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宗家の威信にかけて

夕方になり、棗の母が夕食に呼ぶ為に娘の部屋をノックする。


「入るわよ? そろそろご飯だから……」

 そこまで言った母は目の前の光景に息を呑む。

 夕日の差し込む部屋で静かに本を読んでいる立花と、それに寄り添っている棗の姿がまるで一服の絵画の様に美しい。


 うちの娘がこんなに美しかっただろうかと母は驚いた。恋する乙女は美しいというがまさかこれほどとは。


「立花様! ご飯ですって!」

 棗は強引に立花を揺すると、何処から引っ張り出した紙を挟み、本を奪って片付けてしまう。


「行きますよ!」

「はぁい……」

 棗は面白くなさそうに先に行ってしまい、立花は母の隣を名残惜しそうにに歩いている。


「何を読んでらしたの?」

「馬術の本です。今迄見た事のない内容だったので……」

「だからって棗の事を無視しなくてもいいのに!」

 振り返った棗は表情もあるが普段と比べてもあまり可愛くはない。

「ごめんなさい……」

 そして項垂れている立花はやはり美しい。


 なるほど、恋する乙女補正も多少はあるかもしれないが立花補正はとても強力らしい。もしかしたら自分にも補正が効いているのではと母は鏡を探すが、この家の廊下にはそんな気の利いた物はない。


「立花君!」

「はい?」

「今度写真を撮りましょうね!」

「はぁ……」

 母の勢いに立花は押され気味だ。


 そしてダイニングに着くと、棗の姉が待っていた。


「はじめまして、棗の姉です」

「はじめまして……立花です……」

 蘇芳を女にした様な見た目の姉の姿に立花は驚いた様子だ。姉はそんな立花の様子を見て唖然としている。


 全員が腰を下ろし、配膳が終わると、棗の父が現れた。汗を流してきた様でお腹が空いているらしい。


「はじめまして、君が立花君か。とりあえず食事にしよう」


 父の言葉で棗以外の一家は凄い勢いで食べ始める。立花はその様子に若干引いている。


「立花様はゆっくり食べてくださいね」

「うん……」


 そして立花が半分も食べ終わらないうちに父はお代わりの分も完食した様だ。


「ところで、立花君は子狐と言われてるんだって?」

 父が唐突に聞く。

「子供の頃に友達に言われてまして……」


 立花の話ではこの大陸で有名な子狐コン太と言う童話の挿絵が立花にそっくりだったらしい。


「それからコン太って呼ばれたり、子狐って呼ばれるようになって……」

「知りませんでした」

 棗が驚いていう。

「知ってる人ほとんどいないから」


「そうか。別に感じが悪いから言われてる訳ではないんだな?」

 父は聞きにくそうな事を平気で聞くが、立花も平気で答える。

「さあ? 本人なのでよく分からりませんが……」

「蘇芳が感じ悪いと言っているのは何故なんだ?」

「それは……俺にもよくわかりません、蘇芳さんとは接点もないですし、ただ提出物を取りに行ったりしてるから、それでかもしれません」


「何故立花様が取りに行くんですか?」

 棗にも疑問だ。

「直接関係ないけど、最後にまとまって来るのか俺の所なんだ。一か所遅れると手間がかかるから……」

「なんて言って取りに行ってるんですか?」

「間に合いそうもないなら引き取りますよって」

「それが感じ悪いんですよ! もっと言い方考えて下さい!」

「そうか?」

 立花は指摘されて初めて気づいた様だ。


「それから今は謹慎中なんだろう?」

「はい……」

 父の次の質問には立花も気まずそうだ。


「あら、でもそれは立花君のせいじゃないでしょう? 何年か前に男の子がお姫様に襲われた事件があったじゃないですか、覚えてませんか?」

 棗の母がいう。

「ああ、あったな。押し倒されて頭を打って倒れたんだろう? あれは立花君だったのか?」

 そう言って父は立花をよく見る。困惑した様子の立花はよく見るととても綺麗な顔をしている。そして困って棗と見つめあっている姿が可愛いらしい。


 棗の家族は嫁いで来た当初は可憐だった母以外可愛い物に対する耐性がない。姉など先程から一言も喋らずに立花に見惚れている。


「今回も絡まれたんでしょう? 可哀想にねぇ」

 母は普通に接している。

「いえ、あの、それは……」

「ああ、いいのよ気にしなくて。公式発表なんて誰も信じてないんだから」

「そうなんですか?」

「だって桐生様の従者だったのに無理に頼まれたんでしょう?」

「はい……」


「なるほど、立花君は危なっかしいなぁ」

 ようやく衝撃から立ち直った父がいう。

「すみません」

「少しうちで鍛えていくか?」

「いえ、それは……」

 立花は怯えた様子だ。


「あの、やはり俺みたいな者ではお嬢さんとの結婚は認めて頂けないのでしょうか?」

 立花が恐る恐る聞く。俺に勝たねば娘はやらん! などと言われたら速攻で諦めるつもりだ。

「いやいや、そんな事はない。それに関しては礼を言いたいぐらいだ。私は娘達に関してはなんの心配もいていないが、唯一気がかりだったのが結婚相手の事だ。うちの家風で武芸を身につけさせたが、ここまで行くと嫌がる男も多くてな。姉は門下生で相手が見つかったからいいのだが、棗は門下生を嫌がるから困っていたのだ」


「強いと嫌なんですか?」

「そうだな、特に領主筋は色々気にするからな。だが君は関係なさそうだな」

「そう、ですね……俺より強い女性はいっぱいいますし、頼もしいと思います。ありがとうございます」

「うん。うちの娘は頼りになるからな。棗、立花君を守ってやるんだぞ?」


 父にそう言われた棗は戸惑った様だが、しぶしぶ返事をする。

「分かりました、拳紋宗家の威信にかけてお守りします……」

 普通逆じゃないの? と言いたげな棗の様子に立花が必死に笑いを堪えている。

「笑っていいですから……」

 そう言われて笑い出す立花を見て一家は立花の笑いのツボが棗らしいと納得した。


 そして不満そうにしていた棗は思い出したように父に小さなプレゼントを渡す。

「立花様のお兄さんからです」

「立花君にはお兄さんがいるのか、一度会いに行かないとだな」

「いえ、兄は病気なので滅多に人前に出ませんから……」

「そうなのか? それは大変だなあ」

 いいながら包みを開いた父は、立花相手になんとか取り繕っていた相貌を崩す。


 出てきたのは手のひらサイズの狐のぬいぐるみだ。姉も横で可愛いとつぶやいている。


「父さん、それのお腹押してみて下さい」

 棗に言われた父はかなり慎重にぬいぐるみを押す。

 するとぬいぐるみが動き出し、寝起きのアクションのあと喋り出す。


「おはようございます、マスター。僕はコンちゃんです」

「おお!」

 父はたいそう喜んでいる。


「なんか辞書みたいな機能が付いているのでなんでも聞くといいみたいです」

 棗が尾花の言葉を伝える。

「そうか、では立花君のお兄さんはどんな人だい?」


「はい、立花の兄は尾花です。尾花は繁屋しげやの社長です。立花を目に入れても痛くない程可愛がっています。尾花は立花に何かあったら容赦しないと言っています」


「繁屋の社長……」

 これには父も驚いた様子だった。

「え〜怖い……」

 姉は少し怯えた様子だ。


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