第十四話 間違えていることくらい知っているけど
魔法使い。
世界に愛された者の名前。
そんな彼らの人生は、大きく三つに分けられる。
一つ。俺のように魔法を隠し、一般人として振舞いながら生活する。中には魔法ではなく魔術だけを用い魔術師になる者もいるが、とにもかくにも魔法を隠していることには違いない。
二つ。他の魔術師によって殺される。力を疎まれ、畏怖を抱かれ、存在を否定され、その結果殺される。
そして三つ……魔法を隠さず、生きている者のほぼ全てがここに入る。
協会内での自分の立場を確立したい者達によって、魔法の力を私利私欲のために利用される。その過程においては様々な犯罪行為も辞さない。それこそ……他者の命を奪うことさえ。
これこそが、魔法使いが運命に嫌われた者と言われる所以。
万物を凌駕する力を持っているにも関わらず、忌み嫌われた人生を送る者に与えられる蔑称。
そしてこの中の三つの中で、逢ヶ瀬 伶奈という存在が適するのは当然――――
「私はこの力で、多くの者を犠牲にして来ました」
自身の手を見つめながら語る少女は、一瞬でも目を離したら闇夜に消えてしまうんじゃないかと思うほど儚げだった。
「…………」
だから俺は口を出すことも、彼女に触れることさえ出来ない。
静止した彼女の世界に触れたら、それだけで何かが脆く崩れ去っていく気がしたから。
「私は魔術師の一家の元に産まれてきました。別に大した実力がある訳でもない、歴史だけが連綿と続く家です。例に漏れず私も平凡な才能で、魔術を覚えたのも周りと同じくらいの年齢で……だけど両親には普通の家庭のように愛されて、他にも……そう、ただ家族と過ごすだけの毎日が大好きでした」
彼女の生涯がゆっくりと語られていく。
「だけどそんな日々は、いとも容易く崩れ去ります。私がまだ幼いころ、地元に第二級災害指定妖魔が現れました。当然のように両親も討伐作戦に参加し……呆気なく死んじゃいました。笑っちゃいますよね、二級ですよ二級。今の私ならきっとよそ見しながらでも倒せちゃいます」
自虐染みた笑いを浮かべながら、彼女は続ける。
「そしてそれから間もなくして、私は魔法の力に目覚めます。それからはご存知の通りです……私の魔法は当然のように協会に発見され、ある支部の一員にされ、色々と教え込まれました。自分達の理念の高尚さを、自分達が為す行為の有益性を。感情が希薄で、自分で何かを考えるのが嫌だった当時の私は、そんな言葉をあっさりと信じたんです……いえ、信じる信じないは関係なく、そうする選択肢以外を考えられなかっただけかもしれませんが」
気付くと彼女の呼吸は少しだけ荒れていた。
向き合いたくない過去を思い出しているからだろうか。
自意識がまだ完全に出来上がる前の幼い子供に、自分達の考えが正しいと洗脳のように叩き込む。
それは魔法使いを自分達の思い通りに動かすために行う、至って普通の出来事だ。
それを知っているからこそ、俺は彼女の言葉を動揺せずに聞くことができた。
少しの間が空く。
きっとそれは、彼女がそれを口にするかどうかを決めるための逡巡の時間だったのだろう。
彼女は目を潤ませ、肩を震わせ、両手で顔を覆いながら叫んだ。
「そして、私はッ……多くの命をこの手で奪ってきたんです!」
よくある話だ。
「それが当たり前のことだって信じ込んで! 自分が終わらせた命に一切の感慨も持たずに! 私は、いろんな絶望を目にしてきました!」
本当にどこにでもある、身近にありふれた話。
「自分の間違いに気付いた時にはもう手遅れで……私の後ろに積み重なった罪は、私を捕らえて離さない! ……彼らに償おうにも、償う方法なんてどうしたって見つからない!」
俺はそれを知っている。
