6 ダメなスパイの密告
目が覚めると真っ白な部屋にいた。あまりに見慣れない光景に一瞬死んでしまったのかと思う。
しかし聞き慣れない男の声が熱心に何か説明している様子に急に思い出した。
絵!!
勢いよく上半身を起こすと足元でロブが荷物を前足で押さえ込んでいる。
良かった。
「目が覚めたか? 気分はどうだ?」
背後から立花に話しかけれてほっとする。
「はい、ありがとうございました。ロブちゃんもありがとう、それ守ってくれてたの?」
返してくれるだろうかと恐る恐る手を出すとロブは前足をどかしてくれる。
受け取った袋は汚れていたが、油紙で包んであるので中は無事だった。醜いものに汚される事も、多分なく棗の手に戻ってきた写真に安心する。
「それ、何?」
「えっ?」
一瞬立花に見せる事を躊躇するが、よく考えればただの不思議な絵だ。気にすることもない、と言い聞かせて包みを開ける。
現れた絵は相変わらずの麗しさだ。
「写真?絵?」
立花は大して興味もなさそうだ。他に二人先程まで話をしていた男もそれぞれの表情で写真を眺めている。
熱心に話していた白衣のヒョロっとした男性は不思議な物を見るように、背が高く大柄で、さっき助けてくれた男は何か思うところがあるような表情で、棗に視線を送るので恥ずかしい。
その上ロブまで覗き込んできて尻尾を振っている。
「あの、皆さんもありがとうございました」
「ああ。忘れてた。さっき一緒だったのが鬱金、この前から俺の副官をしてもらってる。そっちの白衣の方は清白、ここの研究所の所長だ」
棗が強引に絵を仕舞おうとするとロブが視線で追ってくる。相当お気に召たようだ。
「ここは、研究所なんですね、初めて来ました」
「当たり前だよ。ここは立花の個人的な物だから、成果を売ることはあっても基本的に桐生軍とは関係ないから。
だからってなんかある度に来られても困りますよスポンサー」
清白は軽い口調で言う。
「いや、でもあのまま連れて帰れないし……。
そう言えば棗さんに聞いておきたいことがあるんだけど」
大丈夫? と改まって立花が言うので、思わず身構えてしまう。
「三ノ方様と何かあったのか?」
「はっ!!」
棗が大袈裟に驚くので立花が怯える。武器を持った男たちにも冷静に対処していたのになんなの、と今までなら思っただろうが二ノ方の話を聞いた後では可哀想になってくる。しかし今はそれどころではない。
「いえ、三ノ方様はその、みんな怯えているといいますか……」
「棗?」
立花は何か確信があるのだろう。ドスの効いた微笑みで楽になってしまえ、と悪魔のように誘惑する。
このまま話してしまえばいい、もう自分には抱えきれない問題だ。しかし立花に話す以上は己の身の安全を考えねばなるまい。この状況では誰から漏れたかなど調べる必要もないのだ。
「棗が正直に話したら、立花様は棗を守ってくれますか?」
縋るように訴える。
「内容による」
立花はにべもない。しかし黙っていた鬱金が助けてくれた。
「いいじゃないですか、棗さんは蘇芳様の妹君でしょう恩を売っておけば?」
鬱金を無言で見つめる立花の顔には甘い! と書いてあるようだが了承してくれた。
「分かった、話してくれ」
「約束ですよ。信じてますからね」
それから棗は二ノ方から聞かされた話を掻い摘んで説明した。
立花は無言で天を仰いでいるが、他の二人にはこの危機感が理解できないようだ。
「もういっそ何方かと結婚すればいいのでは?」
今まで黙って話を聞いていた鬱金が立花に言う。
立花は棗が今まで見た中で一番嫌そうな顔で答えた。
「奥の絡みは絶対に嫌だ。桐生様が全く関係ないなら考える」
「じゃあ、あれは? 立花の兄ちゃんに聞いてみろよ。どっちみちお前は兄ちゃんに認められないと結婚もできないだろ」
兄の話が出た途端に立花は表情を暗くする。
結婚に口出しする兄って一体どんな関係なのだろうと疑問に思う。
「兄に話したら事情を聞かれるだろ……」
「あーそうだなぁ。でも、もう知ってそうな気もするな」
立花は震えている。
「立花様のお兄様は一体どんな方なのですか?」
棗が好奇心を抑えきれずに尋ねるが、立花は答えない。
「んーまあ、立花の事を大切に可愛がってるのは間違いないな。ただ表現の仕方が、な。でもそれなら、兄ちゃんを理由に断ればいいだろ?」
代わりに清白が答える。
「兄と三ノ方を接触させるのは怖い。手を組まれても嫌だが攻撃し合ったら恐ろしいことになる……」
「立花様のお兄様は三ノ方様と渡り合えるんですか?」
「どうだろうな、考えたくもない……」
「勝負にならないだろ。三ノ方ごときが引きづり出せる相手じゃないって。
大体立花がこんなに嫌われてるのは半分ぐらい兄ちゃんの行き過ぎた制裁の所為だし」
半分は自業自得だけどなーと清白は笑っていうが棗は立花が得体の知れない物に思えてきて恐ろしくなった。
棗が知る限り桐生軍最恐の三ノ方が勝負にならない相手に溺愛されている人、間違いなく関わってはダメだ。もう遅いけど、なんで誰も教えてくれなかったの。全然大丈夫じゃないです、椿さん。妖精は見ているだけが一番です。
それから立花は嫌な予感がするといってロブを連れて出て行った。
「たった数日でこんな目に遭うなんて……」
悲嘆にくれる棗を横目に清白は鬱金に言う。
「鬱金様は大丈夫ですか? 立花の所為で何かありませんか?」
「いや、自分は別に、実害はないし、退屈しませんよ」
「流石大人……でも立花の人格破綻者吸引力は凄いんで気をつけてくださいね」
「清白君は大丈夫なのか?」
「俺ですか? 俺は無力なんで実害ないです。まあ確かに立花見てれば飽きないですね」
棗は思わず清白を凝視してしまう。
「どうした?」
「棗は何かしたのでしょうか? 無力なのは棗も同じです」
「えっ? 棗ちゃんが無力かどうかは知らないけど、これは恋の鞘当て的な物ではないの?」
恋の鞘当てとは異性を巡る争いごとの筈、随分詩的な表現をとは思うが心当たりはない。
「棗はいつの間に参戦させられていたのでしょう?」
「あれ? 棗ちゃんは立花のこと好きじゃないの?」
「綺麗な物は見ているだけで十分です……」
棗が即座に答えると清白は悲しそうな顔をする。
「あいつが女の子に怒るなんて初めて見たからさ……そうかぁ……何か立花って可哀想だな……」
「立花様からは薄幸の気配しかしません」
「うん。返す言葉もないわ……」
二人の話を聞いていた鬱金は何故か可笑しそうに笑う。
それから何故か兄が迎えに来て帰ることになったが、落ち込んだ気分に拍車がかかるだけだった。その上しばらくは事件を聞き付けて清白と同じ誤解をした人に呼び出されて大変だった。




