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後悔先に立たず

「なぁ~つぅ~めぇ~」

 地の底から響く様な声で二ノ方の侍女が四人揃って現れた。

 中でも筆頭の、大して親しくも仲が悪くもない背の高い一人に捕まえられた。


「どうも、お疲れ様です。みなさんお揃いなんてどうされたんですか?」

「どうもこうもないわよ、な!ん!で! あんたが立花様を手伝ってるのよ!」

 なんでを強調した凄い剣幕でまくしたてられる。


「それは、一ノ方様からの依頼で……」

「な!ん!で! 断らないの! あんたなんか行ってもご迷惑の上に無駄に気を使うだけでしょぅ?」

「私もそう思ったのですが……断り切れず……」

 正論に反論はせずしおらしくしていると矛先が変わる。


「そう、それはまぁしかないわ。不可抗力としましよう?

 それより! な!ん!で!朝、立花様と一緒だったの?

 しかもくっくっ…くっ付いてたらしいじゃない!」


 正確に表現するなら、立花は棗の体重を支えるために背後から抱きかかえていたのだが、とても口に出して言えなかったらしい。

 棗としてはお姫様だっこでも良かったのだが。半分寄りかったような状態だった為に、耳元でか細く謝る声に必死に平静を装ったのだ。

 部屋に帰ってから悶絶しようと思っていたのに、思い出してしまった。



 恐らく顔に出ていたのだろう。二ノ方の侍女達が色めき立つ。

「ちょっと! 説明しなさいよ!」

「わかりました。ご説明致します。でも場所を変えて頂けませんか?」

 棗の必死な様子が伝わったのだろう、四人は頷き自分達の部屋まで案内してくれた。

 良かった、本当に良かった。立花の事で詰め寄られて喜んでいるなどと、楓付きの他の侍女たちに知られたら大事だ。どんなからかい方をされるか知れない。


 安心したのも束の間、棗が通された部屋には奥にいるはずの二ノ方が優雅にお茶を飲んでいた。

「二ノ方様……どうしてこちらに?」


 棗は戦きながら尋ねるが、己の浅はかさを呪った。侍女が全員で主人の元を離れるなど、あるはずがない。


「あら? きちんと説明してなかったの?」

「いえ、きちんと朝の件の釈明の為にと言ってあります」

「そうよね? あぁ、私が立花ちゃんの事でここにいるのが不思議なのね、分かったわ。

 貴女にはご自分の立場を理解してもらうためにも私と立花ちゃんの話からしましょう」



 そう言って二ノ方は語り始めた。

 カップのお茶が三杯ほど無くなる長話の結果。

 棗は今まで会った中で、二ノ方が最も立花を可愛がっていると認めない訳にはいかなかった。しかもある事件で立花は奥に全く寄り付かなくなり、もう何年もまともに会ってないの、と涙ながらに語る姿は完全に拗らせている人だった。

 立花の日々の行動をストーキングのレベルで把握している二ノ方は、棗の朝の件のもバッチリご存知でいらっしゃった。

 この人に聞けば棗が立花を調べる必要などなかったのではないかと思う。



 どうしよう。正直に言ったら四杯目のお茶は棗の頭にかかっているかも知れない。ここは穏便にでっち上げるしかない。


「ええと、私は一ノ方様から立花様の交友関係を調べる様に申し使っておりまして……それで立花様の一日の行動を調べようと朝の日課に押しかけまして……しかし犬に怯えてしまい、動けなくなったところを助けて頂きました……」

 上目遣いで二ノ方の様子を見ると、鉄壁の微笑みを浮かべたままだ。これは危険だ。

 しかも周りでは外野の侍女たちが”朝の仔犬との戯れは立花様の唯一心からの笑顔が見れる癒しの時間! それに割り込むなんてどういう神経をしてるの? ”とか”図々しい”とか、”子供のくせに”とか、ガヤが飛んでくる。


「申し訳御座いません。お邪魔なのは重々承知しておりましたが、一週間の制限付きの為焦っておりまして、その上思いもよらず神々しい笑顔に……腰が砕けました」

 土下座さながらにテーブルに頭を付けて謝罪すると二ノ方は意外にも優しい言葉を掛けてくださった。


「そう、棗ちゃんまで魅了するなんて罪な子ね。まぁ棗ちゃんは免疫なさそうだししようがないわね、でも嬉しいわ。少なくとも棗ちゃんは私の立花ちゃんに意地悪したりしたいわよね?」

