7 罪悪感
いろいろとありながらも棗はお手伝い最終日を迎えていた。
立花は明日の打ち合わせで鬱金達と会議室に籠っている。
「ありがとうね、棗ちゃん。鬱金様もお戻りだしもう大丈夫よ。本当に助かったわ」
椿は少し寂しそうに微笑んだ。
「こちらこそ、とても勉強になりました。奥に戻りましたら少しでもご迷惑を掛けないように頑張ります」
「そうしてくれると嬉しいわ、棗ちゃんが居なくなると寂しいわね、また静かになるわ」
「私そんなに騒がしかったですか?」
「いいえ、立花様よ、あの方は感情を表に出さないからつまらないんだけど、棗ちゃん相手だと感情的だから面白かったの」
「それは……可哀想な子扱いされたり、怒られていたことでしょうか?」
「そうよ、立花様って怒らないの、いつも正論で諭すように言うのよ。だから嫌われるんでしょうね~」
椿は遠い目をする。過去を思い出しているのだろうか?
「でも、私奥ではこんな扱いじゃなかったんです。淡々としてるって言われてたんです!」
棗は熱心に訴えたが椿が信じてくれた様子はなかった。
気持ちは分かる。この一週間どれほど行き当たりばったりでトラブルを起こしたか。挙句暴漢に襲われて立花に助けられるなど、家族は元より一ノ方からも立花からも怒られた。もう立花からは呆れられている自覚があるが、これからもっと呆れられる事をしなければならないとは、ため息しか出ない。
話が終わったらしく、会議室から人が出てくる。
棗は人の減った会議室を覗き込む。立花は鬱金と話していたが、挙動不振な棗に気が付いて怪訝な顔をしている。
「立花様、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
立花の硬い声に心が折れそうだ。
「そういえば棗さんのお手伝いは今日で終わりでしたか? 寂しくなりますね」
鬱金はにこやかに言ってくれる。
「はい、鬱金様本当に色々とありがとうございました」
棗は丁寧に頭を下げる。
「それで? 何の話だ? 挨拶なら必要ない」
「挨拶なら良かったのですが……お願い事です……」
立花は会議室から出た人達の注意を引いてしまっている事が気になるようで、機嫌が更に悪くなっていく。
何故みんなが興味を示しているのか、それはみんなが棗が立花のプライベートを調べていると知っているからだ。この一週間みんなに同じように話を聞いていた為に棗のお願いの内容は予想が出来て、然も面白そうなのだろう。椿など張り切ってお茶を淹れてくれた。
「で? 頼みってなんだ?」
「はい、少し事情を説明させて頂けますか?」
「別にいい」
立花の返事には取りつく島もない。
「言い訳ぐらいさせて欲しいのですが……」
棗は悲しげな様子を演出するが立花は溜息を返してくる。
「一ノ方に俺のことを調べろって言われてる事か? 諦めて今の状態で報告しろ」
「立花様にも知られてたんですね……」
別に隠していたわけではないが本人に知られていたのは気まずい。
「大体、自分の力の及ばない事まですると、後々苦労するのは棗自身だ」
「じゃあせめて、立花様のお友達から話を聞かせてください!」
「……」
勢いよく訴えるが立花は黙殺する。
それでも棗はここで負けるわけにはいかないのだ。
「でも、これは立花様の事情を一ノ方様にもお伝えする良い機会です!」
「事情を伝えたところで俺の利益につながる気がしない」
立花を説得するのは難しそうだ。
「……頑なですね、」
「棗がな」
「立花様。棗はここで出来ない子扱いされているのは仕方ないと思います。でも奥では出来る娘だったんです! それに! 本人に聞いちゃダメなんて言われてません!」
「いや、言わなくても分かるから言わなかっただけだろ? それに本人に聞いても嘘つくに決まってるだろ?」
「どうして嘘つく必要があるんですか? 別に立花様は海棠様と付き合ってるんですか? とか、男性が好きなんですか? とか聞いてるわけではありません!」
「いや、今思いっきり言ってるよね?」
「聞いても答えて下さらないでしょう?」
「付き合ってないし、男は好きではないと言ったら信じるのか?」
「はい。でもそれなら初めからそう言ってくださればいいのに……」
「いや、普通そういう事、正面から聞かれないだろ……でも、まあこれだけ答えたからもういいだろ?」
「……」
まだだ、この程度では二ノ方のストーキング情報には太刀打ちできない。
「泣いてもダメだから」
棗の無言の訴えは棄却された。
「……立花様酷いです。答えなくてもいいから、せめて何を聞くつもりかぐらい話してもいいですか?」
「いや、今のかなり踏み込んでるだろ? 十分だろ?」
譲歩もない。やむ終えまい、奥の手を使うことにする。
