第十話 少年が嫌った世界の概要
◇
「なるほど、実際に見るとこんな感じか」
舗装された通路の上を音を立てながら歩く。
周りで歩く人々は髪色が多種に至り、稀に赤や緑の人も見かけることが出来る。
煉瓦造りの建物が並ぶ中で興味を抱いたものに次々と視線が誘導されていく。
日本では到底味わえないような感慨深さを与える街並みは、サブカルチャー全般が趣味の俺にとってはなかなか楽しめるものだった。
つまり俺は、一人で王都を散策していた。
一日が経った。
現在、王城では昨日の魔物の襲撃の原因を追究するための調査を行っている。数人の怪我人を除き、奇跡的に死者が一人も出なかったらしいが、それでも客観的に捉えれば大事件であったことには変わらない。
砦には未だ逢ヶ瀬が滞在し魔物の討伐に奮闘しているらしい。俺はと言うと、緊急時に備え王都に待機してもらうようラルクから頼まれた。あの程度の距離なら一瞬で移動できるとは言っても、情報の伝達などが遅れれば助けが間に合わない可能性があるかららしい。
……さて、ここで一つおかしなことに気付いただろうか。
そう、俺は一日しか協力しないと言っていたはずなのに、何故か当然のように再び魔物が現れた際には翌日からも協力することになっていたのだ。
もちろん断った。
断ったが、もう一度あの砦に向かうのは面倒だったため、あれから俺は休息をとるために王城の客室で気楽に睡眠をとっていた。
二十時間もぐっすり眠った俺は疲労も完全回復し目を覚ます。
しかしやることもなく暇なため、こうして王都に散歩に来ていたという訳だ。緊急時に連絡するための魔道具を持たされているのが少しだけ煩わしい。協力しないって言ってるのに……しかも俺が魔道具を使える保証もないのに……まあ魔王軍討伐遠征には協力しなくても、身に迫る危機くらいは普通に排除するけど。
今までの経緯を簡単に思い出した後、俺は注意深く周りを見渡す。
「……ふむ」
建物や人々の光景に少し違和感を感じ、その原因について考える。
巨大な通路を挟むように立ち並ぶ様々な店舗は開放的で、十分前まで歩いていた住宅街の厳かな雰囲気とは異なっている。八百屋や小物屋、衣服店などが営業しており、なかでも驚いたのは武器防具が売られた店があったことだ。王城の騎士が持つ剣のように質の良い物ではなかったが、護衛用に必要だったりもするのだろう。
それらの店舗を見て感じたことの一つは、まず活気自体はあるということ。魔王軍という敵が存在し、つい数か月前に攻め込まれたとは到底思えない……前回呼び出された勇者のおかげで市民にほとんど被害はなかったと聞いているが、そのためだろうか。建物自体は魔術を利用すれば簡単に建て直せるだろうしな。
建物に関して思う最後は、そのほとんどが煉瓦造りであるということ。王城の背後には巨大な森が広がっていたため木材には困っていないと思うが、それも何らかの理由があるのだろうと判断。
次は人々についてだ。
「髪色凄いな」
基本的には黒色、茶色、ブロンドなど、地球でも世界中を探せば地毛を持つ者がいるであろう色とは別に、少数ではあるが赤、青、緑などの目がチカチカしそうな髪色をしている者達がいる。向かいを通る、光るような白銀の長髪を持つ少女や薄い桃色の長髪を持つ女性などがいい例だ。歩くだけで目を引くような、そんな容姿をした者が多数存在する。
髪の色に関しては予想がつく。
原因は魔力だ。
向こうの世界でも、魔術師の中には自分の魔力のせいで髪色が変色する例などはあった。向こうに比べて此方では割合が随分高いようだが、その理由も分かる。
どうやらこの世界は、向こうよりも大気中の魔力濃度が随分と高いらしい。
限られた人だけではなく、この世界のほとんどの人々が魔術を使用できるのもその辺りが起因しているのだろう。
戻ったら聞きたいことが幾つも出来てきた。
…………さて、ここまでが簡単な王都の概要。
しかし、俺が一番気になったのはこれらではなく――――
「――――――――っ」
俺は咄嗟に振り返った。
何だ、今のは。
背中を鋭く差す視線のような気持ちを悪い感覚は。
喧噪が飛び交い多くの人々が入り混じる中、その原因を把握すべく全景を注視する。
だけど分からない。
今のはただの勘違いだったのか、それとも――――
「おい兄ちゃん、さっきから何やってんだ?」
