を」


「ああ」


 それで本当にリリスを納得させられたのかは分からないが、優しく微笑むその姿を見て、不思議とそれで良かったんだと思えた。


 彼女との別れの挨拶を終えた俺は、次にラルクに視線をやる。


「んじゃ、そういうことで。これ、助かったよ」


 そう言って俺は肩に提げた鞄をラルクに見せる。

 元々俺がこの世界に持ってきていた物と、他には世界地図や硬貨、食料などが入っている。

 学生鞄は破棄する。

 というかこの城に置いていくことにした。邪魔。


「……うむ。その程度は当然だ。望むなら幾人かの騎士も同行させることも出来るが」


「いやいいよ。一人旅の方が気楽でいいし……それに、まあ」


 護衛にもならんしな、という言葉は噤んでおいた。

 俺は空気が読める子なのだ(当社比較)。


「シラサキ、私達は汝に助けられた。その恩は決して忘れない。何か困ったことがあればいつでも頼ってくれて構わない」


「別に、大したことはしてないぞ」


「汝にとってはそうでも、私達にとっては違うのだ……それを踏まえた上でこれを言うと恩知らずになってしまうかもしれないが」


「なんだ?」


「魔王軍討伐に協力して欲しいとは言わん。しかし、これから行く先で魔物などに襲われ苦しんでいる国が、町が、人々があるのなら、どうかそれらを救って欲しいと思う」


「……まあ、寝床を荒らされるのは嫌だしな。自己防衛くらいには戦うよ」


「それだけでも構わん……最後にもう一度だけ、感謝を」


 そう言ってゆっくりと頭を下げるラルク。

 俺はラルクとリリスの二人に見届けられながら、城門の外に出発する。


 これからは適当に、王都を出て自分の思うがままに生活する予定だ。


「――――」


 不意に、誰かの視線を感じた。


 振り向き、見上げると、そこにはリリスと会話した時に使ったバルコニーがあった。

 だけど、そこに人の影は見つからない。

 俺の気のせいだったのだろうか。


「……そんな訳ないか」


 きっと、それが彼女なりの別れの挨拶なのだろう。

 ならば、そのまま受け取るとしよう。


 固い地面を踏み締めながら、一歩ずつ前に進んでいく。

 そうして俺は、この城から出ていくことになった。

別に冒険物にはなりません。

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