4 観光気分
二度と道着なんて着ないと心に誓った棗は可愛らしい私服に着替えて街を歩くが、どう見ても武器が邪魔だ。すれ違う人に笑われているような気がして居た堪れない。
「帰りたい……」
棗が人を避けるようにして街を歩いていると端末が震える。
「はい……」
『今どこにいるの? 迎えにいかせるけど?』
「尾花さまぁ〜」
通信の相手は棗の最強のお友達、立花の兄だった。そして気付く。
「棗迷子です〜ぅうぅ」
『泣いてんの?』
尾花は呆れた様子だった。
ここの尾花の家もパウロニアと全く同じ内装だった。
着いて早々に棗が泣きながら愚痴っているのに尾花は先程から爆笑している。笑っている所を初めて見たが、尾花は引き笑いらしく笑いすぎで苦しそうだ。華奢な立花を病弱にしたような容姿の尾花が苦しんでいると心配になる。
「酷いです〜〜何で、何で笑うんですかぁ〜」
「ちょっと、少し黙って、腹痛い、死ぬ、苦しい」
しばらくしてようやく落ち着いた尾花だったが、話より棗の荷物に興味津々だ。
「これは何?」
「籠手……」
「これは?」
「肘当て……」
「面白い……!」
尾花は瞳を輝かせている。繁屋の次の新作端末はナックルガードになっているかもしれない。
「尾花様、棗の話聞いてましたか?」
「聞いてたから笑った。面白いと思った」
「何の感想文ですか! 酷いと思いませんか?」
「何が?」
「破談になったのに誰も慰めてくれないんですよ?……」
「いや、だから面白いと思ったって。君すごいよね〜どんな話も面白いよ。しかも武者修行って何? 何時代の話だよ」
尾花は思い出してまた笑い始める。
「棗だって恥ずかしいんですよ! 目立つなって言われたりしなければやりませんでした!」
「かえって目立つでしょそれ……」
「でも、棗だとは思わないでしょう?」
「確かに、ただの変な女だね」
「ウチでは普通なんです」
「変なウチ……」
「尾花様はデリカシーが無さ過ぎます。思ってても言っちゃダメです」
「でも思ってるんだろ?」
「…………」
棗が無言で睨むと尾花は視線をそらす。
「まぁ、君も色々大変だったのは分かった」
「尾花様〜」
棗はようやく慰めて貰えた喜びで尾花に手を伸ばすが、ぞんざいに払われる。
「でも立花の居場所も連絡先も教えないよ」
「どぉしてですか?」
「立花に誰にも教えないでくれって頼まれたから!」
「棗はお友達ですよね? お友達にも教えてくれないんですか?」
「だって勝手に教えたら嫌われちゃうかも……」
「だから今さ」
「何?」
尾花はとても怖い顔で笑っている。
その日は尾花の広い家に泊めてもらった棗は翌日、家令の老紳士に送ってもらい領主の館を訪れていた。棗が街に来て最初に目を奪われた洋館だ。しかし、入口には長蛇の列が出来ている。
「えっ! あんなに混んでるんですか?」
「棗様。あそこは今、会館として使われていまして、領主様は奥でございます」
老紳士が丁寧に指し示す先には遊び心のない建物があった。
「元は警備の詰め所だったそうですが、立花様があれぐらいが使いやすいと仰いまして」
「左様でございましたか……」
老紳士の完璧な説明に礼を言って別れると棗は受付に向かった。
さて、何と言おう? 立花の名前は出すだけ無駄だ。
「すみません。鬱金様にお会いしたいのですが、どうすればいいですか?」
立花以外に棗の知り合いでここで教えてもらえそうな鬱金の名前を出すと受付の若い男は面倒そうな顔をする。
「約束はありますか?」
「いえ、ないです」
「だったら広場で聞けばいいと思いますよ」
「ありがとうございます……」
何故広場なのだろうと棗は思ったが言われるままに広場に向かった。
広場にはお店はないが、様々な受付が簡単なブースを作って並んでいる。
「すみません。鬱金にお会いするにはどうしたらいいですか?」
