人の不幸は蜜の味
翌日の昼、棗は城内の裏口に来ていた。海棠から話を聞くためだ。
立花にもらった連絡先に連絡したら今日は早朝から出掛けていて、昼頃に戻ると言われた。何処に出掛けていたかは知らないが裏口は人通りも少なく話を聞くには丁度いい。
中々現れないのでぼんやりしていると海棠は老師と一緒に何が大きな荷物を持って現れた。
「おかえりなさい」
「おぉ、お嬢さんが噂の棗ちゃんか?」
老師は海棠の上司で桐生軍の軍師のような立場の人だ。
老師と呼ばれているが年齢は桐生とあまり変わらない。ただ本人がおじいちゃんキャラで押しているために周囲もおじいちゃん扱いしている。実年齢の割に老成した感じで浮ついた人の多い桐生軍では珍しい存在である。
「はい、初めまして。大きな荷物ですね、何ですか?」
「おお、それはな、魚じゃ」
「魚?」
「そうじゃ、鬱金に釣り方を教えてもらってな、早速試してきたんじゃ」
魚と言うのは水生生物全般を指す言葉で魚にも色々な種類があるらしいが、詳しいことは一切分かっていない。調べようにも魚が凶暴すぎて出会えば即死と言われる。そもそも蟲などの陸上生物が銃火器の通用しない外骨格や皮膚などを持つのは魚に対抗する為ではないかと言う説が一般的だ。人間では太刀打ちできない生きる脅威それが魚だ。
海棠が荷物を乱暴に下ろすと布に包まれた魚が動き出す。
「えええ〜動いてますよ!」
棗が驚いて老師の後ろに隠れると海棠が言う。
「網に入ってるから多分大丈夫」
「これどうするんですか?」
「とりあえず十日ぐらい放置しないと死なないらしい」
「魚って水の中の生き物ですよね?」
「恐ろしい生命力だな」
棗と海棠は無言で魚の包みを見つめる。何故か老師はご機嫌だ。
「いんやぁ、流石鬱金だなぁ。わしらが前回ボロ負けした魚を一人で釣るんだから、うっかり尊敬するところじゃぁ〜」
「釣りっつか投網だったけどな」
「この紐でも一本だと引きちぎられるらしいからな、イヤぁ感激じゃあ〜」
「ジジイは何にもしてねーだろ! 網投げたのも引き上げたのも俺だ! んでまた怪我するし」
海棠は腕に包帯を巻いている。
「海棠様大丈夫ですか?」
「うん、今回は網が有ったから突き刺さって抜けないとかは無かった」
「前回はどんなだったんですか……?」
「鱗刺さって抜けないし、骨折するし、多分人生で一番の大怪我だった」
棗はスプラッタを想像して鳥肌が立つ。
「ホッホッホ、魚に襲われて生きてるだけで儲けもんじゃて」
「いや、ジジイ。そもそもあんたが釣りするとか言わなければ襲われてねーの!」
ホッホッホと、老師は海棠に怒られても嬉しそうだ。
「なんか……大変ですね、なんならウチの筋肉達磨を使ってください、力だけは有り余ってますから」
海棠が可哀想になってきた棗は兄を生贄に差し出してみる。
「ん〜蘇芳では厳しめじゃな〜」
「えっ! 海棠様はウチの兄よりも力あるんですか?」
「腕力とかの事ならないから、見れば分かるよね? 蘇芳さんは俺の倍ぐらいあるんだからさ」
海棠が不愉快そうで棗は満足する。
「腕力ではなくて、駆け引きと言うか、性格の悪さじゃな〜蘇芳でも朝から何時間も綱引きしとれば疲れるじゃろ?」
「確かに! うちの脳筋に駆け引きなんて無理です!」
「いろいろひどいよ、二人とも……」
海棠は疲れた様子だ。
「で? 棗ちゃんは何の用だっけ?」
「えっ! あの、立花様からは何と?」
確かに話を聞きに来たのだが昨日のことがあるので気まずい。
「棗が話を聞きに行くらしい。余計な事は言うなよ、って」
「それだけ、ですか?」
「それだけだね」
まるで読み上げたような淡白な内容に拍子抜けする。
「なんか怒ってたりとか、落ち込んでたりとかしてなかったですか?」
「さぁ? 話はしてないけど、いつも通りだったよ? なんかあったの?」
「いえ、不愉快な思いをさせてしまったのではないかと……」
「あぁ〜、そういうの慣れてるだろうから大丈夫だよ。いちいち気にしてたら立花はやってられないから」
