第十一話 やはり少女は微笑まない
◇
「シュウさん、少々時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「いいよ」
呼び出されたためリリスと仲良く歩くことになった。
王都を散策した日から三日後。
俺が召喚されてから五日後のことだ。
客室……もう自室でいいか、そこで一人休んでいたところに現れたリリスに連れられたのは絢爛な一室。煌びやかな照明や装飾に、備え付けられた重量感あふれる机や椅子。机に置かれた書類などを見るに執務室だろうか。
真正面の一際高級そうな椅子に座るのは国王ラルク。そして机の此方側の前に佇むのは……
「……逢ヶ瀬」
四日ぶりに出会う少女、逢ヶ瀬 伶奈だった。
「うわ」
おいこいつ俺を見るなり顔を顰めやがった。
うわってなんだうわって。失礼極まりない。
だけど俺もムキになって怒るほど子供じゃない。
精々三日間くらい恨み続けるだけだ。
「お前、戻ってきてたんだな」
「ええ、まあ、はい」
アルダード砦に攻め込んできて来た魔物の大群は、結局この数日間、逢ヶ瀬の手によって葬られたらしい。日に三、四度襲撃から徐々に頻度が落ちていき、これからは体力と気力の戻った騎士達に任せるんだとか。けどこんな早くこいつが帰ってきているとは思っていなかったため少し驚いた。
「リリス、よく連れてきてくれた」
「はい、お父様」
これで集まる面子は全員なのか、ラルクは一度大きく咳払いをすると真剣な眼差しで俺たち三人を見据える。
「まずは汝等に来てもらった理由から話そう。先日の王都への魔物襲撃事件に関することだ。その時にアルダード砦にいたアイガセにも事情は簡単に伝えておいた。本来なら起こるはずのなかった事件……その原因が分かったため、ここにいる者達だけで共有する必要があると考えたのだ」
そこまでを聞き、一つの疑問が頭に浮かぶ。
「で、それを何で俺達に教えるんだ? もっと他の、国に仕えている奴らにも――――」
「――――内部に、裏切り者がいる」
一ミリでも体を動かせば切り刻まれるような、そんな剣呑な空気に室内は包まれる。
「詳しく教えてください」
逢ヶ瀬に対しラルクは頷く。
「無論だ。何故その結論に至ったのかは単純な話だ。事件後に確認したところ、王城の制御室に置かれている魔力濃度調整魔道具が破壊されていることが分かった」
なんて?
「ま、魔力濃度なんちゃらって、何だ?」
「む……汝等の世界には存在しなかったのか?」
「なかったと思う。なあ?」
隣にいた逢ヶ瀬に同意を求めると、彼女も首肯した後に口を開く。
「名前から察するに、大気中の魔力濃度を調整し、魔物の発生を抑制するための物だと思いますが、確かに私達の世界にそのようなものはありませんでした」
「なっ……それでどうやって魔物の被害を抑えることが出来たのだ」
ラルクの驚く声を聞きながら俺は答えを考える。
この世界の魔力濃度の高さ。
そして魔物の出現原因が魔力と悪意であることを考慮するなら、意外にするりとその答えにたどり着く。
「それは多分、この世界と比べて向こうは魔力濃度が低いからだ。だからそもそも魔術は一般普及してなかったし、魔物に関してもそう頻度よく出現するもんじゃなかったんだよ。だから、特別そういったもんを作る必要はなかったんだと思う」
「……なるほど、そういうことか」
どうやら納得してくれたみたいだ。
「まあお互いの世界の相違に関しては後でいい。いま重要なのは、その魔道具が壊されたこと……そしてそれを置いてある制御室には、私を含めた元老院の九名しか入れないことになっているという事実だ」
「その元老院なら、誰でも単独で入れるのか?」
「本来ならば私だけが一人で、それ以外の者は三人以上でなければならないことになっていた……が、半年前の王都襲撃事件をきっかけに、緊急時の迅速な対応が必要であるとし、臨時的に一人でも入れるようになっていたのだ」
……なるほど。
だからラルクは身近に裏切り者がいると判断したのか。
不意に、先日王都で八百屋の店主が話していた内容を思い出した。
