第九十三話 ドール
「エル君! これを見て!!」
リスティの言葉に、俺は彼女の視線の先を見た。
淡い光を放つ装置がそこにはある。
それは大人の人間が一人中に入って、ゆったりと横たわることが出来るようなサイズの、大きなカプセル状の入れ物と言ったら良いのだろうか。
下部は様々な術式が描かれた何らかの金属で出来ている。
上部はガラスのような透明の蓋がされているようだが、俺の位置からでは少し離れており光の反射で中が良く見えない。
大樹からいくつかの管が、そこに向かって伸びている。
描かれた魔法陣がなければ、近未来を描いたSF映画に出てくるような装置にさえ思えた。
周囲には似たようなカプセルが、大樹から放射状にいくつか点在している。
どうやらリスティが驚いているのは、その容器の中身に対してのようだ。
俺は前方を警戒しつつも、リスティの傍に立つとそのカプセルの中を見る。
(これは!?)
美しい女性だ。
ブロンドの髪。
しなやかな肢体。
両手を胸の前に合わせて、安らかな表情をしている。
眠っているのだろうか?
体の表面には、薄いボディスーツのようなものを着ている。
そのスーツには細い管のようなものが取り付けられ、カプセル状の装置と繋がっていた。
整った鼻梁、美しいその額。
そして、清楚な唇。
まるで人形のように整った顔立ちには見覚えがある。
リスティが、息をのむようにして言葉を発した。
「これは……アーミアそっくりだわ」
リスティのその言葉に俺も同意する。
「ええ、瓜二つですね」
気が付くと、アーミアも俺たちの隣に立ってそれを見つめている。
不思議な光景だ。
眠るように横たわる者と全く同じ容姿を持つ者が、それを見おろしているのだから。
「当然ですわ。私もここでタイアス様に作られたのですから」
その言葉に俺もリスティも呆然とする。
確かに、アーミアは人間ではない。
タイアスさんが作った最高の疑似生命体、『ドール』と言ったか。
それは分かっていたのだが……。
「これがドール……まるで人間そのものだわ」
リスティの言葉に俺も頷いた。
アーミアは俺たちに説明するように続けた。
「タイアス様の錬金術と、生命と大地の大樹『アニマテッラ』の力で生み出された疑似生命体、それが通称『ドール』と呼ばれる存在です。普通の疑似生命体とは別次元の存在ですわ」
(確かに、これはゴーレムや他の疑似生命体などとは同列には出来ない代物だな)
リスティが呟くように言った。
「人造人間、錬金術師の間ではホムンクルスと呼ばれる存在ね」
「ホムンクルス……」
俺はリスティの言葉を繰り返す。
ホムンクルスか……。
確かに、これは人が作り出した人間と言ってもいいだろう。
実際にアーミアは、普通の人間と見分けがつかない。
「ええ、『ドール』は限りなく人に近いホムンクルスだと、タイアス様は仰ってました」
映画やアニメの世界ならまだしも、こうやって現実に見ると驚きを禁じ得ない。
限りなく人に近いホムンクルスか。
ここまでくると、一体人間とどこが違うんだ?
(それに、アーミアさんの場合はあの額の宝玉に魂が封じられているらしいからな)
より人間に近いと言ってもいいだろう。
しかし、一体何のため研究施設なんだ?
タイアスさんの目的が地竜の杖の復元にあったとしたら、単純に人に近いホムンクルスを作り出すためとも思えないが。
あの扉に描かれた二枚の壁画にも関係があるんだろうか。
俺は改めて、目の前に横たわるその姿を眺めた。
アーミアの清楚な美しさを、横たわるその姿はそのまま体現している。
薄いボディスーツのような服装が却ってエロティックだ。
アーミアが顔を赤く染める。
「エルリットさん、あまり見ないでください」
「え、ああ、すみません! 安心してください、純粋に学術的な興味です」
当然である。
俺は紳士だからな。
そう言って再度横たわるその姿を見ていると、リスティに頬を抓られた。
「何が学術的興味よ。いやらしい顔をして! ハヅキじゃないけど、エル君のそういうところは子供だとは思えないのよね」
「はは……こんな時に、変な言いがかりはやめて下さいね。リスティさん」
大体、リスティが着ているバトルスーツだって似たようなものだ。
戦いに耐えうるように、伸縮性に富んだ丈夫な素材では出来ているが体に密着したものである。
美しいボディラインがハッキリと分かるからな。
獣人族特有のスタイルの良さは、まさに完璧と言っていいほどである。
一流のモデルでもこうはいかないだろう。
特に胸から腰にかけてが……。
「エル君!!」
「は! はい!! リスティさん、すみません!」
俺の邪念が感じ取られたのかと速攻で謝ると、リスティはエルークが居るであろう大樹の方を向いている。
「何を言ってるの? あれを見て頂戴。もしかすると、あれも……でも他のモノとは少し違うわ」
「へ? あれって」
どうやら、俺の視線への抗議ではなかったようだ。
俺はリスティが指さした方を見る。
大樹の近く、バロたちが取り囲んでいるその場所には、やはり同じようなカプセル状の装置がある。
だがそのサイズは他の物よりも遥かに大きく、そして縦に置かれていた。
まるで、その中のモノを観察しやすいようにあえてそうしているようにも思える。
そして、その装置には大樹から無数の管が繋がれていた。
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