海老で鯛を釣る
棗が完成した”立花の取説”を提出する時、珍しく楓の執務室に桐生が居た。
その桐生は当たり障りのない立花の取説に目を通すと落胆した様子だった。
「なんだ、もっと面白いこと書いてくるかと思ったのに……」
「いいわよ、これぐらいで。
大勢目にするんだから、棗の個人的な意見なんていらないでしょ?」
「そうだな、じゃあ棗、個人的な意見はどうだ? 立花のことどう思った?」
「話とはかなり違う方で、誤解を受けやすいのだと思いました」
棗は立花の兄に答えたのと同じように無難に答える。
「そーゆーのじゃなくて。ん〜ちなみに立花に棗のことを聞いたら、さすがに根性があるって褒めてたぞ!」
「それは……褒められてるのでしょうか?」
少なくとも棗は喜ばしいとは思っていない。
「そりゃあ、誰でしたっけ? とか言われちゃう娘と比べたら格段の評価だぞ!」
「……」
棗は少しだけ不満そうな顔をする。
「それなら、立花様はツンデレです」
「ツンデレ? まあ、そうかもしれないけど、デレてるの見たのか?」
「犬には全開です」
「ああ、犬な、そうだな」
「あとは周りが過保護です」
「確かにな……でもなんか過保護になっちゃうだろ? あいつといると」
「なんだか大変な目に遭われているらしい事は伺いましたが、立花様はもう大人でしょう?」
「まあな、棗は立花に厳しくされてたもんな。立花に対してもあれぐらいでいいよな?」
「そうです!」
棗は立花に向けられた、面倒くさそうな顔やうんざりした表情を思い浮かべる。流石の棗でも若干落ち込んでいたのだ。
「棗は偉いよ。立花は妙に可哀想だし、ほっといても頑張るからみんな甘やかすけど、厳しくするべきだよな? 棗は立花に厳しく出来るよな?」
「当然です!」
棗は重々しく頷く。やられっぱなしは棗の性に合わない。因果応報は待ってるだけでは足りないのだ。
「棗は偉いなぁ〜。うん。やっぱり棗みたいなしっかりした娘が立花には必要だと思うんだよ」
「何のお話ですか?」
「棗、立花こと嫌いじゃないなら面倒見てやってくれないか? 一生」
「一生面倒見るって……」
棗は言葉の意味を考えて顔が真っ赤になって動揺してしまう。
「きっ桐生様! 何をおっしゃってるんですか!」
「え〜ダメ? 棗の家は蘇芳がいるから婿はいらないし、お似合いだと思うんだよなぁ」
「バカな事言わないの。棗の家みたいなちゃんとした所は、家柄と人柄で選ぶに決まってるでしょ!」
楓がすかさず反論する。
「家柄はしょうがないけど、人柄は別にいいだろ?」
「あんな弱々しい男、あの家が認めるわけないでしょう!」
桐生は納得していない様子だが、棗の家は武門なので強さはかなり重要だ。けれど棗は立花の元で学んだことがある。
強さを発揮するために、それを支えてくれている人がいると言う当たり前のことだ。
「うちは確かにそんな家ですが、立花様のように裏方の方が居てこそだと、私は気がつけました。でもうちにはそれにまだ気がついていないバカがいると思うのです……」
桐生は棗の発言の意味を即座に理解して、例のお見合を任せるという形で実現してくれた。幸い蘇芳は既婚者なので心置き無く裏方に専念できるのだ。
▽▲▽
棗はそんなやり取りを思い出して動揺する。そして思わず立花を見てしまう。
隣で食事を再開している立花は相変わらず綺麗だった。ぼんやりと見つめる棗の視線に何を思ったのか立花は、美味しいです、ありがとう、と言っている。
そもそも何故今日昼食を用意してまで立花に会いに行こうと思ったのか。
何故しばらく会えないと分かって落ち込んでいるのか。
桐生に立花の面倒を見てくれと言われた時、棗は間違いなく嬉しかった。
お見合いに立花が参加すればどうするのか。
考えると苦しくなってくる。
「立花様がいなくなると寂しいです……」
棗に言えたのはそんな事だけだった。
「そうだな、俺も寂しいよ。フフフッ」
それなのに何故か立花は笑っている。先程から棗の顔を見て笑う立花はとても失礼だと思うが、笑ってくれるならそれでもいいか、とも思う。
「これからどうなるんでしょう……」
棗の呟きは全く違う意味だったが、立花にはパウロニアの未来を暗示しているように聞こえた。
立花は知っている。
例のお見合いは開催されない。何故ならそれ自体が戦を仕掛けるための首席への餌だから。
桐生が勝手に他国とのお見合いなど開催すれば、首席もその影響を恐れて文句を言わざるを得ない。
そこに言い掛かりをつけて開戦すれば、きっかけは首席が作った様に見えるだろう。桐生はそうなる様な印象操作を既に始めている。
桐生がレオモレアの王になる道は見えている。あとは勝てばいい。
しかし桐生軍の戦績は、他の軍の手伝いを除けばその全てが不戦勝。まともに戦った事がない。
どんなに準備を重ねても、どんなに先手を打っても、不安を拭い去る事はできなかった。




