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5 危険は至る所に

「いやぁああ〜触らないで〜!!」

 穢れる~!! 後半は声にならなかった。

 絶対に嫌だ、死後でもいいから眺めたいこの絵を、兄の様に美しさの欠片もない岩の様な男に触られるなんて、悪夢だ。絶望だ。今この一瞬で世界よ滅べ!


 棗が世界を呪っている最中に背後から黒い塊が飛び込んできた。かなりの勢いで男にぶつかり、弾き飛ばす。


 それに気づいた他の男達が、それに向き直った時、遠くで声がした。

「ロブ!」

 焦った様な声に反応してロブは牙をむいて唸る。

 かなり恐ろしい形相だが、それぞれに武器を手にしてた男達は、少し怯んだだけでロブに襲いかかる。


 棗が動揺してロブを呼ぶが、ロブの方は危なげなく武器をかわすと、棗の写真に触ろうとしていた男に襲いかかった。

 腕に噛み付かれた男を助けようと、他の男がロブに武器を振り下ろす。


「ロブ離せ!」

 どうにかにか追いついたらしい立花は、渾身の蹴りでロブが食らいついた男を他の男に向かって蹴り飛ばす。バランスを崩した男は武器を空ぶった男に突っ込んでいく。


 これで二人転ばせたとはいえ、残りの二人は相変わらず武器を構え、現れた立花にも動揺した様子はない。

 ロブも立花の隣で唸っているが飛び出すことはできない様だ。


 転んだ二人もその内に立ち上がってくるだろう。

 ロブを加えても立花は不利だ。どう見ても弱そうだし、立花の武器は切れ味は良さそうだが、長さはともかく軽そうだ。

 棗は恐ろしくなった。

 絵が穢れるのは確かに悲しいが、本人に何かあったらと思うと震えが止まらない。

 助けを求めて周囲を見回すが、皆遠巻きにしているだけで助けてくれそうな人はいない。



「立花様、逃げ」

「大丈夫だ。心配ない」

 棗の言葉を遮って立花は高慢に告げる。その声にロブを呼んでいた時の焦りも動揺もない。

 絶対ロブの心配しかなしてなかった。棗の事なんか気にしてなかった。


「はっ、何処のお偉方か知らねぇが、そんなちっこいなりで心配ないとは笑わせるな」

「煩い三下。お前らはこの後の取り調べでの何話すか考えておけ」

 立花が見下した様に男達を見つめている間に、男達の背後から人が近いて来た。


 シルエットから勝手に男達の仲間だと思い込んだ棗が悲鳴をあげるより早く。大して力も入っていなそうな一撃で二人いた男の一人が完全に倒された。


「まだやるか?」

 優しく微笑みながら問いかける新手の迫力に、男達は戦意をなくし武器を捨てた。


「立花様!」

 棗は思わず立花に抱きつく。怖かった。無事で本当に良かった。


「棗、大丈夫か? 怪我はないか?」

 立花は棗を引き離して怪我を確認する。

「大丈夫です。ロブが助けてくれました」

 泣きながら縋りつくが立花はそわそわと落ち着かない。


 追いついてきた護衛に棗を預け、案の定しゃがみ込んでロブの怪我を確認している。黒い毛並みのロブは怪我が分かりにくいので念入りに様子を見ている様だ。

 立花の護衛らしい二人はかなりの大柄で棗を気遣ってくれるのだが、どうしても先程の嫌悪感か恐怖かで身体が竦んでしまう。


「大丈夫ですから……」

 震える声で言いながら後退ると、ようやく立ち上がった立花にぶつかってしまった。

 震える棗を支えながら、立花と護衛は目線だけで会話する。棗の様子から状態を理解した立花は、棗を宥める様に背中を撫でながら優しく話しかける。


「ごめんな。怖かったんだな、誰か、蘇芳さんでも呼ぼうか?」

「今あの岩を見たら吐きます」

「えっ吐く? 岩?」

 立花は棗の言葉に動揺する。


