2 特別任務
暗めの話です。
雨期のスッキリしない天気の下でも安心して楽しめるようにガーデンパーティの会場は温室を利用して作られ、急遽用意した豪華な噴水の涼しげな音と管弦楽の音楽が軽やかに流れている。
その会場の入口で桐生は立花をはじめとした数人の部下とお出迎えをしていた。
「お前なんか顔色悪くね?」
「寝てないんで……」
「寝ろよ!」
「あんな急に言われて用意したら寝れませんけど? かなり無理言ったんですからね?」
「え〜 何それ頑張ったアピール?」
「…………」
正面を見据えた立花は無言で答える。
「あーごめん立花。感謝してるよ〜」
桐生と立花がいつも通りの会話をしていると主賓達が現れ、遠くにゴージャスな男達の集団が見える。
「あれ? 戦神も来るんですか?」
「そうなんだよ! 呼んだら来てくれたんだよ! 凄くないか?」
「凄いです。俺は失礼します」
「えっ? 何で?」
立花がこそこそと逃げ出そうとしていると北の大国シュラバナの王、戦神に見つかってしまう。この王は大陸で最強の名を恣にする戦の天才であるが、自意識が成層圏に到達する勢いで高い。そんな王が数人の見目麗しい男達と一緒に近づいてくる。
戦神は金髪碧眼に怜悧な顔立ちで神話の登場人物のような容姿だ。
「桐生君だね? おめでとう。この私がお祝いに来たよ」
「ありがとうございます」
流石の桐生も戦神には緊張気味だが、戦神は早くも桐生に興味を失う。
「やあ、立花。 久しぶりだね」
戦神は彫刻のような顔を綻ばせて笑う。
「い、虎杖様、まさかおいでくださるなんて……ありがとうございます。今日のお召し物もスバラシイです……」
虎杖の服装は白を基調に上品に金糸で刺繍をあしらった美しい物で、隣の桐生のキンキラキンの極彩色の衣装と合わせると総額が恐ろしいことになっていそうだ。
「君は地味じゃないか? もっと綺麗なの着ればいいのに……」
「いえ、俺はこれでも十分恥ずかしいです」
立花は控えめなタキシードを着させられている。
「君がいるならあれを持ってきたのに……」
「いや、本当に結構です! お願いします」
「そう? ところで鬱金はいるの?」
「はい、何処か《《には》》います」
「ふうん」
適当に返事をした戦神は視線で鬱金を探している。
立花は戦神の背後で一人落ち着いた容姿の男にも声をかける。
「鷲尾様もありがとうございます」
「いいえ、立花様も上手く立ち回りましたね」
「ははははは」
シュラバナに行った時にウサギの格好をさせられ、取引で大損をさせられそうになった立花は乾いた笑いしか出てこない。
表面的には和やかに出迎えた戦神が会場に消えていくと、続いて曙の国アウローラ王が現れる。
アウローラ王、朝日奈は艶やなドレス姿だ。
「朝日奈様、わざわざお越し頂きありがとうございます。お綺麗なお姿が拝見できて幸せです」
「ありがとう、桐生君。君もおめでとう。これでお私達友達ね? これからよろしく」
「はい。こちらこそよろしくおねがいします」
桐生と朝日奈は何の変哲もない挨拶をしているが、立花は朝日奈の背後の護衛が抱いている赤ちゃんが気になって仕方がない。
色白で瞳は紫色、薄い金髪の朝日奈にとてもよく似た一歳に満たない、服装からみて女の子だ。朝日奈が結婚したと言う話は聞いていない。そして何よりもその赤ちゃんが立花を凝視していて微妙に居心地が悪い。
その様子に朝日奈も気付いたようで立花に微笑みかける。何故か背筋が凍るような気がした。
「こちらは?」
「俺の部下の立花です」
「立花君か、よろしくね」
「はい……」
話しかけられて分かった。立花は朝日奈が苦手だ。
「うちの子が気に入ったみたいね、良かったら抱いてあげて?」
「はい……」
立花は促されるまま赤ちゃんを抱くがその間も赤ちゃんは立花から目を離さない。
「朝日奈様のお子様なのですか?」
「そうよ? 私に似て可愛いでしょ?」
「はい、可愛いです……でも驚きました。ご結婚されたとは存知上げませんでしたので……」
「結婚はしてないし、父親はいないの」
「! 失礼致しました!」
立花は慌てて赤ちゃんを護衛に返して謝罪する。
「気にしないで、よくあることでしょう?」
「はい……」
「気が利かなくてすみません……」
桐生は呆れた様子で言うと、気持ち大きな声で話題を変える。
「お名前は何とおっしゃるのですか?」
「小日向っていうの。よっぽど立花君が気になるのね〜」
桐生の話題転換は上手くいかない。
「朝日奈様、お席を用意してありますので……」
桐生は恐る恐る朝日奈に席をすすめる。
「ありがとう、ではまたね?」
朝日奈は軽く手を振りながら去っていった。
「お前は〜ぁ聞かなくても分かるだろ?」
「すいません……」
「でも知らなかったな……」
