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武者修行

 数日後パウロニアの道場で印を獲得した棗は道着姿で背中に拳紋を背負い、一m程の武器を携えて地下のプラットホームにいた。そこは街を出る為の大きな荷物の人々で混雑しているが棗の周りだけは人が居ない。


「はっ恥ずかしいぃ〜」

 声に出さずにもだえていると搭乗が始まる。棗はそそくさと寝台になっている席に着く。立花の領地までは丸一日かかる。まだ日が高い為、最初は普通にしていてもいいのだがこんな恥ずかしい格好で衆目に晒されるが嫌で目隠しのカーテンを早々に閉めたので、する事もなく暇だった。


 眠る事も出来ずにぼんやりしていると、海棠との会話が思い出される。

 棗が何故立花は三ノ方の事を知っていて断らなかったのかと聞いた時の事だ。


「可哀想なんだと、あのババアの事が」

「可哀想……?」

「何か城での最初の人間関係に失敗したから、ああなったんじゃないかって。んで立花は自分なら何とかできたんじゃないかって思ってんだよ。アホだろ?」

「お人好しですね」

「あいつ妙な所で責任感強いからさ、人の気も知らないで」

 海棠は吐き棄てる様に言う。


「見てる方は辛いですね」

「そうなんだよ、あいつ今だに自分の事は忘れていいとか俺に言うんだけど、どう思う? おかしいだろ?」

「忘れていい……ですか?」

「そう。自分と関わらなければ俺がもっと色々出来ると思ってんだよ。んな訳ないっての」

「ごめんなさい。私も少し前はそう思ってました……」

「なんで?」

「海棠様は訓練が異常に厳しい以外に悪い話聞かないし、立花様は評判良くないから色々(かば)ってるのかなって」

「俺庇った事なんてないけど?」

「それは今ならなんとなく分かります」


 海棠は落ち込んでいる可愛い立花を思いっきり甘やかすのが好きらしい。逆に調子に乗っている可愛くない立花は嬉々として痛ぶるというのは見ていて分かった。まるでDV夫の様で、こういう人に気に入られなくてよかったと思っている事は秘密だ。


「何で棗さんに分かってあいつには分からないんだろ? しかも俺が他の人と居ると近づいて来ないし。被害妄想激し過ぎだろ」

「海棠様は立花様に怒ってるんですか?」

「他に方法があったかもしれないのにわざわざ犠牲になりに行く? 悲劇の主人公気取りかっつーの。あ〜イライラする……あいつに会ったら俺の代わりに殴っといて」

 海棠はそんな捨台詞を残して帰って行った。


 悲劇の主人公気取りと言うのは棗も少し思っていた。普通、婚約が破談になるというのは中々の不幸な出来事ではないだろうか? それなのに一ノ方は積極的に破談にするし、兄はへー、海棠にも、ふーんで終わらさられるって少し扱いが雑すぎはしないだろうか? 確かに主役級の不幸と比べれば棗など物語の冒頭で切られる敵キャラのレベルだろう。しかし棗レベルの不幸にも物語はあるのだ。




  ▽▲▽




 棗の婚約者は兄や棗と子供の頃修行仲間だった。筋肉バカが多い中で彼は知的でいいなぁと棗が子供心に思っていた相手である。だから両親が棗の事を考えて婚約者を選んでくれた事は間違いない。棗も数年ぶりに会うので少し楽しみにしていた。しかし記憶とは美化される物で、大人になるという事は色々な人に会うということだった。


 婚約者は子供の頃の面影を残したまま平均的な容姿に育っていた。そしてどうやら彼は自分がかなりのインテリだと自負しているようだった。しかし棗からみれば特別ではない。おそらく彼は普通の人の知能を幼少期の脳筋共で測ってしまっているのだろう。立花が子供の頃に将来の研究者達を見て自分は頭がいい方ではないと思い込んでしまったのと同じ様に。

 特別出来がいいわけでもないのにインテリを鼻にかけている男と、かなり出来のいい自分を普通だと思い込んで他人にこんな事も出来ないの? と言ってしまう男、どちらも感じ悪い。

 しかし大した事のない自慢話を聞かされるのは苦痛だった。


 しかも棗は城で話術師エンターテイナーの桐生やモテ男の海棠、無闇に可愛い立花、その副官で戦争の英雄にして渋さの塊の鬱金うこんといった国でも有数の異性に会っている。少なくとも彼らはつまらない自慢話などしなかった。

 そんな訳で棗の婚約者との再会は幻滅で始まり、そして二度目がないままに終わった。

 別に破談になったからといって何の感慨もないのだが、婚約が全く進まない数ヶ月、実家でうだうだと待っていた立場からすると告白してもいないのに勝手にフラれたような妙な屈辱を感じている。


 それなのに、誰も何も言ってくれない。なんか悲しい……。棗の一人旅はダッサい道着を親のかたきのように握りしめながら始まったのであった。





 そして次の日。立花の領地に棗やってきた。

 ここ交易都市アルピニアは元桐生の領地であり、別荘のような使われ方をしていた。何処に行くのも便利な交通の要所で人の往来が激しい為降り立ったプラットホームはかなり広く、入境ゲートの数も多い。


 棗は必死に無表情を作って、列に並び、腕の端末をゲートにかざして通り過ぎる。

 何事もなく地上に出ると、目の前には珍しい茶色い石造の大きな洋館があった。パウロニア城と比べるとどこか可愛らしい建物に目を奪われる。

 棗が立っているのは街の中心の広場で、そこから放射線状に道が延びている。商店が立ち並ぶ道と移動機が飛び交う道が分かれているようで、初めての棗は戸惑ってしまうが、入境ゲートを通った時に街のデータを渡されているので、端末には棗が求める情報が全て表示されていた。至る所に未来感の漂う街である。


 棗はさっさと着替えたいので道場に向かって歩き出す。


 数ブロック先の公園のような場所に道場はあった。棗は背筋を伸ばして気合を入れると道場の門をくぐる。


「たのもう、」

 恥ずかしがっていると余計に残念になるので感情を押し殺して決まり文句の口上をいう。

「我こそはショウリンの棗である。この道場の印を頂きに参った! お手合せ願いたい!」

 く〜恥ずかしぃ。早速精神に痛手を負った棗は涙目になっている。


「ショウリンの棗……?」

 周囲で聞いていた棗と同じ道着姿の門下生が驚いて集まってくる。

「もしかしてお嬢ですか!」

「ソウデス」

 棗の実家は何故かショウリンという変わった恥ずかしい名前の領地を持っている。由来など知りたくもない。棗が耐えていると師範らしき男が奥から現れて何か言っているが、話している余裕はない。棗はすでに短剣と空拳の印を持っている。最後は一番得意なこんだ。


「始めてもよろしいでしょうか?」

 棗は涙目だが殺気立ってれ込んでいるのが自分でも分かる。別に印を貰うのに勝つ必要はないが、一刻も早く帰る為に負ける気はない。


 その様子に応えて師範が構える。

 棗は礼をしてから棍を構え、合図の後数合打ち合う。師範は体格が良く力もあるので、長引くと棗が不利だ。

 しかし棗は打ち合う相手の力を使い器用に棍を回転させ、相手の喉元で寸止めする。兄も打ち負かしてきた棗の得意技だ。


「参りました」

「ありがとうございます」

 棗は素早く構えを解いて頭を下げる。

 すぐにでも帰りたかったがこの後感想戦という反省会があり、棗は試合と関係ない事まであれこれと聞かれ、結局昼過ぎまで道場にいるはめになった。


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