歌姫の詠嘆曲《アリア》
その夜二人はドレスアップしてウエイトレスに勧められた店に来ていた。薄暗い雰囲気重視の照明に落ち着いた店内のここは歌を聞きながら食事ができるらしい。
ようやく機嫌の治った立花は棗をエスコートしてくれる。
「こういうところ来るんですか?」
「あーたまに派手な人に連れて行かれるんですよね」
「へぇ?」
派手な人とは桐生の事だろう。何だか怪しい。
そして運ばれてきた料理を食べていると、ステージに女性歌手とバンドが現れる。
「あれ? あの女の人、お、お兄様に似てませんか?」
棗がお兄様と言うのは立花の兄の事だろう。棗は自分の兄に様はつけない。
「そうか? まあ確かに不気味な感じするな」
「不気味って……まあ否定はしませんけど」
棗は改めてステージの歌手を見る。小柄で華奢、艶やかな髪に白い肌。顔立ちは立花に少し似て端整。そして佇まいは浮世離れして不気味だ。
しかし歌い始めた歌声は天から降り注ぐように繊細で美しい。
「そういえば、お母様ってどんな方なんですか?」
「うーん、あんまり知らなんですよね。俺五歳で家出て、十三ぐらいで一度家に戻ったんですけど、そん時にはもう両親居なかったんで」
「亡くなられたんですか?」
「知らない。ただもういないって言われて、それ以上聞かなかったから」
「どうして?」
「えーと、」
立花は何かを思い出すように遠い目をする。
沈黙を埋めるように、歌姫のアリアが食事を邪魔しない演出とボリュームで店内を満たしている。
「多分なんだけど、俺の父親って兄さんと違うんだよね」
「えっ?」
立花が無感情にいうので棗は一瞬意味が分からなかった。
「うちは古い商家で母は一人娘で、父親は婿養子だったんだって、それで産まれたのが兄さんで、遺伝病があっただろ?」
「はい、陽光過敏症ですよね?」
「そう。それが母には気に入らないかったらしくて、他の男の子供を産んだんだって、それが俺」
「えっ? 誰がそんなこと言ったんですか?」
「使用人かな? なんか人いっぱい居てさ、でも俺無視されてたから話してくれたのは兄さんと母と、後は新人のメイドぐらいで、だから誰かが話してるの聞いたんだと思う」
「ひどい……」
「ん〜それは別に良かったんだけど、母がなんかヒステリックで気分のムラがあって、怖かった気がする。顔覚えてないけど」
「そう、ですか。じゃあ、もしかして、あの人お母様だったりして」
棗は冗談交じりにステージの歌姫を見ていう。
「でもあの人四十代前半ぐらいだろ?」
「多分」
自分と年の離れた年代がよくわからない二人は半信半疑だ。
「だったら若すぎるよ」
「なんでですか?」
「だって兄さんは今三十だから、」
「えっ! 三十才? うそ! じゃあ二人は十才離れてるんですか?」
棗は尾花を思い出して驚く。顔だけなら立花よりも若く見えるくらいだからだ。
「そうだけど……なんで?」
「だって! 見えない……せいぜい五才ぐらい年上なのかと思ってました……」
「兄さん外出ないからな〜」
「外出ないと若いとか意味わかりませんけど?」
「そうか?」
結局尾花の若さの秘訣は分からないまま。二人は店を出て温泉に戻る。




