3 武者修行
立花が謹慎処分になってから数ヶ月後の雨期の真っ只中に、棗は同じ頃まで働いていたパウロニア城に呼び出されていた。
「——という訳で、貴女に立花を探しに行ってもらいたいの」
棗が侍女をしていたこの城の主、桐生の正妻の楓が深刻な口調で言う。
「……何故私が?」
「貴女は立花と仲が良かったでしょう? 他の者を使いに出しても会えないから……」
「海棠様に頼めばいいのでは?」
「あいつはダメよ……完全に怒ってるもの……大体ね、会えないというよりは、会わせてもらえないってのが本当の所なの。立花の関係者が何も教えてくれないのよ」
「それだけ怒ってるってことですか?」
「それもあるけど、立花が旦那の話しか聞かないって言ってるらしいの」
「でしたら、桐生様にお願いすれば……」
「それがねぇ……なんか旦那もみんなの要望がないとダメだとか言ってて、とにかく大変なの」
いろいろな集団の板挟みになっているらしい楓は深い深いため息をつく。
「棗も見たでしょう? 今酷いのよ、城中ギスギスしてて、みんなで立花を呼び戻そうとか言い出せる雰囲気じゃないのよ」
「はぁ……それで探してどうするんですか?」
「とりあえず、何処に居るのかと、すぐ連絡とれる方法が分かればそれでいいわ。私も頑張ってみんなをまとめるから、そしたらすぐに戻って来てもらいたいの」
「……何処に居るかも分からないんですか?」
「領地には居ると思うわ……」
「畏まりました……」
棗が不承不承言うと、楓は安心したように微笑む。
「良かった……。貴女も忙しい時なのにごめんなさいね?」
「全然忙しくないので、ダイジョウブデス……」
「そうなの? 婚約は進んでないの?」
「はい…… 一回しか会ってないです」
「相手誰だったかしら?」
棗が婚約者の名前を言うと楓は嫌な顔をした。相手が三ノ方の派閥の人だからだ。
「そいつダメな奴じゃない。破談にしましょう! 任せなさい!」
言うのと行動がほぼ同時な楓は早速、視線だけで控えていた侍女に指示を出す。棗もいずれは流れると分かっていた話なのでなにも言わなかった、しかし。
「やっぱりそうなんですね、立花様が焦らない方がいいとか言うのでおかしいと思ってたんです」
「へぇ? あのガキがそんなこと言ったの? 珍しい」
「はい……で、一つ気になってるんですが……、立花様はあんな事になるの分かってらっしゃったんですか?」
楓は棗の様子に目を泳がせる。
「まぁ、そうね。あの女がなんかするつもりなのは分かってたから……」
「酷い……」
「そうね……可哀想だったわ。立花が本当にあの女ダメなのがよく分かった……」
「何で止めなかったんですか?」
「色々思惑があってね、でも一番は立花が引き受けたからよ。嫌なら断ればいいのに」
「立花様が断る訳がないじゃないですか、最低です……」
棗と同じような呟きを楓は何回も聞いているらしく苦い顔をする。
「国を預かると言う事はこう言う事なの! とにかく、頼んだわよ!」
楓は感傷を振り払う様に厳しい口調で言った。
頼まれたはいいが、楓からの依頼の”出来るだけ目立たないように”というのが問題だった。通常、街間の移動は専用の大きな輸送機に乗って、地下を移動する。その際出発する前に目的地の入境許可を貰う。単に申告するだけなのだが、立花の領地に申告すると棗が行くことが事前に分かってしまう。棗はとりあえず他に相談する相手もいなかったので兄の蘇芳に話を持っていった。
「武者修行でも行くか?」
「はぁ?」
「いや、武者修行なら個人名いらないだろ?」
「そんなことしたら一人で行かないといけなくなるじゃない」
「え? ダメなのか?」
棗は信じられないという顔で兄を見る。
棗は領主の娘でそこそこの身分がある。一般人ならともかく、身分のある、それも女性の一人旅など常識では考えられない。現に家からここ迄の移動には護衛を伴っている。
「丁度いいと思うんだけどな〜だってお前、武者修行してないから昇段できないんだろ?」
「今更昇段しても……」
「いやぁ〜わかんないぞ? このまま行き遅れるなら段位有った方がいいだろ?」
棗の実家は百年近い歴史のある領主の家柄で初代から代々伝わる武術があり、紋章から”拳紋”などと呼ばれる。拳紋では門下生は級から始まり、段、目録、印可などの位を持つ。
昇段の際には武者修行と言って、三ヶ所の道場の印を貰うことが必須なのだが、棗はもうすぐ段位が貰える所で侍女に成ったため武者修行をしていない。