桐生は珍しく真剣な表情だった。
賓客を迎えてのパーティが終わると、いよいよお見合いである。恐らく三ノ方は始まる前に話しかけて来るだろう。
立花は出来るだけ人の邪魔にならないように噴水の陰でぼんやりしていた。そうしていると複数の足音が近づいてくる。
立花は集団を避けるように移動しようとするが、男達に行くてを塞がれる。面倒くさそうに男達を見ていると背後から女性の話し声がする。
「あらぁ? 立花様? まさか貴方も参加なさるんですか?」
「いやだぁ。そんなわけないでしょ? この方はほら、昔アレじゃないですか」
「ああ! そうでしたね〜参加できるわけないですわね〜ぇ」
立花は嫌々振り返り女性達を見る。十数人の女性に囲まれて記憶の中にあるままの少女のようなドレスで三ノ方が立花を見据えている。
立花はとりあえず頭を下げる。
「ずいぶん久しぶりね」
「はい……ご無沙汰しております……」
「貴方もお見合いするんですって?」
「はい……」
「そうなの? よく参加できたわね?」
「申し訳ございません……」
「貴方がお見合いなんて相手のお嬢さんが心配だわぁ」
別の女の言葉にさざ波のように笑いが広がる。
立花は耳鳴りがしてきて、笑い声も聞こえなくなってくる。
すると背後の男達に押されてよろけてしまい、噴水の水がかかる。
ヨロヨロと起き上がろうとするとさらに押されて転び、誰かに頭を押さえつけされる。
そんな自分の状況をぼんやりと把握しながら無抵抗を貫いていると扇で顔を上げさせられる。見つめ合った三ノ方の瞳は揺れている様だった。
何か言ってるようだが耳鳴りで聞き取れず無言でいると、背後から踏みつけられて息がつまる。
すると三ノ方は立ち上がり、立花を踏みつけている男に何か言っているようだ。
苦痛をやり過ごすように細い呼吸を繰り返していると周囲に動揺が走る。
しばらく三ノ方が誰かと言い争っている様だったか、立花は近づいてきた海棠に助け起こされた。
海棠が何か話しかけてくる。
「聞こえない……」
それを聞いた海棠が誰かを睨む。
そのまま支えられ、会場を出て建物の中に連れて行かれる。その背後では桐生がみんなの意識をそらす為に前日徹夜で準備した、華やかな噴水と音楽のショーを始める。
「海棠濡れるよ……」
立花は噴水の水で濡れて、所々土がついて汚れている。それを聞いた海棠は立花を支える腕に力を込める。
たどり着いた何処かの部屋で座らされた立花は海棠に温かい飲み物を渡される。
それを飲んで落ち着くとようやく耳鳴りが治まった。
「海棠……ごめんな……もう戻って?」
「バカか! 戻るわけないだろ」
「ごめん……」
「だからなんでお前が謝るんだ!」
海棠は乱暴に立花の隣に座ると顔を覗き込んでくる。
「本当に大丈夫か? お前酷い顔だぞ……」
「う〜ん。耳鳴りが酷くて……」
「もういいのか?」
「うん。ありがとう……」
立花は言いながら微笑む。それ見て海棠は深い深いため意をつくと立花の肩に顔を埋める。
「海棠、汚れるよ?」
「無理すんなよ、あいつほんっとに殺シテェ……」
立花は海棠を慰めるように撫でる。
「桐生様が考えてるから……」
「ふざけんな……」
「海棠はお見合いしないの?」
「する訳ねーだろ」
「そうなの? みんな海棠に会いたがってたのに……」
「関係ないから」
「そうだよねぇ。海棠には浅葱さんがいるもんね?」
「うるせえ……」
そして立花は予定通りに騒ぎの責任を問われ謹慎処分となり、領地に引き上げて行った。
それからもパウロニア城はしばらくお祭り騒ぎの浮かれた空気に包まれたままだった。
レオモレアでは国王になる為に各種の儀式がある。すべての儀式を終えるまで凡そ半年。桐生はその間何度も首都に行かねばならない。影響力を高めたい三ノ方の派閥はその間活発に動き、様々な業務に口を挟むようになっていった。
立花の主な仕事は属国となった周辺地域の管理だ。それだけなら立花が居なくてもある程度は問題はない。
ところが立花はお目付役呼ばわりされるほど本来の役目を超えて領内の様々な業務に首を突っ込んでいる。目立ちたがり屋の多い桐生軍では地味な仕事に熱心な者は少ない。その為緊急性の高い案件も見逃されがちで、立花は様々な伝からそう言った案件の相談を受けている内にどこに頼めばいいのか分からない時、緊急時は立花に相談し、立花が様々な所に話をつけると言う形が出来上がってしまった。
こればかりは立花の代わりが居らず、緊急の問題が積み上がり混乱し始め、その上三ノ方の派閥の口出しで、たった数ヶ月でお祭り騒ぎから怒号が飛び交う大混乱へと変貌。桐生の計算通り、大混乱の原因追求が始まり三ノ方の派閥は追い詰められてく。
その中で立花の帰還を求める声が聞こえ始めたが、肝心の立花が音信不通なっていた。