「立花じゃからな」
何故か老師まで神妙に頷く。
「そうなんですか? 神経質そうですが?」
「神経質だけど、やる事多すぎて要らない事はすぐ忘れるから」
「イヤな事とかも?」
「うん、非効率な事が嫌いだからね。感情なんて覚えててもしょうがないって」
「でも、普通忘れられないですよね?」
「まぁ、立花だから」
「立花じゃからな」
立花様は二人の中でどんな扱いなのかと疑問に思う。
「さっきからうるせぇなジジイ! あんたが立花の何を知ってんだよ!」
「まあ、色々となぁ。最近は鬱金から聞くことも多い」
「俺の方が付き合い長いから」
「誰が見るかも大事だと思うぞ、それに海棠の話は半分立花じゃからな、飽きるぐらい聞いとるわぃ」
「ウッセェ! ジジイ!!」
「ホッホッホ」
二人はとても打ち解けた様子だ。
「なんか、お二人は仲がよろしいんですね……兄のところと全然違います……」
「いや、違うよ棗ちゃん。俺だって相手がちゃんとしてたら違うからね。俺のところは、憧れの人はサンタクロース。夢は仙人、とかぬかす自称ジジイだからこうなってるだけだから」
「ホッホッホ。んで棗ちゃんはあれか、例のお見合の立花の取説を作らされとるんじゃな?」
「あれ? 老師はご存知なんですか?」
「もちろん。海棠のはわしが完璧に仕上げたんじゃ」
「えーっ!! だからあんなに詳しかったんですね!」
「おお! 棗ちゃんは見てくれたのか。一ノ方ときたら長すぎるだの意味わからないだの言いおって、わしがわざわざ自分で作ったのに酷いと思わんか?」
「酷いのはあんただぁ!!」
海棠はちゃぶ台があったらひっくり返しそうな勢いで叫ぶ。
「何それ? 俺聞いてないし、何? 例のお見合いって? 取説って何?」
「海棠様落ち着いてください。実は桐生様はレオモレア全国から人を集めてお見合いパーティをする気なんだそうです」
「何それ?」
「それでその為に参加者の取説を作ってるらしくて、棗も知らないうちに手伝わされてました! エヘ」
棗は昨日の楓から聞いた話を思い出す。もうヤケクソなのだ。
「えへ、じゃないよね? 俺は知らなかったし立花も知らないよね?」
「はい。特にお二人は絶対断るから当日まで秘密って言われたんですけど……バレちゃいましたぁ! ウフ」
「ちょっ棗ちゃん大丈夫? なんか壊れてない?」
これが壊れずにいられようか、棗は怒りで表情を滑り落とす。
「……海棠様。棗はこれを知らなかった所為で無駄に心労を重ねました。しかも自分まで参加者だったなんて笑うしかないですよ。ちなみに棗の取説はあの兄が好き勝手書いていやがりました、もう絶交です」
あはは、と棗は無表情に笑う。
「うん、怒っていいと思う」
海棠も少し怯えた様子だ。
「まあ、桐生様もこの大事な時によくやるわなぁ。全国から人を集める何ぞ大仕事じゃろ? それなのに立花にも秘密って、誰がやるんじゃろうなぁ。わしは今から楽しみじゃぁ〜」
「思いっきり他人事だな」
老師だけは楽しそうだ。
「あ、それで海棠様。浅葱さんってどんな方ですか?」
棗は突然思い出したように言う。
「なぜ突然、浅葱さんが?」
「立花様は浅葱さんみたいな方がタイプだそうで……」
棗は微笑みを浮かべて言う。
「そう……浅葱さんね、」
海棠はさりげなく視線をそらす。
「はい。立花様は海棠様は浅葱さんと付き合ってたんじゃないかって……」
「なぁにぃ!!」
老師はますます楽しそうだ。
「それは修羅場じゃな! しかも海棠なら立花の好きな女を横から掻っ攫うとかやりかねん! わしも知らんかった! 詳しく話してみぃ!!」
老師はテシテシと海棠をはたく。
「ジジイは関係ねぇだろ?」
海棠はうんざりした様子だ。
「何を言う! わしはお前の保護者で後見人じゃ! 何かあったら一緒に謝るんじゃ! 話さんかい!」
「話しましょう!」
「なんで二人して楽しそうなんだよ」
「子曰、人の不幸は蜜の味」
老師はキッパリという。
「子はそんな残念な迷言のこしてねぇ……」
海棠は疲れ切っていた。




