1 昔語り
暗めのお話です。
あれはパウロニア城が建設中で奥も完成していない、立花が十四歳になったばかりの頃。
立花が桐生の元で初めてきちんとした役目を与えられたのは桐生の従者の仕事だった。従者は少年達が城で働き始める前に環境に慣れる為に要人の身の回りの世話をする、いわば訓練期間の仕事である。
しかし相手が桐生となると訓練では色々と済まされない。
まず桐生は一般人からジャンプアップで将軍になってしまった為に従者のいる生活に不慣れだった。普通に生きていれば人に身の回りの世話などされたくないだろう。朝起きる時間から服装、プライベートな時間までを子供に管理されるのだ。当然桐生は全く管理されてくれなかった。
当時立花以外にも何人かいた従者は諦めきっていたが、幼少の頃から仕事に励んできた立花のプロ意識は半端なかった。様々な対策を練った立花だが、くっそっ! とか、あ゛〜! とか苛立ちが声に出た事は記憶にある限りこの時期がほとんどだ。
そして犬と仲良くなったのもこの頃で桐生の逃亡防止として城内の庭に軍用犬を放ち、桐生が一人で出掛けようとしたらブーツに噛み付いてでも止める様にしてもらった。一度噛まれた桐生は蟲装備のため貫通はしないが万力で締め上げられるように痛い! と訴えていた。
そして立花は桐生の従者としてのマニュアルの様な物を一ノ方と二ノ方と協力して作った。その際に二ノ方に溺愛されて、一ノ方には可愛げがないと嫌われた。その甲斐あって立花の作ったマニュアルは今でも桐生の従者になった者に当時の苦労話と共に引き継がれ、立花は彼らに兄様と慕われている。
そして何とか将軍としての体裁が最低限整い、城も落ち着いてきた頃に三ノ方が嫁いで来た。それまでの桐生軍で最も身分が高かったのが王妹の侍女をしていた一ノ方だったので、下々が高貴な風習に戸惑う様に彼女も戸惑い、馴染む事が出来なかった。
中でも最も馴染めなかったのが自身の夫の桐生である。
立花は従者として側にいたから知っている。あの二人は悲しいほど話が噛み合わなかった。時候の挨拶やご機嫌伺いから始める高貴な会話など桐生はする気もなかったし、生まれた国すら違う桐生の会話のテンポに三ノ方は全く付いて来ていなかった。
桐生が質問をして、答えを待つのに飽きて次の話を始めた頃に返事が来るのだ。横で聞いていた立花が何度も通訳をしていたほどだ。
通訳ができる程度には同じ国で生まれた三ノ方の話を理解する事が出来たのだが、それが良くなかったのかもしれない。立花の生家は亡国では王家御用達の商家で両親と面識があったらしく、懐かしいと言われたり、両親の話をされたりと立花は三ノ方に気に入られてしまった。しかし捨てられたも同然の親の話など聞きたくなかったし、顔も覚えていないが立花は感情の起伏が激しい母がダメでその母と三ノ方は雰囲気が似ていてそれだけで苦手意識があった。
桐生は桐生で気位が高く扱いずらい三ノ方を持て余し気味だった。
そして経緯は知らないが三ノ方が立花を自分の側仕えに欲しがってるという話を立花に持ってきた。
「どうする?」
「どうするって……断れるんですか?」
「お前が嫌なら断るよ!」
「何て説明するんですか?」
「そらぁ……何か適当に……」
立花は静かにため息をつく。
「分かりました……行きます。でも出来るだけ早く戻して下さい……」
立花は上目遣いで桐生にお願いする。
「分かった! 直ぐに変わり見つけて機嫌取るから!」
桐生は子犬が売りに出されるのを見送るように力いっぱい立花の手を握った。
こうして立花は嫌々ながらも三ノ方の側付きとなったが、三ノ方は侍女だけでも十人以上その上に護衛がおり、立花がする事など何もなく日がな一日たわいもないお喋りの話し相手をして過ごしていた。
立花は大人の話し相手になるのは慣れていたのだが、子供っぽく微笑んで適度に相槌をうっていればいい一般人と違い、高貴な方々は褒めたり感心したりと面倒な上にやり過ぎると可愛げがないと言われる。周囲からは何をやっても文句しか言われない。肝心の三ノ方はさほど気にしている様子はなかったが、いつ不機嫌になるか分からず怯える日々で立花は弱り始めていた。
