後悔先に立たず
次の日、棗は立花と会うのが果てしなく気まずかった。
顔を見れば写真を思い出して赤面する自信があったし、奥の計画を知ってしまったら呑気にお近付きになりたいなどと言ってる場合ではない。
迂闊なことをしたら消されるかもしれない。
だがそんな苦悶は立花が一日不在だと聞いて吹き飛んだ。三ノ方も怖いが一ノ方に無能と思われるのも怖い。一週間しかないのに会えない日があるなんて、どんなテクニックを駆使して情報を引き出せというのだ。
焦った棗は聞き込みの範囲を立花隊に広げて情報を漁った。
だが出てくるものは役目のことばかりで、プライベートどころか個人情報すら目新しいものはなかった。
恐ろしいまでの情報統制。どんだけ苦労してるんだろうと棗は同情を禁じ得ない。
そして、色々話をしていた棗は街へのお使いを頼まれた。
空が青い。
自分はあと何回青空を見られるのか、と悲しい想像をしてると店先に売られている幻想写真なるものが目に止まった。
露店の片隅に飾られた"羽化"の題名のついた写真は、現実にはありえない妖精の脱皮を描いた写真と絵の間のような雰囲気の不思議な絵だった。
「あの、これ」
棗が店主に話しかける。
「ああ、それ? この間街で見かけた人がモデルなんだけど、なんか止まらなくて……」
そう言って大して若くもない女性が恥ずかしそうにしている。
棗には確信がある。これは立花だ。
十数枚に及ぶ写真は羽ばたいている物や、羽根を休めているものなど様々だが、棗は羽化が気になって仕方がない。
透明な翅を広げなから古い殻から抜け出た妖精は、性別を感じさせない容姿だ。ようやく終わったとでも言う様に空を仰ぐ横顔は、儚げで実に美しい。いや、麗しい。
棗は店主にお礼を言い羽化を手にして店を出る。
ありがとう。
昨日散々自分で神々しいと言い、人からは天使とか言われているのを聞いたが、どうもしっくりこなかった。
そう、あれは神でも天使でもなく妖精だ。全て見た事はないのでイメージだが、妖精の儚げで弱々しく何処か艶めかしい姿は立花にピッタリだ。
悔しい。何故自分で思いつけなかったのだろう。棗の中の妖精のイメージにあんなにピッタリと符合するものはなかったと言うのに。
でももうこれで何があってもいい。立花の写真とこの羽化と昨日の思い出で十分だ。
きっとその内三ノ方に、立花に色目を使ったとか訳のわからない理由で消されるのだ。それでもこれだけで満足して死ねる。あとは少しでも苦痛のない最後を願うばかりだ。
そしてお使いを済ませた帰り道。棗は悲嘆に暮れればいいのか、思い掛け無い出会いに喜べばいいのか迷いながら歩いていると、突然影か落ちた。
どうやら前方にガタイの良い男が数人立ち止まっているらしい。
大して広くもない道を横一列に占領する男達をかわして進む事も出来ずに立ち止まると、中の男が1人振り返り下卑た笑い顏をする。
早い。さっき手に入れたばかりでろくに見てもいないのに、もう人生が終わってしまうなんて。
椿は正しかった。立花は色んな意味で危険だった。
ああ、棗が死んだ後この絵はどうなってしまうのだろう。頼むから一緒に葬って、せめて死後でもいいか心行くまで鑑賞したい。
棗がそんなことを考えている間に男達に囲まれていた。
思わず絵を守るように抱き抱えると、それに気づいた男が手を伸ばしてくる。
「いやぁああ〜触らないで〜!!」
穢れる~!! 後半は声にならなかった。