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第九十五話 異国の術式

「昔のエルーク殿下は、あんなことをなさる方ではありませんでした。私に同じことを仰ってくれたんです、『もしお前が罪深い存在だと皆に言われるのなら、いっそ私が何処かに連れて逃げてやろう』と。本当にお優しいお方だったんです、私にとってはまるで二人目の兄のような存在でした」


「兄のような存在って……あの、エルーク殿下がですか?」


『あの』の部分にトゲがあったかもしれないが、俺が知っているエルークを考えると、とてもアーミアの言うような男だとは思えない。

 優しい男とはかけ離れたイメージだ。

 だが、リスティも頷く。


「先程のあの姿、私も意外だったわ。エルーク殿下と言えば、温厚で学者肌の方と聞いていたもの。タイアス様が後継者に考えている程だって聞いていたし。確かに最近は、王位継承争いの話が浮上して不穏な雰囲気はあったみたいだけど」


「ああ、ディアナシア第一王妃の息子のアイオス殿下とですよね」


 俺は赤い薔薇を手にした妖艶な美女を思い出す。

 フユも王妃の名前を聞いて、頭の赤い薔薇の飾りを触って嬉しそうな顔をする。


「フユ~、薔薇の女王様ですか? フユちゃん女王様に忠誠を誓ったです!」


 確かに、こいつは王妃に忠誠を誓って金まで貰ってたからな。

 まあ俺も人のことは言えないか。

 それが今となってはこの腕輪なんだから。

 アーミアが悲し気に言った。


「タイアス様がいらっしゃるときは、王位継承の問題も大きくなることはなかったんです」


「へえ、そうなんですね」

 

 リスティがアーミアの言葉に頷く。


「そうでしょうね。タイアス様のお母様の出身は、ディアナシア王妃と同じランザスだもの。四大勇者の中では、比較的王妃陛下に近い立場だったし」


「へ? どういうことですか」


 俺の疑問にリスティが答える。


「知らないのは無理もないわね。勇者の母親が他国の出身なんて宣伝するような話でもないから、四大勇者を題材にした絵本や寓話本では描かれていないもの。とても優れた錬金術師で、そのお母様がタイアス様の最初の師であったとしか書かれていないから」


 アーミアが頷いた。


「はい、当時は錬金術に関してはランザスの方が進んでいましたから。タイアス様のお母様がファルルアンに留学生として訪れた際に、タイアス様のお父様と恋仲になられたとか」


「へえ、国を越えたラブロマンスですね」


 俺の言葉にリスティさんが呆れたように肩をすくめる。


「子供のくせにどこでそんな言葉を覚えてくるのよ?」


「はは、すみません」


 中身は結構いい歳だからな。

 にしても、タイアスさんの母親とディアナシア王妃が、同じランザス出身だって言うのは意外だったな。

 それに優れた錬金術師だったという。

 錬金術に関してはランザスのほうが進んでいたってことは、もしかすると。

 俺は天井に描かれた魔法陣を見る。


(あれも、ランザスから伝わった術式ってことか?)


 確かに、俺が学んだ魔方陣とはどこか系統が違う気がしていた。

 錬金術だからだと思ってはいたが、その術の発祥地が違うからなのかもしれない。

 リスティが続けた。


「以前から貴族たちの中には、エルーク殿下を次期国王にという動きはあったのよ。エルーク殿下の母君は身分は低くてもファルルアン生粋の人間だもの。一部の貴族たちは、ランザスから来たディアナシア王妃陛下を良く思っていないから」


 なるほどな、その勢力がエルーク側の貴族っていうわけか。

 そしてタイアスさんがいたころは、その争いが表面化しなかってことだろう。

 アーミアは言う。


「大図書館やこの研究室にも、王妃陛下は多大な寄付をして下さいましたわ。タイアス様がファルルアンの秘宝を復元出来るようにと。ですから、エルーク殿下もディアナシア様に感謝をしていたぐらいです」


「へえ……」


 アーミアには悪いが、あのディアナシア王妃が金を出すってことは、何か目的があったんだろう。

 俺に金を出した時に理由があったように、無駄に金を使うタイプには見えない。

 フユが俺の肩の上で頷いている。


「フユ~、薔薇の女王様は忠誠を誓った者には優しいです。エルリットも早く誓うです!」


「はは、少し黙っててくれるかな、フユ君」


(いや……待てよ)


 こいつが言っていることは、ある意味真理かもしれない。


(……俺はもしかして、根本から間違っていたのか?)


 エリーゼの一件。

 その背後にいるのは、エルークだと思ってきた。

 だが、その前提が間違っているとしたら?

 エルークは只の操り人形で、それを影で動かしている存在がいるとしたら。

 でも何が目的でそんなことを?


(ディアナシア王妃が黒幕で、エルークを操っていたとしたらその目的が分からない)


 エルークを簡単に操れるなら、王位継承のことなど気にするだろうか。

 操ったエルークを使って、その権利を放棄させればいいだけの話だろう。


 しかも……エルークを操れるほどの人間。

 それほどの人間が、王妃の傍にいることになる。

 もしそうだとしたら、一体誰だ?


 大地の錬金術師と呼ばれる男。


 思わずそう思ったが、違和感を感じる。

 だとしたら、エルークは何故この研究室に今更入りたがったんだ?

 黒幕の一人がタイアスさんなら、いつでも簡単にここには入れたはずだ。

 彼が三年前に姿を消した理由も分からない。


(何かがおかしい……)


 完成間近のパズルの一番大切なピースが欠けているようなこの感覚。

 俺はリスティとアーミアに言った。


「とにかく、エルーク殿下の所に行ってみましょうか。あの装置も気になりますし」

いつもお読み頂きましてありがとうございます!

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