暗闇
暫く葉山さんのご自宅でお世話になる事になった。それは葉山さんのお兄さんからの提案だった。
お兄さん曰く…
「こいつゲームばっかして友達とかいねぇからついでに仲良くしてやって」
と笑顔で言われた。葉山さんが照れくさそうに笑った。
「本当にいいんですか?御厄介になって…」
「無駄に部屋あまってるしいいよ。ただパートのおばちゃん達には内緒な。親の借金返済の為働いてる設定になってるから。」
「お前!!またそんな嘘を!!」
「私、来たばかりで友達できてなくて…ホントありがたいです。葉山さんの設定絶対守ります!!」
「そこは守らなくていいよ!!で…また戻るの不安だろうけど…」
「すいません。教科書や下着とか取りにいきたいし…生ものを処分したくて…」
「お前!!女子らしさを五島さんから学べ!!」
そういうとお兄さんは後ろから葉山さんの頭を小突いた。一気に車内がなごんだ。兄弟っていいなって思った。私は一人っ子だからこういう気さくなやり取りに憧れる。
途中三人でお茶をしてからアパートへ向かう事になった。多分葉山さんのお兄さんの計らいだろう。地元で有名なハーブティーのお店だった。震えてる私を見て少しでも落ち着ける為だと思った。
「ここのロールケーキ美味しいんだぜ!!」
お兄さんは明るく前向きな人だなと思った。お巡りさんとは聞いたけどきっと色んな人から信頼される人だと感じた。
「なぁ…五島聞いていい?」
「はい?なんでしょう?」
「203の太田っていうじーさんだけど…」
「お前ッ!!」
お兄さんはすぐに葉山さんにけん制した。でも私は構わないと頷いた。
「あのじーさん…病気で全盲じゃないよな?」
「…はい。私も詳しくは知らないんですが…昔に製薬会社に勤めていた時に何かの実験で薬品が目にかかって視力を失ったと聞きました。」
「それって…じーさん言ってたの?その製薬会社ってわかる?」
「はい。会社は…?」
「理恵いい加減にしろ。」
「兄貴もちょっとアイツ変だと思わなかった?」
「…」
お兄さんは黙った。お店でまた変な空気になりかけた。
「あ。製薬会社は分かりませんが…20年ほども前の事と聞いてます。」
「そうか…。」
葉山さんはそう言って煙草を吸いに店の外に出て行きました。
「すまんな。理恵は昔から変な所に気が向きやすいというか…」
「いえ!!葉山さんのおかげで引っ越しもできそうですし。一緒に居てくれて本当にありがたいです。一人だったらって思ったらゾッとします。」
「それは向こうもかもな。腕っ節はそこらの男より強いから使えるだけ用心棒として使ってくれて構わないから…理恵をよろしくな。」
「はい。」
ガラスの向こうのを見ると携帯で葉山さんは何か見ていた。
「アイツまたゲームか何かしてんだろ?ゲーム厨め。」
お茶が終わると運転を急に葉山さんがお兄さんに任せた。その間もずっと携帯で何かしていた。画面ばかり見て酔わないんだろうか?暫くして葉山さんは「よし!!」っとだけ声を上げ携帯をしまった。
「お前何してたんだよ?」
「んー?ゲーム。」
「このクソが…」
「今日から私をフリージャーナリストと呼びたまえ。」
「あ?お前何言ってんだ?」
暫くしてアパートに着いたが中々入れる気分になれなかった。お兄さんが気を使って、
「下着とかは無理だけど教科書関係なら俺とってこようか?服とかはコイツから借りればいいし…生ものは分かる範囲で捨てておくけど…」
そこまで甘えては行けないと思い気を引き締めた。
「大丈夫です!!ちょっと行って来るだけなんで…」
「私ついてくよ?」
「大丈夫です。だってもう目の前だし。すぐ戻ります。何かあったら叫びます!!こないだみたいに」
「了解。」
車は目の前だし、大丈夫!!っと言い聞かせて階段を上がった。昨日のドアを思い出してちょっと冷や汗が出た。ドアは綺麗に掃除されていて、昨日の状態ではなかった。
素早く鍵を開けて中へ入った。開けておくようにとお兄さんから言われてたのに、入るとついいつもの癖で鍵をかけてしまった。まぁすぐ出るからいいかと靴を脱ぎ部屋に入りカーテンを開けた時に猛烈に嫌な感じがした。
あれ?私昨日この部屋を飛び出した時…カーテン閉めてたっけ?いや…閉めてない…。
急激に怖くなってやっぱり葉山さんに来てもらおうと振り返った。
「やぁ」
太田さんがいた。声が出ない程驚いた。太田さんは玄関からの死角に居た。
「あ。…あ。」
