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仮装パーティ

 広い会場の隅にあるコの字型の席にやってきた二人は、立花が手を離してくれないので並んで座る。


「棗は何でそんな格好なの?」

 今日の棗は憲兵隊風の普段より丈の短いスカート姿だ。

「今日は警備のお手伝いです……」

「ふーん。よく似合ってるよ〜」

 立花が見た事もない無邪気な笑顔を向けてくる。


「あっ、ありがとうございます。立花様の狐もとてもお似合いです」

「それは嬉しくないです……」

 立花はつまらなそうにお酒を飲み始める。

「それよりどれだけ飲んだんですか? かなり酒臭いですよ?」

「ゴメンなさい」

「もう、お酒は禁止です!」

「え〜っなんでぇ? まだ大丈夫だよ〜」

「酔っ払いは大体そう言うんです!」


 棗の説得にも立花の視線は棗を通り越して何処かを見つめている。そして何かに向かって、それはそれは愛らしく微笑む。

「たっ立花様?」

 棗が動揺している間に給仕のお姉さんがやってきた。声も掛けてないのにどうしたのかと思っていると、立花がニコニコしながらお酒とツマミ、ついでに棗の飲み物も頼む。


「いっぱいお願いしますっ!」

 あざとさすら感じさせる様子で酒を頼んだ立花はご機嫌だ、手元の酒を飲みながら足をブラブラさせて鼻歌を歌っている。その仕草に完璧について来ている狐耳と尻尾は絶対に特別製だと思う。


 何だこれは! 普段のクールビューティを何処に落としてきた!

 超可愛いじゃないか! 乙女のプライドを傷付けるんじゃない! 棗は心中で叫んだ。


 そしてテーブルいっぱいに運ばれてきたのは原型がわからない程の赤い料理と、かなりアルコール度数の高い小さい瓶のお酒、およそ一ダース。

 数人の給仕の女性が運んできたが何故かなかなか帰ろうとしないので、立花が愛らしくお礼を言って手を振ると名残惜しそうに戻っていった。


 おかしいと思ったのだ、巡回ルートからも外れて声も届かない隅っこのテーブル席にすぐに給仕の人が来る訳がない。どうやら立花は完全に給仕の人にマークされている為、目があって微笑めばすぐに来てくれるようだ。なんだその目は、レーザーアイか! 必殺技か!


 そして棗が謎の憤りを鎮めている間に立花は席を棗の斜め前に移動して飲み始めている。かなりのハイペースだ。

「立花様はお酒が好きなんですね」

「別に? 他にすることないから」

「だったら何故そんなにご機嫌なんですか?」

「俺ご機嫌なの?」

「ご機嫌に見えます」

「そっかぁ〜よく分かんないな〜、棗は機嫌悪いね〜。俺大人しくしてるから大丈夫だよ〜」

「絶対にダメです! 今の立花様はお酒に釣られて攫われます」

「大丈夫! 俺大人!」

「酔っ払いの発言は信用出来ません」

 今も周囲では獣達が本能に忠実な酔っ払いを隙あらばお持ち帰りしようと虎視眈々と狙っているのだ。棗はこんなにタチの悪い酔っ払いを見たことがない。


 しばらく二人が不毛な話を繰り返していると具合の悪そうな悪魔紳士がやって来た。


「あ〜ダメだ、頭痛い……、少し寝る」


 そう言った海棠は立花の尻尾を枕にして寝てしまう。立花は角が邪魔そうな海棠のカツラを取って、上着を掛けてあげるなど甲斐甲斐しく面倒を見る。


「あれ?」

 立花は目の前の光景に違和感を感じるが良く分からない。

「棗、何かあった?」

「何がですか? それより出し物が始まりますよ」


 桐生軍に所属すると、もれなく回ってくるのが宴会の余興だ。段々エスカレートして凝ったものになっているので楽しみにしている者も多い。


「あ〜、蘇芳さんだ〜」

 お酒がなくなって暇な立花はステージの上で上半身裸で勇ましい踊りを披露している男を見て棗に話しかける。


「左様でございますか」

「棗見ないの?」

「あんな岩に興味はございません」

「ふーん。よく見ると棗と蘇芳さんは似てるね、やっぱり兄妹なんだね〜」

「立花様? 私とあの岩のどこが似てるんですか?」

「目元が似てるよ〜鼻から下は似てないかも〜」

 イラっとした棗は思わず立花の肩をはたく。

「痛いよ〜」

 言ってはいけない事と言うのがこの世にはある。初対面の人に兄に似ていないと言われる事がささやかな喜びだった棗には酷い仕打ちだ。


 大袈裟に肩をさすっていた立花は何かに気がついた様子で妖しく微笑む。

「棗さん……」

「なっ何ですか?」

 立花は棗の質問を無視して思わせぶりに上半身を棗の方に傾けてくる。

 何? 何? 何?

 近い! 近い! 近い!

 キャー!


 棗が混乱して目を瞑って固まっていると棗を覆っていた気配が遠ざかって行く。

 恐る恐る目を開けた棗の視界では立花が勝ち誇ったように笑っている。その手には数本のお酒の瓶……やられた! 棗が隙を見て隠しておいたお酒をまんまと手に入れた立花は嬉しそうだ。


「棗さん顔真っ赤だよ?」

「〜〜〜っ!!」

 聞きました? 奥様! 確信犯ですよ! 棗は羞恥と怒りで限界を超えた。


 なつめは にわりの せいけんづきを はなった。

 たちばなに 24のダメージ。なつめの こぶしに 3のダメージ。


「ってぇ」

 鉄拳制裁を受けた立花は患部を抑えて呻く。乙女の純情を弄ぶなんて最低だ。しかし立花は意外と鍛えていたようで棗も少し痛かった。

「大袈裟です」

「いや……痛い、酔いが醒める……」


 そして立花の尻尾を枕にしていた海棠が目を覚ました。

「なに……」

「聞いてよ海棠、棗に殴られんだよ……」

「殴ったなんて人聞きが悪いです。突っついただけです」

「いやいやいや、中々の衝撃でしたけど?」


「お前らなにイチャイチャしてんの? うっぜぇ……」

 寝起きの海棠は機嫌が悪い。

「つーか立花さん、女の子に殴られて痛いとか鍛え方足りてないんじゃないです?

 俺が鍛え直して差し上げましょうか?」

 海棠が悪魔紳士の本性全開で言う。


「いえ……嘘です。冗談です。勘弁してください……」

 立花が絶望的な顔で言うのを見て海棠は目を細める。

「戦場は暇な時間がいっぱいあるから遠慮すんなって、」

「そんな……海棠様。どうかご慈悲を……」

 立花が海棠に縋り付いて懇願しているのを見て棗は満足した。


 海棠の訓練は厳しい。新兵の最初の訓練は海棠の担当なのだが体力的にはもちろん、精神的にキツイ。参加者の中には”見えてはいけないものが見えた”とか言い出す者まで現れる。立花隊の新顔には歴戦の古強者ふるつわものもいたのだが、そんな人物をして心が折れたと言わしめる悪魔紳士、海棠の特技は無差別のハートブレイクだ。


「死んじゃう……戦う前に死んじゃう……」

 立花は多分泣いていたと思う。


 こうして立花達は出陣して行き、棗は不安な日々を過ごすことになった。

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