――――と、そんな俺の様子を不信に思ったのか、真横の八百屋のおっちゃんから訝しげに声をかけられる。
「…………」
先程の違和感の原因は不明。
であるならば考えるだけ無駄と判断し、俺は八百屋の店主の方に向き直る。
「いや、別に何でもないよ。……っと、これは」
手前のケースに入れられている橙色の果実を取り出す。手のひらサイズで少しざらっとした手触り、頂点にへたが付いているその果物は、俺にとっても見慣れたもの。
そしてそのケースに入っていた厚紙には、こう書かれていた。
『みかん 1つにつき銅貨二枚』
「……三つくれ」
城から出る際に渡された金袋の中から該当する硬貨を取り出す。
「おう、まいどあり!」
銅貨を六枚渡し、その流れで適当に三つを選び掴みあげる。片手に乗る限界分だ。
二つを左手に持ち替え、右手一つで皮を剥き口にぱくりと含む。うん、うまい。
「ほー、器用なもんだな」
それを見ていた店主の発言を耳に入れながらも、俺は目の前の風景を眺めていた。
「魔物に攻め込まれたらしいけど、思ったより活気があるんだな」
零すように呟いた俺の言葉に、店主は反応する。
「おっ、兄ちゃんよそもんか?」
「まあ、大まかに言えば……数日前に来たばっかだよ」
「そうかそうか、まあ俺達には実質的な被害はなかったからな……けどまあ結局は自演なんだろうよ。兄ちゃんもあんましここに長居すんのはオススメしねぇぞ」
幾つか意味が分からない言葉が出てきた。
「どうしてだ?」
「さすがにあんたも知ってんだろうよ、もうこの国の王族に対する信用度は下がりっぱなしだよ」
「……はあ?」
その男性が当然のようにそんなことを言うものだから、理解できず反射的に疑問を露わにしてしまう。
「いや、何のことか分かんねぇけど」
「……相当の田舎から来たのか、世間知らずだなぁ。あれだよあれ、あんま大声で言えるもんじゃねぇけどな……なんでもこの国の上層部は、魔王軍と裏で繋がってるっちゅう話だ」
「なに?」
瞬間、脳裏に浮かんだのはリリス。続けて真摯な表情で助けを求める国王ラルク。あの姿を思い出した今、彼の言っていることが真実だとは到底思えない。
「俺も養わなきゃいけない家族がいなかったら住居を移すんだが……いや、帝国との関係がマシになりゃあ、すぐにでもあっちに引越してぇくらいだよ。向こうには本物の勇者もいるらしいからな、異世界から召喚した勇者なんて、誰が信じるんだって話だよ」
ここにいるぞ。
「だからまあ、悪いことは言わねぇから、とりあえずこの国に留まるのは止めとけ」
「本気で言ってるのか?」
「本気も本気だよ。そう思ってるのは俺だけじゃねぇよ……その証拠に、なあ奥さん?」
店主は自分の意見の賛同者を求めるように、八百屋に買い物に来ていた女性にそう投げかける。
「そうねぇ、私からしたら最低限の水準で安全に暮らせたらいいけれど……どうしたって不信感は残るものねぇ」
「おっ、なんだなんだ、何の話だ?」
数人が集まって会話しているのが目に留まったのか、さらに何人もの通行人が会話に参加してくる。
先程までの常識的な音量ではなく、いつの間にか彼ら彼女らは王都に対する不満と不信感について熱く語り始めていた。
――――なんだ、これは。
何故王都のど真ん中でそんな話が始まるのか。
止めようとする衛兵などは存在しないのか。時代が時代なら反逆罪に問われるレベルだぞ。
彼らが王族に対する不信感を抱くことになった原因なんて知らない。
だけど俺は、彼女の意思を聞いたのだ。
『私は、この世界が好きです。私を大切に想ってくれる人がいて、私が守りたいと思う人がいるこの世界が好きです。ですから無理なんてしていません。私がこの世界を救おうとするのは私の願いそのものなんです』
その言葉に嘘なんてなかった。
彼女は本気で、この世界を救おうと思っていた。
ぐちゅりと、左手に持つみかんが潰れる。
手が汚れるのが嫌だったため魔法で消し去る。
これ以上ここにいる価値はないと、俺は踵を返していた。
「兄ちゃん、情報はもういいのか?」
俺の行動に気付いたらしい店主が確認してくる。
「ああ、みかんうまかったよ」
握りつぶしたけどな。
別れの挨拶を叫ぶ店主を背後に、俺は静かに王城への道を歩み続けた。
胸の中で蠢く、醜悪な感情に気付きながらも。
世界を救うと誓った少女を嘲笑う弱者達。
ああ、俺が嫌った世界と、何一つ変わらない。




