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16 The bitter with the sweet.《甘酸っぱい》

  立花は蘇芳に頼まれて部屋を飛び出した棗を探していた。理由は教えてもらえなかったが、一方的に蘇芳に借りのある立花はその依頼を引き受けた。


 ロブならすぐに棗を見つけられるだろうと訓練所まで来たのだが、いつもなら呼ぶまでもなく現れるロブが来ない。呼んでも来ない。こんなことは初めてだった立花はロブに何かあったのではないかと青ざめる。


 しばらくロブを探して歩いていると立花を呼ぶように犬が鳴いてる。急いで声のする方に向かうとロブが何事もなく尻尾を振っている。そしてその側には棗が居た。心から安堵した立花だったが飼い主の自分より棗を優先された事に複雑な心境になる。


「ロブは本当に棗が好きだな」

 疲れたように呟いてからロブを撫でようとすると、ヒラリと避けられる。ロブはそのまま顔を膝に埋めている棗を慰めるように擦り寄る。そしてお前もやれ! という様に立花を見る。


 全身で何かを拒絶している様子の棗に何と言葉をかけていいのか分からない。

 しかし、スカートなのに膝を抱えているせいで下着が見えてしまいそうな棗を気遣ってとりあえず自分の上着を膝にかけてやった。

 迂闊だなぁと立花は思う。棗は家柄がいい割に随分迂闊だ。動きやすい様に見えてもいい下着を着ているのだろうがお姫様はもう少しお淑やかなものではないのだろうか。その様子にロブの事は別として微笑ましい気持ちになった立花は棗の隣に腰を下ろす。


 雨期に入りいつ雨が降り出すか分からず、少し肌寒かった。


「寒くないのか?」

 棗は顔を隠したまま首を振る。そして片目で立花を見ながら言う。

「何しに来たんですか?」

「蘇芳さんに探してくれって頼まれた。なんかあったのか?」

「聞いてないんですか?」

「聞いてない」

「…………」


 それだけ言うと棗はまた顔を隠してしまう。

 棗の事をどう扱っていいか分からなかったので、とりあえず立花はロブを呼ぶが相変わらず棗にベッタリで立花の相手をしてくれない。


「暇なんですか?」

「いや、でもなんかやる気にならなくて……」

「何でですか?」

「俺の事はどうでもよくないか?」

「人に何か教えて欲しければ自分の情報を差し出してください」

 顔は見せないが棗の声は真剣だ。


「うーん。なんか休みをくれるらしくて、多分それでだと思う」

「休みまで頑張ればいいじゃないですか、」

「まぁ……そうなんだけど、何かなぁ。

 俺まとまった休みって今迄なかったから……不安なのかも」

「何が不安なんですか?」

「忘れられそうで……」

「そんな事ないと思いますけど……立花様でもそんな事あるんですね。

 棗もさっき父に言われてました。お見合いは参加せずに帰って来いって……」

「どうして?」

「領主の男なんてろくな奴がいないから関わり合いになるなって……」

「へぇ……」

 気持ちは未だに庶民の立花からすると領主は常識が通用しないものだが、棗の父も同じ様な認識らしい。棗の家も代々続く領主なはずだが。


「酷いです……棗は立花様が帰って来る前から頑張ってたのに……」

「そんなに参加したかったのか?」

「違います! お見合いはどうでもいいんです!」

 棗はようやく顔を上げて必死に訴える。


「ただ、途中でやめて帰って来いなんて……棗が何の役にも立ってないみたいじゃないですか……」

 立花を見つめる棗は、何とか泣くのを堪えて瞳を潤ませている。


「なるほど、棗も同じだな。仕事が認められてないと思うんだな? でも棗のお父様は棗が何やってるかご存知なのか?」

「どうでしょう? ……」

「言わないとわからないんじゃなかったのか?」

「でも兄がっ!」

「棗は何も言ってないんだろ? だったら分からないんじゃないか?」

「……はい」

 言い方が悪かったのかも知れない。棗は泣き出してしまう。困った立花はとりあえず棗の頭を撫でる。


「ごめん。言い過ぎた……。棗は頑張ってるよ」

「立花様ぁ」

 感極まった棗は立花にしがみついて本格的に泣き始める。いつから外にいたのか知らないが冷え切ってしまっている。仕方がないので暖めるように棗を抱き込むが甘い香りと柔らかな感触に慰められているのは立花の方かも知れない。


「それだけじゃァ、ないんですゥ。婚約者も、決まってるからってェ……」

 棗は嗚咽おえつ交じりに言う。

「婚約者? 嫌な奴だったのか?」

「違いますけどォ。何で棗の事なのに勝手に決めるんですかァ? 決める前に一言あってもいいじゃないですかァ!」

「嫌な奴じゃないならいいだろ? きっと棗の事を心配してるんだよ」

 立花は棗を撫でながら出来るだけ優しい声で言うが逆効果だったのか余計に泣きじゃくる。

 その様子は普段より大分情緒不安定になっているようだった。疲れている時に精神的なダメージを受けると思考が偏ってなかなか立ち直れないものだ。今の立花のように。


 分かっている。桐生が休みなどと言い出したのも立花の為だ。余計な者たちを排除する為に面倒な権力闘争から遠ざけたいのだろう。きっと立花が今迄通り出来るようにとの配慮だ。分かっていはいる。けれど気持ちが付いてこない。

 まるで必要とされていない様に感じてしまう。


「説得すればいいだろ。仕事の事には何も言われてないんだろ? 多分前々日には準備が終わるから、それまでやらせて貰えばいいじゃないか。ここまで来て急に居なくなられても俺も困るし……」

「本当ですか?」

 棗は顔を上げて立花を食い入る様に見つめる。嘘は許さないとでも言う様だ。


「うん。本当に困る」

 困った顔を作りたいのだが、泣き腫らした棗の顔を見ていると何故か笑いが込み上げてくる。

「何で笑うんですかァ?」

「ごめん。でも目冷やした方がいいよ」

 立花の言葉に棗は焦った様子で涙を拭おうとする。


「こすらない方がいいって」

 立花はハンカチを棗の顔に押し付ける。

「これやるから」

「なんか酷いです〜ぅうう〜ぇん」

「あーはい、はい。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」

 立花は棗の頭を抱えて耳元で適当に謝るが棗はしばらく泣き止んでくれなかった。

 そんな様子をロブが呆れたように見ている。違うんだロブ。 これは俺が泣かしたんじゃない、と立花は視線で訴えた。


 しばらくするとようやく落ち着いた棗がおずおずと立花から離れる。急に寒くなった立花はさり気なく棗から上着を取り返した。

「ご迷惑をおかけしました……」

「いいえ、お気になさらず。ところで棗さん。婚約者ってこの城の人?」

「はい……兄の幼なじみで、今はここで文官をしているはずです……どうしてですか?」

「いやぁ……時期が悪いかも知れないから、ほら、桐生様が王になるので色々あるから……話を進めるなら、それが終わってからの方がいいかも知れない」

 我ながら言い訳じみていると立花は思う。

「そうなんですか?」

「うん。多分……焦らない方がいいと思う……」

「分かりました」

「そんなに気にすることじゃないけど……じゃあ俺戻るから、棗も風邪引く前に中入れよ」

 立花は逃げるようにその場を去っていく。

 棗はもう少し落ち着くまでロブで暖をとりながら残っていた。

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