適当に人に聞くとああ、と言って一つのブースを教えてくれた。こんな所にいるの? と棗が驚きながらブースに近づくとそこには『英雄探訪ツアー』と書かれている。
「あの〜」
「いらっしゃいお嬢さん。ごめんね〜午前は埋まっちゃったから、午後の回でいいかな?」
「はい。お願いします……」
「ありがとうございま〜す」
威勢と調子のいい男に促されるままにブースに入ると街の地図に鬱金所縁の場所が示されている。そこを中型の移動機で見て回る集団ツアーらしい。戦争の英雄、恐るべし。他には隠し撮りっぽい鬱金の写真などのグッズが申し訳程度に並んでいる。
呆れたような気持ちで商品を眺めていると見たことのあるヌイグルミがあった。パウロニアでも売られていたもので、本当は欲しかったのだが買ったら色々言われそうで躊躇していたものだ。今は一人、棗を知る人は誰も居ない……。
棗は受付で申込みと会計を済ませると袋からヌイグルミを取り出した。手の平サイズのそれは、愛らしいコギツネのヌイグルミでお腹を押すと『うこぉ〜ん』と鳴く。
とっても可愛い……。調子に乗って何回も押していると『やめろ』と鳴き声が変わる、可愛い。
誰かにあげようと五個も買った棗は他のブースも見て回ることにした。もう背中の武器も気にならない。すっかり観光気分だ。
他のブースも様々なツアーの様だが、交易都市らしく商売に纏わるものが多かった。その中で棗は風見研究所の場所を発見し、近かったので歩いていくことにした。
木造の家を見慣れてる棗には石造の街並みは見ているだけで幸せな気分になる。お店も商品も統一感があってパウロニアの雑多な感じとは大違いだ。街というのは領主の違いでこんなにも変わるものかと思い、実家のそれっぽい店の並ぶ街を思い出して納得した。
最初はとても楽しかったのだが、周りは楽しそうに話しながら歩いてる人ばかりで、話し相手のいない棗は物足りなくなり武器も気になってくる。手の中のヌイグルミを鳴かせていると研究所が見えてきた。パウロニアにあった物よりも明らかに大きい。近づくことを拒絶する様な立派さだ。こんな所に武器を持った怪しい女が近づいて叩き出されないだろうか? 棗が不安と戦っていると丁度建物に入っていく人がいた。
「すみません」
「なんでしょう?」
「あの、清白さんにお会いするにはどうすればいいでしょうか?」
「所長ですか? 何方か紹介がないと無理ですね……」
気難しそうな男は明らかに警戒している。
「そうですか、ありがとうございます」
紹介が必要な研究所の所長に立花の行方を聞きに行くのは不毛だろう。正直一番教えてくれそうだっただけにがっかりした。棗はパウロニアではすごい人と簡単に会っていたのだと改めて驚く。
その後、昼食を済ませた棗は一路、英雄探訪ツアーへと向かう。
大きな窓のついた移動機はほぼ満席で、男女比は半々。鬱金の人気が窺える。
途中の川や山で鬱金の狩りのエピソードをガイドが話しながら進み、ハイライトは鬱金の家だ。鬱金の家は敷地が広く、病院が併設してる。なんでも奥さんが医者らしい。
「二十三歳の頃大怪我をした鬱金様はここにあった病院にしばらく入院する事になりました。そこで出会ったのが今の奥さま。外科医で大勢の軍人を手際よく治療していく奥さんに一目惚れした鬱金様は何とか口説き落として結婚されたそうですよ」
ガイドの話しに合わせて若い頃の鬱金の画像が表示されると女性客がうっとりとため息をつく。しかし棗は今の方が渋くていいと思う。
鬱金の家の前で移動機を降り、直接向かうのが気まずかった棗は病院に向かった。
病院では義足や義手の子供達が走り回り、顔色の悪い大人がそれを見守っている。今では魔法の薬と呼ばれるほどの治療薬があるので外傷はあまり問題にならないが四肢の欠損や病気は別だ。棗は先程買ったヌイグルミをいくつか子供達にプレゼントしたが彼らは棗の背中の武器に興味津々だった。




