第十三話 魔法使いが二人、星空の下
廊下の途中、リリスを部屋まで送り届けてから俺は逢ヶ瀬の元に向かっていた。
汗や汚れなどは簡単に魔法で消し去り、目的地の前に辿り着いた俺はその扉を力強く開いた。
眼前に満面の星空が広がる。
幻想的な雰囲気の下には、此方に背中を向ける黒髪の少女がいた。
彼女は俺が来たことに気付いているだろうに、振り向かずに手摺に両腕を置き微動だにしない。
「よう、逢ヶ瀬」
リリスに向けたのと同様の言葉を彼女に送る。
彼女も最後まで俺を無視するつもりはなかったのか、振り向くと小さく口を開いた。
「幼い少女と深夜に二人きりで森の中にいた男性が何の用事ですか?」
「言葉に悪意を感じる」
「今の言葉に悪意を感じるのなら、そういう行為をしていたという自覚があるからでは?」
「いやそんな『正論言ってやったぜ!』みたいな顔されても」
猛烈に反応に困る。
「それで、さっきは何をしていたのですか?」
などと考えていると、逢ヶ瀬が先に話題を振ってくる。
「普通に話していただけだ」
「違います、その前の一人で森を駆け巡っていたやつです。一目見てドン引きしました」
「最後のいらんだろ。あれは特訓だよ、魔力制御のためのな」
てかいつから見てたんだこいつ。
「制御?」
きょとんと、俺の言葉に要領を得なかったのか逢ヶ瀬は首を傾げる。
こういった行動は普通に可愛らしいために、普段の憎たらしい反応はとても残念だと僕は思います。
「身体を鍛えるためのものではないんですか?」
「まあそれも少なからずあるけど、優先順位は低いな」
本当の目的は別にある。
そう言えば、彼女には少しだけ話したことがあったか。
「……魔法ですか?」
「yes」
その証拠に彼女は答えに辿り着く。
「それは……」
逢ヶ瀬は眉を顰めて小さく呟く。
魔法が理由だというまでは分かっても、その奥までは見抜けなかったのだろう。
……少しなら、別にいいか。
「厳密には違うんだけど、俺の魔法の効果の一つが自動強化だ。日夜生活するだけで魔力は増え身体能力は上昇する……みたいな?」
「……とんでもないですね」
「まあな。だから普段の行動で力加減を間違えないようにするため強化された身体に慣れなくちゃいけないんだ」
言い切り逢ヶ瀬を見ると、彼女は驚いた表情のままだった。
だけどすぐに訝しげに俺を見つめる。
自動強化。その概要だけを聞くならきっと誰もが驚愕する力だろう。
だけど実を言うと、それだけなら魔法としては下の中レベルだ。
逢ヶ瀬はきっとその情報から俺の魔法の本質を見抜こうとしている。
残念ながらそれ以上は通行止めだ。早々と話を代えさせてもらう。
「お前は何でここに来たんだ?」
俺の特訓を見るために来た訳ではないだろうし、本来の目的を聞くために俺は問いかけた。
「……空を、見に来ました」
逢ヶ瀬はゆっくりと顔を上に向ける。
倣うように続くと、頭上には暗闇の中、大量の星々が輝いていた。
地元では見ることの出来ないその光は、星に興味のない俺さえも強く惹きつける。
「星、好きなのか?」
「どうでしょう……元々夜の空を見るのが趣味でした。だけどこの世界の空は……少し、明るすぎる気がします。それが良いことなのか悪いことなのかは、私にはまだ分かりませんが」
「…………」
要領を得ない回答に、俺は思わず押し黙ってしまう。
逢ヶ瀬はそんな俺を一瞥した後、静かに尋ねる。
「貴方は、この世界が好きですか?」
「――――――」
その問いは、俺にリリスとの対話を思い出させた。
彼女の言葉は覚えている。
だけど、俺の答えは変わらない。
「嫌いだよ、こんな世界」
「…………」
「限られた奴だけが努力を強いられ犠牲になって、人生を決めつけられて、外側にいる人間は身勝手に不満を口にし責任を押し付ける。リリスやラルク達に守られている国民が何を言っているのか、お前は知っているか?」