「せめて何かする事があればなぁ……」
立花は剣の訓練の合間に海棠に愚痴を言う。
「話し相手って他にもいるんだろ? そんな大変なのか?」
「だって大勢で話てて、たまに話振られるんだもん……話してることよく分からないし……」
「ダメダメだな……さっさと解放して貰えないのか?」
「分かんない……」
「多分無理だと思うよ」
立花と海棠に稽古をつけくれている浅葱が疲れた様子で話に加わる。
「なんで立花君に剣を教えてるのが女なんだって文句言われたもん」
「えっ? 何でそんなこと知ってるんですか?」
「調べたんじゃない? 何か自分の護衛にやらせるって言い出してるみたい……」
「そんな浅葱さん……」
立花はすがる様に浅葱を見つめる。
「ごめんね。私じゃどうする事も出来ないの。桐生様が色々言ってるみたいなんだけど……三ノ方様は立花君に女の人が近づくの嫌みたい……」
「何だよそれ! エロババアか!」
海棠が心から嫌そうにいう。
「ババアって海棠君、三ノ方様はまだ二十歳だよ?私とあんまり変わらないんだけど……?」
「だって何か若作りだし、立花に絡み過ぎ」
「ああいうのは少女趣味っていうの! 若作りじゃない!」
「立花はどう思う?」
海棠が立花に意見を求めるが立花は少女趣味のくだりは聞いていなかった様だ。
「俺ヤダ……あの護衛の人怖いんだ……」
「いじめられてんのか?」
「そうじゃないけど、でも俺の事嫌いだよ、絶対……」
「それならそう言えば? お前あの人のお気に入りなんだろ?」
「無理だよぅ……俺あの人も苦手だもん……」
「誰か話せる人いないのか?」
「無理……」
三人は疲れた様にため息をつく事しか出来なかった。
結局立花が過去に男の師匠について腕を痛めたという経緯を伝えて、立花の剣の先生は浅葱のまま変わる事はなかったのだが、好意を無駄にしたと言う事で立花への風当たりはひどくなり、立花はだんだん食が細くなり体調を崩していた。そして一月程すると遂に一ノ方が立花を桐生の元に戻す様に三ノ方に命じた。
多分それが決定的だった。
その日立花は三ノ方に桐生の事で話があると私室に呼び出された。行ってみると普段は大勢いるはずの取り巻きが居らず不思議に思っていると、秘密の話だからと言われた。
「何のお話でしょう?」
「立花は桐生の所に戻りたいの? どうして?」
いつも通り実年齢の割に愛らしい服装の三ノ方は甘ったるい話し方をする。
「それは……ここに居てもする事がないですし」
「桐生の所では何をしていたの? 今とそんなに違うの?」
「桐生様は一応色々仕事がありますのでその手伝いを……」
「それはここに居ては出来ないの?」
三ノ方は必死な様子だ。
「どうして三ノ方様は桐生様の所に行くのが嫌なんですか?」
「だってあの男は……」
立花の記憶はここで途絶えている。
目が覚めたのはどこかの部屋で海棠が枕元に座っていた。
「ここどこ?」
「桐生様のとこの空き部屋。どっか痛いところないか?」
聞かれて立花は起き上がり少し身体を動かしてみるが怠いだけで痛みはなかった。
「痛いとこはない……俺何でここに居るの?」
「倒れたんだって、それまで何してたか覚えてるか?」
「? 三ノ方様と話してたけど?」
「どんな話を?」
「ええっと……」
立花は思い出そうと記憶を辿るが話の内容を考えると耳鳴りがして吐き気がしてくる。
「無理すんな。忘れる様な事があったんだろ?」
海棠は立花の背中をさすりながら言う。
「そうなの? 何があったの?」
「ん〜? 何かお前と話してる時に三ノ方が襲われたんだと、それで逃げようとしたらお前が転んで気絶したらしい」
「誰に襲われたの?」
「お前にだって」
「俺?」
「そう、二人きりになったらお前が襲いかかってきたんだと」
「そうなの?」
立花は驚いた様子だ。
「いや、信じるのかよ! ありえないだろ!」
「だって俺覚えてないし……」
「まあ、他に誰もいなかったからなぁ〜。何で二人になったんだよ?」
「何か秘密の話があるって……」
「胡散臭せ〜」
「ごめん……」