うまく呼吸もできない。
「叫ばないで居てくれるとありがたい。」
太田さんはサングラスをしていなかった。初めて見るその目元は無数の傷で見るも無残だった。そして当たり前のように私の引き出しを勝手にあけた。
「あぁこれ?」
太田さんは目元をさした。
「もちろん見えませんよ?右は…。右耳も聞こえないんですよ。」
静かに引き出しを閉めた。
「これは二人だけの秘密にしてもらえますか?」
「…どうやって中に入ったんですか?」
やっと声が出た。太田さんはここっちをみるとにったり笑った。その不気味な笑顔は強烈だった。
「…201から声がするって通報したんですよね?前の住人はそんな事しなかったのに…。」
「前の住人の事なんか知りません。」
太田さんは私に一歩近づいた。私は思いっきり下がった。足元に何かが当たった。
「近づかないでください!!」
「…バカな女を手にかけていると興奮するんですよ。まるで自分が神になったような気さえする。コイツの命は私の気持ち次第だと…五島さんは…才女のようだ。薬科大…懐かしい私も通いましたよ。」
一歩近づく。もうこれ以上は壁があるから下がれないのに必死にさがろうとする自分がいた。
「手に掛けた彼女らは最後私に命を乞うんです。それが何とも快感でね。脳が震える程の快感ですよ?分かりますか?」
「分か…りません。」
「それは残念。」
また一歩近づいてくる。思わずしゃがむと足元のそれが防犯ブザーだと気付いた。私は思いっきり紐を引いた。けたたましい音が部屋に鳴り響く。太田さんは何か言っていたようだがブザーの音で聞こえなかった。
引き出しを指差し微笑むと何事もなかったかのように玄関から出て行った。その数秒後にものすごい勢いで葉山さんとお兄さんが入ってきた。私は放心状態のまま暫くまともに話せなかった。
あれから太田さんがどうなったかは知らない。知りたくもないし、早く忘れたい。一週間たったが未だに私は葉山宅でお世話になっている。新しい部屋を探す気になれずぐずついていた。
ダメだと分かっていても、怖くてべっとり葉山さんに着き纏っていた。そんな私を嫌がらずに受け入れてくれる葉山さんに甘え切っていた。3日前に部屋から届いた荷物はほぼ荷解きせずに居る。
葉山さんには言わなかったけどアイツがいつも侵入いて触っていたものと考えるとゾッとして触りたくなかった。
しかし今日は大学に書類を出さなくていけないので印鑑を取りたい。仕方なしに段ボールをあける。
引き出しの中のものがまとめてあった。
そこに見覚えのない白い封筒があった。すぐに分かった。最後に何か小細工をした時に太田さんが仕込んだものだと…。去る時も引き出しを指差していた。本来ならすぐ警察に渡した方がいい。なのに何故か手に取っていた。頑丈な封を切ると小さなチップが出て来た。デジカメとかに入れるタイプのものだ。
迷ったが自分のノートパソコンに繋いでみた。画像データが何枚かあるようだけど真っ暗でサブ画面だけでは見えなかった。一個のフォルダがやたら大きい。
「まさか動画?」
葉山さんがお風呂から上がってくるまで待てばよかったのに私はその画面をクリックしてしまった。
暗闇に何かが浮かんで消えた。一瞬で分からなかった。止めようと思った。その瞬間はっきり女の人が写った。両目を縫われて苦しんでいた。声を発していたが声にならないうめき声のような声。目を触ろうとしようにもその手は爪が全部剥がされ血まみれだった。何より動きが緩慢だった。録画の機材だろうか一旦どこかに置かれた感じがした。その時初めて全容が見えた。見覚えのある間取り。いや…見覚えのある部屋。ブルーシートが敷かれてあるがそれが自分の部屋だとすぐに分かった。
「真夜中?私の部屋…」
震えが止まらなかった。
シートの上で転がり続ける女性に手慣れた手つきで誰かが注射を打った。とたんに女の人は静かになった。
シート事女性を包むと映像は切れた。
「五島ー次風呂ー。」
その声に振り返るとものすごい勢いで抱きついた。怖くてたまらなかった。私の意志とは関係なく映像は次を流し始めていた。
「止めて!!怖い!!怖い!!怖い!!」
葉山さんが慌てて画面を閉じようとした時だった。
「ひっ!!」
今度は葉山さんが小さく悲鳴を上げた。
そこには見覚えのある大きな日本家屋が外観から撮影されていた。古びた看板にはしっかり【葉山空手道場】と書かれていた。
隣人【暗闇】→【過去】に続く。
続きます。