「分かった。じゃあ、少し待っててくれるか? ロブが付いてるから」

「立花様何処に行くんですか?」

「いや、あいつらに話聞くだけだよ」

「棗は三ノ方様に恨まれるような事なんかしてません」

 言いながら感情が高ぶって涙が溢れてくる。立花は泣いている棗を見ながら低い声で呟く。

「三ノ方?」


 立花は護衛に憲兵を連れてくるよういい、もう一人の仲間に近づいていく。立花にひっついている棗もそのままだ。

 もう少し優しくして欲しい……だが棗も犯人は気になっている。


鬱金うこん、こいつら何者だ?」

 鬱金と呼ばれた大柄な男が振り返る、三十代くらいの渋い感じのいい男だ。


「よその国から来たばかりようですね、軍服の色も区別が付いていない」

「誰かに雇われている可能性は?」

 ふん、と鬱金は立花を見下ろす。

「立花様はこんな奴ら雇いますか?」

「いや、もし雇うとしても捨て駒だな」


「どういうことですか? この人たちは三ノ方様とは無関係なんですか?」

「うーん、可能性は低いと思う」

「そんな……」

 不味い、非常に不味い。こんな公衆の面前で立花に助けられて置きながら言い逃れなどできない。さっきまで三ノ方の耳に入っていなかったとしても、これで確実だ。自ら墓穴を掘ってしまった。


 棗は今までに聞いた三ノ方の被害者の末路を思い出し気が遠くなり、むしろ現実逃避の為に進んで意識を手放した。




「おい、棗! しっかりしろ!」

 急に重くなった棗を抱え直しながら声をかけるが、棗は完全に意識を手放している。その怯えように立花も背筋が凍る。


「三ノ方とやらが無関係の方が良いのでは?」

「いや、今無関係なだけで次は確実に来ると思ってるんだろう。三ノ方に睨まれたら終わりだ」

「何でそんな方が奥方の地位にいれるのですか?」

「……手出し出来ない状況を作ってるんだ」

 立花は腕の中の棗を見ながら溜息をつく。


 かなりの人が集まっている、三ノ方はともかく、一ノ方に怒られるのは確実だ。

 何の用か知らないが、一人で街に出るなら目立たない格好をするべきだろう。軍服を模した制服は確かに身分が分かりやすいが、逆に狙い撃ちされることもある。


「面倒くさい……」

 思わず漏れた愚痴を鬱金が聞き咎める。

「そんな可愛いお嬢さんに頼られて、面倒くさいなんてバチが当たりますよ」

「俺らが助けなくてもなんとかなってた」

「確かに何も分かっていない人攫いでは街の外にも出れないでしょうが、お嬢さんの荷物はどうなってたか分かりませんよ」

 鬱金の言葉に立花は足元のロブを見る。


 ロブは穴を開けないようにかなり慎重に、棗が抱えていた荷物を咥えている。多少ヨダレでベトベトになるが、まあ大丈夫だろう。


 正直立花はこの時まで棗に関わる気は全くなかった。

 奥の思惑で近づいてくる棗に困ってすらいたが、ロブが気にするのだからと主従逆転気味に考え、立花は棗に対する警戒レベルを引き下げた。

 その位立花はロブを信頼している。


 だから棗を助けにロブが走り出した時には本当に心配した。対人どころか戦闘向きですらないロブが立ち向かっても、相手の装備によっては全く歯が立たないし、切りつけられれば死んでしまうかもしれない。


 ロブの元気な姿を見つめていると鬱金がロブから荷物を受け取ろうとして拒否されている。

「鬱金。荷物は俺が預かるから棗を頼む」

 鬱金は驚いたような顔をした後、困ったように言う。


「しかし、目が覚めて吐かれても困りますので」

 つまりは立花が連れていけということだろう。鬱金に言われて逆らえる気がしない立花はしぶしぶ従う。


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