「行き遅れないもん……」
「でも丁度いいだろ? ここで貰って、立花の所で貰えばウチと合わせて三つだし、武者修行ならいろんな所に自由に行けるぞ?」
理屈は分かる。目的を隠すにはもってこいだ。しかし武者修行には専用の服装があるのだがそれが物凄くかっこ悪い。それが着たくないから昇段しなかったのだ。何が悲しくて背中にガッツポーズの拳のマークを背負って街を歩かねばならぬのか。
「まあ、俺にはこれくらいしか思いつかないから、準備しといてやる。出発までに他の方法がなければ武者修行に行け」
兄は一方的に話を終わらせてしまった。
兄が脳筋だということはとってもよく分かっている。むしろ実用的なアイディアが有っただけで上出来だ。棗だって他に相談出来る人が居たらそっちに聞いている。しかし恐ろしい事にパウロニアはたった数ヶ月で人材不足に陥っている。
なんでもパウロニアでは緊急性の高い案件は立花が対処していたらしい。
道に穴が空いたとか、インフラや安全圏の管理で問題が発生しても立花が居ないので応急処置しかしてもらえないらしい。それだけでなく物資の流通も不安定で、以前は有数の商業都市で所狭しと露店が並んでいたのに、今は確実に寂れている。
それが原因かは分からないが風見という、立花の持っている気象研究所も全く別の施設になっていたし、大陸最大手の通信網を持つ大企業の代表で立花の兄、尾花も引っ越していた。目端の利く商人の間では桐生が王に成った時のために王都に本店を、立花の領地に支店を作るのが流行りらしい。
パウロニアはすっかり終わった街の空気に包まれ、棗の相談相手も居なくなっていた。
「さみしい……」
棗はトボトボと雨の街を歩く。侍女ではないので城に泊まれず、城下のホテルに向かっていると会いたくない人に出会ってしまった。
「海棠様……」
「棗さん? なんでここにいんの?」
海棠はいつもの爽やかな様子が一切なく、声も低いし表情も固い。
「いやぁ〜え〜っと……」
「まさか立花絡み?」
誤魔化そうとしていたのに海棠に一瞬で見抜かれてしまった。
「はい……」
「棗さんまで引っ張り出したのか…… 一ノ方様も追い詰められてるな」
「海棠様は、私が立花様を探していたら、協力してくださいますか?」
幼馴染みの立花を溺愛している海棠が立花を守らなかった一ノ方の関係者の棗を助けてくれるはずがないのだか、それでも聞かずにはいられなかった。
海棠は面倒そうな顔をしたが、近くのお店で話を聞いてくれるらしい。
「そう言えば、俺と二人で大丈夫なの? 婚約者がいるんだろ?」
「それはもう破談になりました……」
楓はあの場ですぐに話を決めてしまっていた。
「へぇ〜そう……。で、立花を探してるんだっけ?」
「はい、何処にいるかと連絡手段を見つける様に言われました……」
「場所はあいつの領地だろ? 謹慎処分なんだし、外には行かないだろ?」
「では何故音信不通なのでしょう?」
「それは、”待て”を命令した人が”よし”って言わない限り表には出てこれないからだろ?」
「私が行っても無駄でしょうか……?」
「さぁ? 今までも棗さんは不可能を可能にしてきたから、俺には分からない」
「そうですか……。では、ご相談なのですが——」
棗が思い切って武者修行について相談すると難しい顔をしていた海棠が爆笑した。
「なんだそれ。棗さんやっぱスゲェよ……拳紋嫌で昇段しないとか信じられない……」
「海棠様なら行きますか?」
「そりゃあ昇段出来るならしたいよ。俺も一応は門下生だから、でも位貰うには三科目いるだろ? 俺は素手しかできないから無理なんだよ」
「海棠様も門下生なんですか?」
「そう。蘇芳さんが布教活動してるからね。ここの武官はほとんどそうだよ。それでも位が有る人なんて何人も居ないのに……」
海棠は肩を震わせている。
「……」
棗は複雑だ。
「絶対武者修行で行った方がいいよ。予想外過ぎて対処できないから……。後は何の用件で行くかも大事なんじゃない?」
「”待て”の解除以外なら会ってもらえますか?」
「まず立花に話が通してもらえるかが問題だけど、棗さんには最強のお友達がいるだろ?」
「分かりました。ありがとうございます。そうしてみます……」
気は進まないが海棠に言われると武者修行もいいような気がするから不思議だった。