首を横に振る逢ヶ瀬に、俺はここ数日の出来事を話す。
全てを聞き終えた彼女は目を開き多少なりとも動揺を示していた。
「そんなことがあったんですか……」
「ああ。だからやっぱり、俺はこんな世界が嫌いだよ」
それが俺の答え。
変わるはずのない、あの日から願い続けた想い。
それを聞いた逢ヶ瀬は、安堵したみたいに小さく微笑む。
まるでその答えを待ち望んでいたかのように。
「そうですか。やっぱり貴方は」
「――――だけど」
今日に限っては、まだ続きが残っていた。
「……リリスは言うんだ。それでも世界が好きだって。そんな奴らがいる世界を守りたいって」
「ッ」
その感情を理解することは出来ない。
間違えていると思っても。否定しようと思っても。
世界の悪意に晒された彼女自身がそれを望む以上、俺にその権利はない。
そんなことを最後まで逢ヶ瀬に伝えると、何故か彼女は泣きそうな顔で俺を見ていた。
信じたくない言葉を聞いてしまったみたいに。
「逢ヶ瀬?」
俺は反射的に彼女の名前を呼んでいた。
それに反応するように逢ヶ瀬は口を開く。
「貴方は、自分の信念を貫かない。そう言うんですね」
そして次の瞬間には素っ頓狂な言葉が返ってきた。
「いや、別にそんなことは言ってないだろ。俺が世界を嫌ってることに変わりはないし、なんなら今すぐ気に食わない奴を全員とっちめたいくらいだよ……まああれだ。冷静に考えたら俺は異世界の人間な訳だし、変に干渉しない方が良いのかもな、くらいの話だ」
「そう、ですか」
納得しているのかしていないのか、逢ヶ瀬は機械的に相槌を打つ。
彼女の考えていることが分からなかった。
質問の意図も、俺の回答に悲しむ理由も、全くもって理解できない。
彼女がその胸の内に秘めているものは何なのか。
それを知るにあたって、俺は一つの疑問を解消する必要がある気がした。
「なあ逢ヶ瀬。お前、どうして笑わないんだ?」
「……え?」
逢ヶ瀬の口から間抜けな声が漏れる。
今この場において不必要と思える問い。
もしくは、その問いの意味そのものすら理解できなかったのかもしれない。
「それはどういう……?」
「ずっと気になってたんだ。お前が魔物を倒した時……誰かに感謝された時、礼を言われた時……普通さ、そういう時には笑うだろ。少なくともお前みたいに、無表情のままでいる訳がない」
心当たりはあったのだろう。
逢ヶ瀬は真剣な目で俺を見つめる。
だから俺も、真剣に訊くしかなかった。
「なあ、逢ヶ瀬――――お前は、本当にこの世界を守りたいのか?」
「ッ」
端正な容貌を歪ませ、彼女は逃げるように一歩後ずさる。
思えば、彼女は今まで誰かを守りたいと言わなかった。
責任、役目、義務。そんな何かに縛られた言葉を行動の理由にしていた。
その在り方は、きっと“彼女”に似ている。
だからこそ俺は知らなければならないと思ったのだ。
「……気付かれていたんですね」
三十秒という、短くも永遠に思えるだけ沈黙が過ぎ去る。
逢ヶ瀬は観念したようにそう呟いた。
「……そうですね。貴方の言う通り、守りたいと思える人なんて私にはいません」
「なら何で、協力するって答えたんだ?」
「……そんなの、答えなんて一つに決まってるじゃないですか」
「…………」
ああ、そうだ。
きっと俺はその答えを知っている。
魔法使いに強いられた運命を知る者ならば、誰にだって分かる答え。
それなのに俺は、どうして彼女の口から聞きたいと思ったんだろうか。
「私は、人々を“救わなくちゃいけない”」
そう言って、少女は笑う。
月光に照らされた中で、泣きそうな顔で笑った。
「それが、私の――――逢ヶ瀬 伶奈の贖罪だから」
そんなふうにして。
彼女の初めての笑顔は、俺の前にもたらされた。