 悩ましい溜息と共に牽制が飛んでくるが、ひとまずお茶は回避出来た様だ。


「もちろんです! あんな神々しい方に意地悪なんて出来ません! それに私は写真があれば十分であんな……」

 事まで望んでいなかった、と後半は飲み込んだが二ノ方は問題なく理解しその上で写真に食いついた。計算通りだ。

「写真……?」

「はい。訓練士の方に仔犬との写真を、でも一人で見なさいと言われたのでまだ見てない……」

「見せなさい」

 半ばで発言を遮られたが棗は気にもせず、端末を操作し自分以外の人にも見える様に朝もらった写真をみんなに見せた。


 その写真を見た瞬間、その場の全員が息を飲んだ。侍女の中には黄色い悲鳴を上げている者もいた。棗は赤面しながら、今まで見なくて良かったと思った。腰が抜けるどころの騒ぎではない。


 なんという事でしょう。その写真は幸せそうに微笑みながら抱き上げた仔犬にキスする立花が写っているではありませんか。朝は神々しいばかりだった微笑みには、慈愛とそこはかとない色香が同居しております。棗は恥ずかしくて思わず目をそらしてしまいました。



「誰? 誰から貰ったの?」

 二ノ方は硬い声で言う。

「訓練士さんからです」

「男? 女?」

「男性です」

 忌々しいと口走った二ノ方は棗から問答無用で写真を巻き上げる。

 だが問題ない。コピーはしてある。ちなみに連射だった為あと数枚あったが見せていない。

 最初の写真から撮られているのに気づいて、恥ずかしそうに睨むまでがコマ送りになっている。上目遣いでカメラ目線の写真は永久保存にすると決めた。



「ところで棗さん。一ノ方は何故突然立花ちゃんのことを調べ始めたのかしら?」

「さあ? 私が教えていただきたいぐらいです。何をお考えなのかどうしたらいいのか分からなくて、とりあえず仲良くなろうと思っても立花様は警戒心が強くて……」

「手に負えないのね?」

「はい……」

「まあ、当たり前ね、あれだけ奥絡みで苦労すれば女性恐怖症で女性不信にもなります。だからこそ、私が立花ちゃんに心延えの涼やかな娘を選んであげようと思っているのに、どうしても張り合わないと気が済まないのね」

 呆れ返ったような、それでいて怒りを含んだ口調だ。


「それは、奥方をということですか?」

「そうよ。お嫁さんをもらって早く可愛い赤ちゃんが見たいの。立花ちゃんの子ですもの絶対に可愛いわ。そのためには出来るだけ余計なもののない娘にしないと……」

 何だか恐ろしい計画を聞いてしまった。


「それで時間がかかっている間に三ちゃんに知られてしまったの。三ちゃんが騒ぐから一ノ方迄出てくるんだわ。信じられない! どんなことをしても三ちゃんが立花ちゃんに関わるのは阻止よ!」

 三ちゃんとは三ノ方のようだ。嫌悪感から一周回ってしまったような呼び方だった。


「つまり、お三方で立花様の奥方を立てようと……でもそれでは誰を選んでも角か立つのでは……」

「そうなのよ! 私は立花ちゃんを助けたいのにあの二人が出てくるとどう頑張っても嫌がらせになってしまうの。棗ちゃんお願いだから立花ちゃんを助けて!」

「それは……どのように?」

「それが分かれば苦労しないわよ! とりあえず私は他の二人の候補に難癖つけて時間を稼ぐしかできないから、貴方は何か考えて」

「でも、立花様の意思は……」

「そんなもの気にしてたら手遅れになってしまうわ。だいたい立花ちゃんはもう二十歳よ。領主筋なら結婚してる歳だし。何があるか分からない役目なのだから後継は大切よ。それに私は立花ちゃんの子供なら何人いたっていいのに、あの忌々しい女のせいで……」

 二ノ方の手の中では優美な扇が軋んでいる。立花は正しい。


 この人達はどんなに警戒しても足りない。良識派の二ノ方ですらこんななのだ。三ノ方が何を考えているかなど恐ろしくて口にも出せないことに違いない。

 しかも一ノ方の使いで立花に接触している棗など、二ノ方にしろ三ノ方にしろ目障りに違いない。

 二ノ方は情報量で優位に立っている自信から今回程度の牽制ですんでいるが、三ノ方はどうだろうか。過去の噂を思い出して薄ら寒い気持ちになる。

 一ノ方の侍女という地位と実家がどれほど自分を守ってくれだろう。嫌がらせぐらいならいいが、自殺、毒殺、事故死と三ノ方の噂はレパートリー豊富だ。棗はしばらく恐怖に打ち震えた。


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