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10 針の筵《はりのむしろ》

 棗を見つめる尾花は愉快そうに毒々しい微笑みを浮かべている。


「それで君は立花のことも量より質で調べたのかい?」

 バレてた。と言うよりは知ってて泳がされていたのだろう。冷静に対処しないと恐ろしい未来が待っていそうだ。


「そうです! 一ノ方様が既にご存知のことをお伝えしても仕方ないですから!」

 棗は無駄に力強く言った。少しでも棗の意志ではない事が伝わって欲しい。


「そう、それで立花からは何が聞き出せたの?」

「それは……立花様の憧れの女性とか?」

 棗の渾身のネタは尾花の微笑みを消すことができた。でも無表情な尾花は恐ろしい。立花が可愛く思える。


「へぇ……随分踏み込んだんダネ。自分とは全く違うタイプでさぞがっかりしただろう」

「いえいえ、そんなことはありません。実に現実的で安心しました」

「現実的?」

 尾花は物凄く嫌そうな顔をする。やはり誰かは知らないようだ。

「はい、お力になれればと思っております!」

 どうだ! と棗は改心の微笑みで言う。


「そう、まぁ、できる範囲で頑張ればいいよ。相手がどうするかは分からないしね?」

 教えてくれと言えない尾花は話題を変えることにしたようだ。


「でも、立花がどう見られているかをわかってる人なら、難しいと思うよ?」

「どう見られてるか、ですか?」

 尾花は実に思わせ振りな言い方をする。


「そう、君は他の派閥からの情報が入るのかい? もっと言うなら客観的な評価ってのが分かってるのかな?」

「なんですかそれ?」

 棗は出来るだけ無邪気に微笑む。

「僕が君に教えてあげると思う?」

 尾花も余裕を取り戻したのか綺麗に笑う。

「教えてくださると嬉しいです!」

「僕は君に喜んでもらいたいとは思ってないよ?」

「デスヨネ……」

 尾花はいじわるだった。


「そう、でも君のことなら教えてあげるよ。

 君のお家は百年近い歴史のある領主の家柄だね。初代の意思をついでずーと軍閥、代々伝わる武術があるんだってね?

君のお家に産まれたら男でも女でも教わるらしいね? しかも君は子供の頃はお兄さんより優秀だっんだって? 訓練で十人抜きをして誰も近づけなかったから最終兵器って呼ばれてたんだってね?」

「それは……子…供の頃の話です……」

 実家でも限られた人しか知らないはずの情報に棗は背筋が凍る。


「そんな脳筋の家系でお兄さんはいかにもって感じだし、周りからは好漢なんて言われていい気になってるんだろうけど、それって扱いやすいってことだよ? なめられてるんだ。

 敵にまわすよりは、利用しておこうってことだよね? 昔からそれで生き残ってきたみたいだから、処世術って言えばそうなんだろうけど。僕だったら嫌だなぁ」

 尾花は棗の様子を伺いながら実に楽しいそうに話す。棗はいい加減限界だ。売られた喧嘩は言い値で買う派だ。


「尾花様はよくそうやって他人の事を調べて、嫌がらせをしてるですか? まるで立花様の嫌いな奥の女性達のようです」

 棗は不機嫌に思ったままを言った。

「立花が嫌い……?」

「それはそうでしょう? それとも尾花様は立花様に好かれてるとでもお思いですか?」

「僕らは家族だよ?」

「家族だったら全て許せる訳ではありません。むしろ他人より嫌です!」

「僕が立花に嫌われてるはずないだろう!」

「あらぁ? 自覚が無いんですか? 客観的な評価がお分かりでないのでは?」

「…………」

「…………」

 棗と尾花は無言で睨み合う。


 お互いに出方を伺っているとノックの音がした。老紳士が立花の到着を告げると入れ替わりに立花が入って来た。


「兄さん……?」

 立花は無言の応酬が作り出した雰囲気に戸惑っているようだ。

「ねぇ立花、おまえは僕のこと嫌い?」

「はぁ?」

 直球どストレートの質問に立花は珍しく間の抜けた声を出す。

「何の……話ですか?」

「いいから答えて!」

「そんなことないです……」

 尾花が苛立ったように言うので立花は大分言葉を選んだようだ。


「でも苦手ですよね?」

 棗の質問に立花はしばらく固まる。それから疲れたような溜息をつく。


「何の話をしていたか知りませんが食事にしませんか? もう用意ができているみたいですから」

 逃げたなと棗も尾花も思ったが、本人の登場にしばらくの休戦を視線で確認しあった2人は大人しくダイニングに移動することにした。


「大丈夫か?」

 尾花が先に行ってしまうと立花が声をかけてきた。

「何がですか?」

「嫌なこと言われたり……したんだな、てか喧嘩してた?」

「…………」

 棗が無言で肯定すると嘘だろというつぶやきが聞こえてくる。立花はしばらく棗をまじまじと見ていたが無視して移動する。


「で、何で兄が嫌いかの質問になる?」

「お兄様に事実をお教えしただけです」

「棗さん……」

 この世の終わりの様な声だった。

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