「……悪いのは頑なな立花様ですかね、棗はこんな事したくないのに」
「何だよ」
今更警戒しても遅いのだ。
「棗は先日こんな物を頂きました」
棗は粛々と腕の端末を操作して仔犬と立花の写真を見せる。
「…………」
「…………」
お互いに無言の応酬の後、立花は写真を睨んでいる。その心の内が手に取るようにわかる。
今見せている写真は仔犬を抱えた立花が不機嫌な顔をしているものだ。多分これをばら撒かれた所で立花はなんとも思わないだろう。しかし彼にはこの写真を撮られた時に心当たりがある筈なのだ。
「それって、」
「はい。連写の最後です。他に十枚ぐらいあります」
立花の表情が曇る。
他人からすれば大した写真ではない。きっと立花への感情はさて置き十人いれば全員いい写真だと言うだろう。
だが本人は違う。例え己で見ても可愛い、物心つく前の動画でも、一切記憶に無かろうとも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。ましてクルービュティーで売っている立花の事だ。耐え難いことだろう。
「なるほど、分かった……棗はそれをどうするつもりだ?」
「売ります!」
「そんなもの売れるか」
「間違いなく売れます! あっ、でもきちんと肖像権として立花様に五パーセントと撮影者には半分お支払いします!」
「いや、肖像権を考えてくれるなら売らないで貰えると有難いのですが……」
「却下!」
棗の現実的な計画を聞いて立花は下手に出始める。しかしそんな事では棗の気は変わらない。
「何をお話しすれば、販売は考えなおして頂けますでしょうか?」
立花の疲れた声に勝った! と棗は会心の笑みを浮かべる。
「とりあえず、立花様のお友達からお話しを聞く許可と、立花様の連絡先を教えて頂けると嬉しいです」
棗は嫌味な程優しい微笑みで言う。
「分かった」
「それと、」
「まだあるのか?」
「もちろんです!」
棗が勢い込んで言ったタイミングで椿や鬱金、様子を伺っていた会議の参加者が話しに加わってくる。
「お茶とお菓子ですよ! みんなで食べましょう! あら、棗ちゃん何のその写真? 可愛いわね〜」
椿はかなりわざとらしく写真に興味を示す。
これだけじゃないんです〜と棗が端末を弄ろうとした途端、立花に端末ごと腕を掴まれる。
「棗さんの仰る通りに……」
俯き加減で苦々しい顔と声だが、掴まれた力強さにキュンとしてしまう。
それなら、とまるで記者会見の様に集まった周囲からここぞとばかりに質問が飛ぶ。
「立花様と海棠様の関係は?」
何故こいつらのまでと立花は思っているのだろうが、棗が重々しく頷くと諦めた様だ。
「幼馴染み……」
「立花様は友達少ないって本当ですか?」
「ホントウですね!」
「趣味はなんですか?」
「えっ? と……なんだろう?」
「機械弄りですよね? あの機体自作って本当ですか?」
「まあ、一人で作ったわけじゃないけど……」
すげぇと周囲から声がいくつも聞こえる。棗は見た事がないのだが気になってくる。
「女性関係はどうですか?」
「女性関係……俺の?」
味方のはずの人からの質問に立花はそろそろ助けを求める様に棗を見る。
棗だってそこまでぶっちゃけろとは言わない。
「立花様はどんな方がお好きですか? 好みのタイプとか」
「落ち着いた人ならそれで……」
「年下が好きとか年上がいいとか、容姿とか他に希望はないのですか?」
棗の質問に立花は遠い目をする。
「普通がいいです」
「立花様の普通ってどこらへんですか? 桐生様の周りが基準だと世の中の普通よりも大分高いのですが?」
「……えっ?」
立花には世の中基準が分かっていないらしい。大陸一の女好きの周りには美女ばかりなのだから。
「具体的に、誰とか言って下さるとすぐ終わるのですが?」
「もう勘弁して下さい……」
「そこでハッキリしないから同性愛疑惑とか出るんですよ!」
「うぅ〜……」
立花は切なそうに唸ってから諦めて早く終わらせる事を選んだらしい。
「……浅葱さん……」
立花がボソッと呟いたのは桐生隊の中でも珍しい女性剣士の名前だった。多分立花よりも五歳程年上で、容姿は可愛らしいが凛とした佇まいの女性だ。性格はどちらかと言えば職人気質と言うか浮ついた感じのない人らしい。
自分とは似ても似つかない人の名前に棗は若干落ち込んだ気分になる。
「浅葱様ですか?」
意外な名前に周囲が動揺する。
「付き合ってたんですか?」
「浅葱さんは海棠と付き合ってたんじゃないかな? 今は知らないけど……」
うぁあ、と周囲が引くのが分かる。思っていた以上に立花と海棠の関係は複雑そうだ。
「もう、いい?」
立花に涙目で言われると逆らえない棗であった。




