8 心配
兄への疲れる挨拶を終えた立花達は領主の詰め所へ来ていた。雨が嫌いなロブが先に訓練所に行ってしまうと、訓練士の若い男が顔を出す。
「リッカさん、今日も来てくれたんですね!」
「ごめん。今日はここに用があっただけなんだ。しばらくロブの事頼むな」
「はい!」
何故か嬉しそうな青年は立花の後ろの棗を見て首を傾げる。立花と違って可愛くはない。
「ああ、えっと……俺の奥さん」
「え! 結婚してたんですか?」
「いや、これから」
「ああ、いいとこの女なんですね〜流石」
青年は上手くやりましたね、というような顔をしている。
「雨なのに大変だな。風邪引くなよ」
「はい。ありがとうございます」
青年と分かれた二人は建物に入る。
「こんにちは、今日誰がいます?」
立花がこの間と同じ受付の人に話しかける。
「お〜リッカ君。今日は鬱金様がいるよ〜」
「ありがとうございます」
礼を言って二階に上がる。
「誰も立花様って気づいてませんよ」
棗が小声で言うと立花は複雑そうな顔をした。
立花はノックの後、扉を少しだけ開けて中の様子を伺う。
「今忙しい?」
「大丈夫ですよ、何かありましたか?」
棗を連れて中に入った立花にごくごく普通のおじさんが言う。
「こちらは蘇芳さんの妹の棗さんで、ええっと……俺、この人と結婚しようと思って」
「フツツカモノですが、よろしくお願いします……」
棗は言い慣れない台詞を頑張っていう。
「立花様が結婚……!」
「うん」
部屋にいた何人かの大人達に衝撃が走るが立花はすぐに鬱金に意識を移す。
「なあ鬱金、結婚って何すればいいんだ?」
鬱金は立花の結婚発言にも動じない。ただ棗を見て微笑んでくれた。
「そうですね、まずは奥さんの実家にご挨拶に行って……あとは招待状を出して結婚式をすればそれでいいのでは?」
「それだけ?」
「これだけが大変なんですよ」
「ふーん。だって、棗」
立花は棗に向かっていう。
「それは棗も何となく知ってました」
「招待状って誰に出せばいいんだ?」
立花は再び鬱金に尋ねる。
「立花様は領主ですから、報告のつもりで出しておけばいいと思います」
「……そうすると多くないか?」
「立花様、招待状出しておけばそれで済むんですよ。棗が破談の話を何回したと思いますか?」
棗が口を尖らせて言う。
「ああ、そういう事。じゃあ……誰かやって」
立花が周りを見て言う。後で聞いた話では、ここにいたのは立花が子供の頃からお世話になってきた人達らしい。
「立花様のお友達はどうするんですか?」
「海棠と、清白でいいよ。棗のは分からないから伝えといて」
「立花様その前に、棗さんのご両親に結婚してもいいですよーって言ってもらわないとですよ」
大人達の一人がいう。
「ああ、それな。自信ないな〜。どうしよう棗?」
「普通で大丈夫です!」
「いや、立花様の普通は使っちゃダメです。ここは誠意で」
最初に話したおじさんが慌てていう。
「それ俺が一番苦手なやつ……諦めようか?」
立花は困った様子だ。
「せめて当たってから砕けてください……」
棗も困った様子でいう。
「う〜分かった、行くだけ行ってみる。でも普通に行けないよな?」
「そうですねぇ〜立花様は一応行方不明ですから」
「ああ、それなんで? 俺知らないんだけど?」
「色々事情がありまして」
大人達は不自然な笑顔で答える。
「ふーん、まあそれなら上で行くか」
「立花様が一人で行ってもしょうがないんですよ? 棗さん連れて行かないと」
鬱金も指摘する。
「棗なら大丈夫だろ?」
「うーん、そうですね〜」
「ちょっと待ってください! なんですか上って! 不吉な予感がします!」
棗の疑問は笑い飛ばされた。
棗がここに来る時に使った正規ルートは安全を第一に考えて作られたものだ。しかし今回は空を飛んでいくらしく、万が一の為に棗もルートを覚えさせられた。
棗の実家はここから首都に向かう途中の内陸の小さな盆地にある。三つの街を経由して、最短で五日間。今は雨季なので天候によってはかなりの時間がかかるらしい。
そしてほとんどの移動は安全圏の外側の砂漠と森だ。ルートは猟師道と呼ばれる物でできるだけ避けるとは言え蟲にもかなりの確率で遭遇するらしい。棗は今まで一度も蟲を見た事がないのでかなり不安だった。