「何で謝るんだよ? お前が被害者だろ?」
「でも……」
「とにかく、桐生様が何とかしてくれるからお前は休んどけ!」
そう言って乱暴に立花の頭を撫でる。
それからしばらくして桐生が二人の妻を連れて現れた。
「よぉ〜、災難だったな〜」
「立花ちゃん! 大丈夫? もう平気だからね〜!」
ニノ方が泣きながら立花を抱きしめる。
「迂闊すぎるでしょう!」
一ノ方は入り口で仁王立ちだ。
「んで? 大丈夫なのか?」
桐生は側の海棠に尋ねる。
「はい。でも覚えてないみたいです……」
「大丈夫なの〜! そんなに怖かったの〜ごめんねぇ〜!」
ニノ方が言う。
「それヤバいんじゃないのか?」
「偶にあるんで大丈夫じゃないですか? 前は監禁された時にだったから、そういうのじゃないですか?」
「監禁……」
その言葉に大人達は一斉に引く。
「へぇぇ〜それはヤベェな、今回そんな、あれな、あれじゃないよな?」
桐生は動揺したまま何故か一ノ方に聞く。
「何処まで覚えてるの?」
「他の人に言えない話があるって部屋に呼ばれて、お話してました。途中からは思い出せません……」
一ノ方の言葉に立花が答える。
「覚えてる範囲で何を話してたの?」
「何で桐生様の所に戻りたいのかって聞かれてました……」
「そう……あれは失敗だったみたいね。ごめんなさい。私の所為だわ」
「そんな! 一ノ方様は関係ないです……。だって俺が悪いんですよね?」
桐生は海棠に視線を送り、海棠は頷く。
「あれはな、三ノ方が言ってるだけだ。他の奴の話だと二人で部屋に入って、何分も経たずに物音がして、あいつが部屋を飛び出して行ったから中を見に行ったら、お前が倒れてたってことらしい。本当の事はあいつにしか分からない。」
桐生は珍しく深刻な様子だ。
「でも違うって言い切れないですよね? だったらそれでいいです……」
「良くないわよ立花ちゃん! 立花ちゃんは……ゴーカンマ扱いされるのよ! ちゃんと否定しないと立花ちゃんの名誉が傷つくわ!」
ニノ方は必死に訴える。
「それの何がいけないんですか? 俺は偉い人じゃないので名誉が傷付いても困りません……」
「いや、困ると思うわよ……」
一ノ方は呆れた様子だ。
「でも、誰も信じないんじゃないですか? 少なくとも立花の事を知ってる人は疑いますよ」
戸惑う大人達と違って海棠は冷静だ。
「分かった。お前がそれでいいっていうならお前の望む様にする」
「ちょっと!」
「桐生様!」
桐生の決定に一ノ方とニノ方は非難の声を上げるが、桐生はそれを無視して立花の枕元に座り、ニノ方は場所を空ける。
「その代わり、俺も好きにするからな。それでいいだろ?」
「はい……俺の所為で揉めないでください……」
「ありがとう。で、あいつの言ってた話って俺の事か?」
それを聞いた立花は吐き気を堪える様子を見せる。
「お前は優しいなぁ。気にしなくてもいいんだぞ? 次があったら、忘れなくてもいい」
そう言って桐生は立花を撫でる。
「何なんですか?」
気になった海棠が一ノ方に尋ねる。
「あの女、うちの人の事調べてたみたいなの……」
「へぇ……」
何の事かはよく分からなかったが、海棠はそれ以上は聞かなかった。
「よし! これから立花の事は俺が守るな! もう、お父さんと呼んでもいいぞ!」
「……それはちょっと……」
「何でだよ! 光栄だろ!」
「俺のお父さんはこんなにチャラくないです……」
「バカかお前は! 父親に夢見てんじゃねぇ! こんなもんだわ!」
「えぇ……桐生様もお父さんいないじゃないですか……」
「人を見て学んだんだよ!」
ようやくいつもの調子が戻ってきた立花にみんな胸を撫で下ろした。
その後桐生の公表の仕方で二人にトラブルがあった事は間違いないが、立花は三ノ方を気遣って言い訳もせずに虚言を受け入れているという美談のように語られた。桐生など自分で”逆だったんじゃないのか〜”と言ってしまうほどだった。
▽▲▽
あれから六年ほど経ち、三ノ方と立花の噂はほとんど人の口に上らなくなった。しかし三ノ方が立花を恨んでいる事に今も変わりは無い。




