14 伝染する不運
立花達が出陣してから一ヶ月近く経ったその日、パウロニア城は勝利の一報に沸いていた。
桐生の正妻、一ノ方の執務室でその知らせを聞いた棗も胸をなでおろす。少なくとも犠牲者に名前の分かるものはいなかった。あとは皆が無事に帰ってくれれば言うことはない。
「一ノ方様おめでとうございます」
「ええ、ありがとう。長かったわね。でも私達の戦いはこれからが本番よ! 早速準備に取り掛かりなさい」
「畏まりました! 祝勝会の準備に移ります!」
棗の先輩達は意気揚々と部屋を出て行く。一番下っ端の棗は突然の事に戸惑い乗り遅れてしまう。
「棗。貴女には別な事をお願いするわ」
「はい……」
壮絶に嫌な予感がした。なんだか立花とお友達になってからというものツキに見放されている気がする。
「蘇芳に頼んでいたお見合いの事だけど、この騒ぎで進んでいないみたいだから貴女も手伝って頂戴」
「兄の手伝いですか……」
「そう。立花の所よりはいいでしょう? よろしくね」
「畏まりました……」
気は進まないが棗は兄の部隊の元を訪れた。兄はまだ帰ってきていないので補佐官の女性に話を聞くと、予想通り何も進んでいなかった。本当にやるんですか? のレベルだった。
棗は溜息をつきながら、参加者が倍になり祝勝会まで追加された招待客のリストを眺める。
祝勝会は任されていないが他国の要人も呼ぶらしい。そしてそのままの流れでお見合いパーティが開催される。それに付き添いまで含めれば人数は四桁に登るだろう。
棗にとっては未知の世界である。とりあえずアドバイスが欲しいと立花の執務室に向かった。
「お邪魔します」
棗が声を掛けて入るが秘書室は無人だった。人の気配がするので隣の応接室を覗くと見慣れない白衣の女がいた。
「どちら様?」
細身にショートカットの女が鼻にかかった声でいう。
「すみません。椿さんはお忙しいですよね?」
「椿? 今は下でなんかやってるわ。そのうち戻ってくるんじゃない? それより貴女誰?」
「すみません、私は一ノ方様の侍女の棗と申します。失礼ですが貴女は?」
「私は芹、軍医よ。今回はここで留守番なの〜。
で? 侍女がここに何の用なのよ?」
芹は棗を観察するように眺めてからいう。
「あ、あの、少しの間お手伝いさせていただきまして……で、また別の手伝いをすることになり……アドバイスをいただけたらと……」
「人使い荒いのね〜分かった。伝えとくわ〜」
「はい。ありがとうございます」
棗がそのまま帰ろうとするとちょうどよく椿が戻ってきた。
「あら棗ちゃん! どうしたの? 立花様ならまだ帰ってきてないわよ」
「それは知ってます。兄もまだですし……。あの、お忙しいですか?」
「ええ、物凄く。恐ろしいことになってるわ。このままだとしばらくは戻れないでしょうね……」
「え〜っそうなの?」
芹が横で驚いた様子でいう。
「貴女の仲間達はすぐ戻るわよ。正規軍が戻ったらすぐに出て行きなさい」
「良かった〜ここ暇で嫌だったの〜」
「貴女は立花様に頼まれた事に取り掛かればいいでしょう!」
「え〜なんかやる気出ないのよね〜。それよりこの子は立花の何なの?」
芹が棗を見ながらいう。
「棗ちゃんは……立花様のお友達…よね?」
「はい。いちおう……」
棗は苦笑いで答える。それ以外に説明のしようがない。
「立花にお友達! それも女!
嫌ダァ〜何それ〜面白〜ぃ。何で何で? どうやって友達になったの??」
芹は急に興味を持っていうが、珍しく苛立った様子の椿に芹は追い出される。
「あー煩い! 邪魔だから出て行って!!」
棗はどうにか話を切り出すが椿からは海棠が戻ってきたら相談しろと言われた。
そして何をどうしていいのか分からないまま数日が経ち、桐生達が帰ってきたがその中に立花はいなかった。
「兄さん。どうしましょう?」
「何とかなるだろ?」
棗は厳しい表情で問いかけるが暑苦しい見た目の兄、蘇芳は適当に言って、鍛えすぎて無駄に大きな体をソファに預ける。立っていても座っていても邪魔な事に変わりはない。
「ならないから言ってるんです! まず何から始めたらいいのかも分からないのに!」
「そうか。ええっと、何処でやるんだ?」
「知りません」
「じゃあそれを決めないとだな」
「千人集められる所って何処ですか?」
「何処でもできるだろ?」
「他国の要人もお泊りになるんですよ!」
「そうか……祝勝会と同じでいいだろ?」
「だから、その場所も決まってないんです!!」
この兄妹は顔を合わせると大体こんな感じなので周囲は慣れた様子だ。
そして話に興味を失った蘇芳はお見合いの女性参加者リストを上機嫌で見始める。
「〜〜っ!!」
イライラがピークに達した棗はソファの兄に本気のローキックをお見舞いすると部屋を後にした。
棗が海棠に連絡を取ると珍しく執務室に居るらしい。流石に幹部の執務室は敷居が高い。棗が恐る恐る尋ねて行くと無愛想な秘書官が通してくれた。
「あの……海棠様……お邪魔します」
「ああ、棗さん。立花なら無事だよ。怪我もしてない」
棗の顔を見るなりいう。
「そうですか、それは良かったです……じゃなくて、今日は別件で……」
何の用事かは伝えてあったのにこれである。棗は立花とまとめて覚えられているのだろうか。
「ああ、あれね。俺に何をしろと?」
「いや、椿さんに言われただけなので、具体的なことは……」
海棠は机仕事が嫌いなのだろう。不機嫌な様子だった。それでも考えてくれた海棠は立花がよく使う業者を紹介してくれた。
「タライ回しにされてる……」
盥と洗面器の違いもわからない棗だったが、他に言葉を知らなかった。
業者にももう少し決まってからでないと手を付けられないと言われ、何も進まないというのに方々から希望だけは集まってくる。奥からはガーデンパーティを、桐生は庭でやるなら噴水が欲しいと言い、何も役に立たない兄は料理を勝手に決める。
途方に暮れる棗を助けてくれたのは数日後の尾花からの連絡だった。