王族が魔王軍と繋がっているのではないかという話を。
これまで俺が直接話した時の感覚から、リリスやラルクにそういった裏があるようにはどうしても思えなかった。だとすれば、今回のような内部の裏切り者の存在の情報に尾ひれがついて広まってしまったのだろうか。
「そう言えば」
だからこそ俺は、胸に蠢く気持ち悪さを解消したいと思った。
「前に王都を散策した時聞いたんだよ。この国は魔王軍と繋がりがあるとかいう噂をさ。これまでにも似たような事件が起きたりしたのか?」
さらりと、確定事項を確認するように投げかけた問い。
俺はそれに対して、簡単な答えを返してもらえればそれでよかった。
「「――――――ッ」」
しかし現実は訳が分からない。
俺の言葉を聞いたラルクとリリスは同時に目を大きく開き驚愕を露わにしていた。
まるで知られたくなかった真実を突き付けられたかのように。
「……シラサキ、それは根も葉もない……いや、違うな。誤解が婉曲して伝わってしまった結果、そのような不名誉な噂が流れているだけだ。どうか耳を傾けないで欲しい」
……なんだろうか、この違和感は。
ラルクの言から感じられるのは、彼の言っている内容が決して嘘ではということ。
嘘ではない。が、その言葉にはそうあって欲しいと願う感情が多く入っている気がした。
そして、俺が何より失言をしてしまったと感じた理由は他にもあった。
「リリス……」
俺の隣にいる幼い少女は、小さく肩を震わせていた。
愛する者に裏切られ、無関係の罪を被せられ、存在を冒涜されたかのような。そんな比喩が大げさでないと思えるような表情。
……仕方ない。
俺はラルクに向き直す。
「まあ、俺自身別に信じてなかったからな。ただちょっと確認しようと思ってただけだ、否定するんならそれを信じるよ」
「そうか……本当に申し訳ない」
安堵の溜息をつく彼を見る目が、少し冷たくなってはいなかっただろうか。
会話は進む。
「話を戻そう。私が汝等に内部の裏切り者について話した理由の第一は、ここにいる者達には裏切る理由も魔道具を破壊する手段もないこと、転じて信用できると考えたからだ。その上で注意してもらいたいのは元老院やその部下たちの動き……私としても早急に対策を考えるが、今のところは汝等も緊急時には素早く対応できるように心構えだけはしておいて欲しい」
「分かりました」
逢ヶ瀬が首肯するのを尻目に俺は静かに手を挙げた。
「む、どうかしたか?」
「いや、めちゃくちゃ自然に俺が協力する流れになってるってことに対して、遅ればせながらもツッコんでおこうかと」
「……………………そうか」
暫しの沈黙の後、聞き流すようにして目を背かれた。
マジかよこいつ、誤魔化そうとしてやがる!
「いやまあ王城に敵がいるんなら、警戒くらいはするけどさ。自己防衛的な意味で」
「そう、だな。それだけでも私達としては十分に助かる」
「じゃあまあ、そんくらいなら別にいいよ。つっても王都を出ていくまでだけどな」
「いや、それだけでも十分すぎる程だ。感謝を」
ラルクは椅子から立ち上がると頭を下げ丁寧に礼を伝えてくる。
顔を上げた後、次に彼は逢ヶ瀬の方向に体を向ける。
「アイガセ、汝にも感謝を。汝のおかげでアルダード砦に蔓延しつつあった敗戦ムードを消し去り、我が騎士達の士気と名誉を取り戻してくれた。まだ召喚してから数日ながらもその活躍ぶりには助けられることばかりだ……これからも、我が国とそこに暮らす国民、ひいては世界の平和のために助力してくれることを願う」
絶賛というべき評価と、心から溢れる感謝の言葉。
数日分の感謝の気持ちを上乗せしたかのように、ラルクは大国の王様とは思えないほど丁寧に、そして真摯に礼を述べる。
「ええ、勿論です。それが私の役目ですから」
その礼を受ける逢ヶ瀬張本人はというと、やはり先日と同様、彼女が協力することは至極当然とでも言いたげに、抑揚のない声で返答していた。
「…………」
彼女の表情に、一切の笑みはない。
その光景が、脳の奥深くに焼き付くのを感じた。




