6 よかった
翌日棗は立花の愛犬を探していた。鬱金は立花の居場所は教えてくれなかったが、ロブの居場所は教えてくれた。ロブへのお土産を買い込み、鬱金に教えられた場所に向かう。
その場所は昨日棗が歩き回った街中とは違い、住宅街だった。立派な領主館を開放して警備の詰め所で仕事をしている立花にはこちらの方が近くて合理的だろう。むしろどこが隠れているのかと思うほどだ。しかし同じような石造の建物が並び、どの家か分からない。
ウロウロと歩き回っていると少し先の門の下から黒い犬が顔を出す。ロブは黒い短毛種の大型犬で片目を怪我しているので見分けるのは簡単だ。
「ロブちゃん……?」
棗が近くで聞くとロブは軽く鳴いて答える。
「お土産があるんだけど、入れてもらえるかな?」
言いながら勧められた犬用の餌を見せる。何かの骨に似せて作った硬いおやつだ。それを見たロブは急いで顔を引っ込めると門の内側で動いている。
そして門が開いた。開けられるんですねと棗は感心し、ロブの気が変わる前の中に入り、門を閉める。
今日のロブはいつもよりも犬っぽかった。普段はロブにとっても仕事中なのだろう。軍用犬としてきちっと躾けられた振る舞いと違ってご機嫌だ。
悪戯するように棗からおやつを奪うと、建物の裏の方に走っていく。慌てて追いかけて行くと裏口の近くの木陰に穴が掘ってあり、ロブは穴から顔を出しておやつを食べている。
「ロブちゃん……立花様に会いたいんだけど?」
それからロブは一本目のおやつを食べ終わると残りを別の穴に埋めてからその場所を隠すように伏せをして、何回か吠える。
すると室内で人の気配がして裏口の扉が開く——。
棗が固唾を飲んで見守っているとロブを呼ぶ少し高めの立花の声が聞こえるが、少し扉を開けただけで姿は見えない。
棗がじれったくて泣きそうになっていると、ロブがもう一度鳴いた。
「どうしたロブ?」
言いながら立花が顔を出す。
身長も顔立ちも小ぶりだがバランスがよく端正でよく見ると大変綺麗な立花の顔は棗を見つけて驚いている。そして短かった髪が耳を隠すほど伸びて幼さと愛らしさが増している。
「な…つめさん……?どうした……?」
立花に名前を呼ばれた瞬間、視界が滲む。
ワンピースに武器を携えて勝手に敷地内に入って泣いている女。完璧に不審者だ。
「中、入る……?」
それでも立花は戸惑いながら優しい声で言ってくれる。
頷いて裏口から中に入れて貰った棗の荷物を立花が預かってくれるが、重量に少し驚いた様子だ。
「座って? ……今お茶入れるから」
立花は棗の様子を伺いながらソファを勧める。
お茶を入れる時間で少し冷静になった立花は棗にお茶を出すとソファの端に腰掛けて会話の糸口を探している様子だが、棗はその間もずっと泣いている。
そして待ちきれなくなった棗は絞り出すように言う。
「立花様は……大バカです!!」
「ごめんなさい……」
立花は絶対に棗が何故怒っているのか分かっていない。それが悔しくてまた泣けてくる。
すると立花がゆっくりと棗に手を伸ばしてくるが、今は触られたくなかった棗は身を捩ってその手を避け、立花を睨みつける。堪えきれずに瞬きすると、溜まっていた涙が零れ落ちる。
その様を唖然として見つめていた立花は深い溜息をつく。泣きながら睨まれたのは初めてで、負けたと思った。
「俺が悪かった。謝るから、お願いだから泣かないで……」
立花は切なそうな顔と声で言う。
「何で、怒ってるか、分かってるんですか?」
棗は涙声だ。
「心配掛けたんだろ? 本当にゴメン」
立花の声は普段より低めで掠れている。
「悪いと思ってますか?」
「うん。思ってる」
「もうあんな事しないですか?」
「……しない」
立花は少し考えてから答える。
「棗に泣いて欲しくないから、しない」
「じゃあ許してあげます……」
「ありがと」
ふんわりと立花が微笑むので見つめ合ったまま、棗が思わず手を伸ばすと立花は棗を抱き締めてくれる。
そして立花は棗が大人しく自分の腕の中に収まってくれた事に安心する。人に触れるのにこんなに緊張したのは初めてかも知れないと思う程さっきのがショックだったらしい。
「立花様は、自分の事、なんだと思ってるんですか?」
「どういうこと?」
「悲劇の主人公の、つもりですか?」
「いや、そんなつもりはないけど……」
「じゃあ何で、断らないんですか?」
「それは……理由がないから……」
「嫌なら嫌でいいじゃないですかぁ」
「どうでもいいんだよね、自分のこと。だから」
「そんなんだからみんなに心配掛けて辛い思いさせるんです! 一ノ方様も海棠様も可哀想じゃないですか! 全部立花様の所為ですからね!」
棗が立花の顔を見て言うと、立花は悲しそうな顔をする。見ている方の胸が引き絞られる様な顔だ。
「うん……嫌な事させたね……」
「そんな顔するのは卑怯です……」
「棗も泣くのは卑怯だよ」
見つめ合ったまま、立花が棗の涙を拭う。
「だって止まらない……」
言いながら目を伏せていた棗が、もう一度立花を見ると、立花は甘く痺れる様な眼差しで見つめてくる。
「立花さま?」
「ゴメン、嫌なら逃げて……」
立花は囁く様な声で言うと棗の顔に唇を寄せる。
「いやじゃ……ないです……」
棗の言葉にクスリと笑った立花は軽く触れるだけのキスをする。
ゆっくりと離れていく立花の顔を真っ赤になって棗が見つめていると、立花はもう少し強引に唇を重ねてきた。




