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5 無自覚

 棗は鬱金家に向かい、門の前でメイドと話をしていた。

「ご用件は?」

「……あの、私武者修行で、それで鬱金様に、お手合わせを……」

 何も考えていなかった棗はとっさに適当な嘘をつく。

「はぁ……貴女がですか?」

「はい……」

 棗をまじまじと観察したメイドは判断できなかったのだろう。とりあえず招き入れてくれた。


「男性はたまに来るのですが、女性は初めてで……でも基本的に暇なら相手をされてますから……ただ今は出かけていて……」

 メイドは客間まで案内しがてら話してくれる。

「旦那様に伝えておきますので、お名前は?」

「え〜ショウリンの棗と申します……」

「ショウ……リン」

 流石鬱金の家のメイドだけあって気付いたらしい。

「奥様を呼んで参りましょう」

 にこやかに去っていった。


 しばらくすると知性の香る大人美人が現れた。


「初めまして、鬱金の妻です。貴女は立花様のお友達の棗さんですか?」

「はい……その棗です」

「ショウリンの方だったなんて驚きました。主人からお二人の話は聞いてましたよ。確かご婚約なさったとか……」

「はい、でも破談になりまして……」

「それは、何があったんですか?」


 棗はうんざりする程破談の話をして笑われてきたので気が重いが、鬱金と手合わせするよりはマシだ。


「なんというか……立花様が居なくなって城の業務が滞っているみたいで、相手も忙しくて一回しか会えませんで……しかもその、派閥がですね……」

「ああ、立花様の苦手な人の関係だったんですね?」

「はい……それでずっと話が進まなくて、そしたら一ノ方様に城に呼ばれて、この話をしたらその場で破談にされまして……」

「棗さんはそれで良かったの?」

「はい……別に、ただですね、好きだった訳でもないのですが、待たされた立場からしますと、勝手にフラれたような気がして……」

「ああ、一方的に言い寄られて気を持たされた挙句にフラれた感じなのね。気の毒に……」


 鬱金の奥さんは笑わずに聞いてくれて同情してくれた。一方的に言い寄られた経験がないので例えがいまいちわからなかったが。


「で、何故武者修行に?」

「それは……」

 そして武者修行の話をするとやはり笑われた。


「そんなに面白いですか?」

「だって、拳紋って言ったら大陸一の流派でしょう? 棗ちゃんは知らないのかもしれないけど、その武器に付いてる紋だけで仕事には困らないの。それを貴女みたいな可愛らしいお嬢さんが持ってて、しかも恥ずかしがってるなんて。価値が分かってなさすぎて面白いのに、しかもそれが宗家のお嬢さんなんて……」


 鬱金の妻は祈るようなポーズで笑いを噛みしめている。普通に笑ってくれていいと思った。




   ▽▲▽




 鬱金が狩りから帰宅すると、何故が家が賑やかだった。


「旦那様……どうなさったんですか?」

「ああ、転んだ」

「転んだぐらいでどうしたらそんなに怪我するんでしょう……奥様を呼んで参ります」

 出迎えにきたメイドが呆れて去っていく。


 鬱金は狩りの最中に脚をとられて転び、飛蝗バッタ型の蟲の後脚で蹴り飛ばせれて全身打撲と擦り傷でボロボロだ。メイドは妻を待ってほしい様だが、鬱金は無視してシャワーを浴びにいき、出てきたところを妻に捕まった。


「棗さんが来てるのか?」

「あんまり驚かないんですね? 婚約されてたのに」

 妻は傷をぞんざいに消毒しながらいう。


「そう言えばそうだったな。婚約はどうしたんだ?」

「破談になってしまったんですって」

「そうか」

「! 他になんかないんですか? 何でそうかで終わるんですか?」

「いや、棗さんは立花様のことがあったから……なぁ?」

「こうなるのが分かってたんですか?」

「そんな気はしていた」

「なるほどぉ。だから皆さん笑うんですね」

「なんだそれ?」

「棗ちゃんが破談の話をする度に笑われるっていうから」

 いつの間に妻は棗ちゃんと呼ぶ程仲良くなったのだろうと不思議になる。


「それは確かに面白いわ、自分で気づいてないのね、それで勝手にフラれたとか言ってたら笑われるわ」

 鬱金が疑問の表情を浮かべると妻が解説してくれた。武者修行の話は確かに面白かった。拳紋は軍人の間では一般教養だ。ちなみに鬱金でも位はない。それほど拳紋の三科目制覇は難しく、逆に言うと実戦ではあまり意味がない。



 そして人前に出れる格好で客間に行くと棗がいた。

「棗さん。お元気そうで何よりです」

「鬱金様……」

 棗は何故か涙ぐんでいる。


「お手合せなんですが、怪我があるので今度でいいですか?」

「いえ、あれは、口実なので結構です」

「そうですか、残念です。昇段なさる様な方とやってみたかったのに」

「それなら兄が印可を持っているので存分に打ちのめして下さい」

 棗は兄にはいつも厳しい。


「分かりました。それで立花様のことでしたら残念ですがお教えできません」

 鬱金の言葉に棗は泣き出しそうな顔をする。

「探し方だけでも教えて頂けませんか?」

「棗さんはどうして立花様に会いたいんですか? お役目だからですか?」

「それもありますが、心配ですし……あとは」

 棗は少し考えるん様子を見せると厳しい表情をする。


「あとは文句を言いたいです!」

 棗の表情は真剣だ。

「文句ですか?」

「はい。立花様が悲劇の主人公を気取ってる所為でみんな悲しい思いをしてます。鬱金様だって見てるの嫌だったでしょう?」

「そうですね」

「海棠様も俺の代わりに殴ってって言ってましたし、一ノ方様もお辛そうでした……」

 棗もとても辛そうな顔をする。


 鬱金はその時戦神の相手をしていたので立花の事を見てはいなかった。

 騒ぎの責任と言われているが、一ノ方と海棠が早い段階で助けに入ったので実はそんな大きな騒ぎにはなっていない。

 美しい物には非常に煩い戦神いくさがみが悪くないと言うほどの噴水ショーにほとんどの人は目を奪われていた。どちらかといえば立花も海棠も居ないと知った後の方が騒ぎになっていたぐらいだ。特に海棠は女性だけでなく憧れの海棠と話がしたかったらしい男達もうるさかった。


「でも一番簡単な方法だったみたいですよ?」

 鬱金は試しに棗に聞いてみる。

「気持ちは簡単じゃないです! 誰も喜んでません!」

「でも立花様は慣れてるみたいですよ?」

「あんな事慣れちゃダメです! じゃないといつか誰かの為に死んでしまいます……」

「そうですねぇ」

 確かに立花の自己犠牲はいつか命に関わりそうだ。


「文句言ったら立花様は変わりますかね?」

「立花様は分かってないので教えてあげないと……」

「何をですか?」

「みんな立花様の事心配してて、大事に思ってるって」

「棗さんはどうなんですか?」

「心配してます……」

 棗はしょんぼりしている。

 こんなお嬢さんに一人で迎えに来させるなんて立花はいいご身分だ。しかも立花は全く別の心配をしていた。棗がかわいそうな人を放っておけない性格なのは間違いないがそんな人が立花を心配をしないわけがない。


「分かりました。それならいいでしょう」

「本当ですか?」

「でも立花様の場所、は、お教え出来ません」

 鬱金の言葉の意味が分かったらしい棗はとても嬉しそうに微笑んだ。


 これで何故自覚がないのか不思議だ。

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