「だから私は、他の何かに自分の命を費やすしかなかったんです! 奪ってしまった誰かのためになれないから、奪われてしまうであろう誰かのためになるしかなかったんです!」
どうしようもなく知っている。
「それが、私の贖罪の形です。私は世界を守りたいんじゃありません、守らないといけないんです。だってそうしなければ…………私はッ、あの子は!」
だからこそ、俺は。
「話が長い」
「あいたっ!」
こつん、と。逢ヶ瀬の額にでこぴんした。
とてもいい音がなったと思った。
逢ヶ瀬は何をやられたか理解していないようなポカンとした表情で俺の方を見ていた。
次に動き出すその瞬間まで、一体どれくらいの時間が経っただろうか。
「な、何するんですか!?」
「いや、まさかお前の人生について長々と話されるとか想定してなかったからさ、ちょっと驚きました。いや確かに協力する理由を聞いたのは俺だけどさ」
「……貴方は」
頭を掻きながら面倒くささを隠さずに呟く俺を見て、逢ヶ瀬は唖然としていた。
「何も、思わないんですか?」
「何もって?」
「今の話を聞いてです……だって私が犯した罪は許されるはずがなくて、それを償うためにしている行為は身勝手で傲慢なもので、軽蔑されて当然だって思って」
「はぁ?」
どうやら逢ヶ瀬は何か勘違いしているようだ。
もしかして俺が彼女を悪人として捉えるとでも思ったのだろう。
違うだろう、それは。
全然違う。
「お前は被害者だろ?」
「――――ッ!」
「自分で言ってただろうが。お前の魔法に目を付けた奴らによって訳の分からん信条押し付けられて利用されて。クズみたいな奴らのせいでトラウマ植え付けられて……ならやっぱり、お前は悪くない」
「ッ、どうして……」
信じられないと。
大きく開かれた彼女の瞳が、震える声が、後ろに仰け反る体が叫んでいた。
「どうして、そんな風に思えるんですか!? 経緯なんて関係ありません! 私が自分自身の手で罪を犯したことには変わりなくて!」
「それはその行為をお前に強いた奴らの責任だろ」
「なら失われた命は! 私のせいで死んでしまった者達の想いは、夢は、愛情は、恨みは、憎しみは……一体どうすればッ……」
「どうでもいいよ」
「………………えっ?」
「そんなのどうでもいいって言ったんだ」
いつの間にか月の光は雲によって遮られていた。
そのせいで逢ヶ瀬の表情はよく見えない。
だから俺は、俺の想いを迷わず伝えることが出来た。
「興味ないんだよ、他人なんて」
彼女の様子を窺えないまま続ける。
「他人の願いだとか、意思だとか、命だとか、俺にはそういうのどうでもいいんだ。別にいくら死んでもいいと思うし、誰か多少なりとも大切な一人と世界中の他人を天秤にかけろって言われたら、俺は迷わず前者を選ぶよ。そうだな……それこそ、もし今リリスが引き合いに出されるんなら、数日程度の関係だけど、それでも俺は彼女を選ぶと思う」
目の前から息を呑み込むような声が聞こえる。
「だから別にお前がどれだけの人の命を奪っていたところで、俺は気にしない。悪いのはお前を利用した奴らだと思ってる。死んだ人達は自分を死なせた張本人であるお前を恨むかもしれないってのは理解できるけど、まあそれだけだ。いや確かにさ、もしお前が奪ってきた命の中に俺の大切な人がいるって言うのなら怒るとは思うけど、そうじゃないだろ。だからさ……本当に、そんなこと、死ぬほどどうでもいい」
それは俺の本心だった。
世界のために犠牲になる“彼女”を見続けた末に辿り着いた答え。
雲がゆっくりと風に流されていく。
その隙間から漏れる月の光は少女を照らし、歪んだ美貌を露わにする。
「なあ、逢ヶ瀬」
だからこそ、どうしても。
それを見て俺は、もう一度だけ、彼女に伝えたくなった。
彼女と出会った日に叫んだ言葉を。
「――――見知らぬ誰かのために、自分を犠牲にするのはやめろ」




